特集 シェール革命と日本のエネルギー
シェール革命の地政学

谷口 智彦【Profile】

[2012.12.19] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية | Русский |

シェール(頁岩=けつがん)から掘削されるガスと石油により、米国はエネルギー面で自立を果たすと予想されている。この「シェール革命」が日本と世界に与える経済的、地政学的影響を谷口智彦慶應義塾大学特別招聘教授(nippon.com編集委員)が考察する。

米国のシェールガス革命は、最近ではシェールオイルも含めて「シェール革命」とも呼ばれ、米国にとって政治や経済の「ゲームチェンジャー」になるといわれている。しかし、日本では、この革命が日本経済や世界秩序に及ぼし得る影響について十分に認識されていないように思われる。本稿では、日本など各国が備えるべきシェール革命の経済的、地政学的帰結のいくつかについて論じる。

日米マクロ経済に逆向きの影響

シェール革命は、マクロ経済バランスにおいて、日米に対照的な帰結をもたらし、第2次世界大戦後の日本の経済成長を支えた日米の経済関係を逆転させる。

この先、米国は1次エネルギーの輸入を顕著に減らす。遠からず、いまや勢いを得つつある予測がいうとおり、エネルギーにおける対外依存をほぼゼロにするだろう。米国の経常収支は、少なくともその悪化に歯止めがかかり、ことによると改善に転じる。そしてその正反対に動きそうなのが、ほかならぬ日本経済だ。

原子力発電を維持・更新する向きへ日本政治が勇気ある決断をするのでない限り(その可能性は小さい)、日本の資源輸入は減らない。米国の規制当局や連邦議会の意向いかんによるとはいえ、米国産ガス・石油が今後本格的に日本へ入ってくるとなると、すでに悪化した対米貿易バランスは逆調の度合いを増していく。

日本が対米貿易「赤字」を生み、増やしてさえいく日は刻々と近づいている。日本の政官民各層で指導的立場にある現役世代の人々にとって、想像さえしなかった事態の到来が目の前にきている。所得収支の黒字が埋めてくれると、高をくくってもいられない。すぐ後に見るように、日本経済は経常収支においても全般的な弱体化を続けているからだ。

日本経済は、資金繰りに難儀するときを迎える。貯蓄と経常収支が常に平衡するマクロ経済の恒等式からして、いつか当面しなくてはならない事態だった。労働人口が減る日本で、貯蓄は減らざるを得ない。経常収支も悪化するほかないからだ。驚きとは、事態が進展するその速さである。震災がもたらした原発恐怖症と、米国におけるシェール革命が複合的に作用し、思わぬ加速がついていくのである。

このことはむろん、日本国内金利を上げ含みに転じさせ、国債消化難へと帰結する。ギリシャの困難は、遠い殷鑑(いんかん)といえなくなる。

Thinking About the Unthinkable—不測の事態に備えよ

シェールガス、シェールオイルによって1次資源の対外依存度を減らす米国は、政治と安全保障における対外関与をどう変えるだろうか。マクロ経済バランスと並んで注目せざるを得ないのは、シェールガス革命の地政学的帰結である。変化は恐らく、中東地域に対する米国の関心を低下させる方向に働く。

世界秩序を保全する責任意識は米国において、中東への関わりが少なからず支えてきた。そのことに鑑みると、中東への関心が弱まることは、対外関心それ自体を低める効果を米国に引き起こさないとは限らない。世界はそれで安定が増す方向になるだろうか。答えはまず間違いなく、否である。

世界秩序の不安定化により、将来に対する予見の困難度は否応なく高まる。それにつれて、グローバルな資金の流れをつかさどる金利はリスクの増勢を反映し、上げ基調に転じざるを得まい。

内外の要因は相互に加勢し合い、日本の金利を引き上げていく。かようにシェール革命の波及範囲とは、広範に及ぶであろう。この際まず必須の作業とは、「考えられない事態をこそ考える(to think about the unthinkable)」ことだ。日本の意思決定機構が、1度として得意だったことのない課題である。

稼ぐ力失う日本経済

日本の貿易黒字は、1998年から2007年の10年のうち6年は、10兆円を超す額を記録していた。この間の最高額は、1998年の13兆9914億円、最低額は2001年の6兆5637億円である。2008、2009年と、世界経済の後退を受け2兆円台に落ち込んだ貿易黒字額は、2010年、6兆6347億円まで持ち直したところだった。あるいはこれが、日本経済が相当規模の貿易黒字を記録した最後の例となるかもしれない。

2011年、日本の貿易収支は実に31年ぶりとなる赤字を計上した。その額は、2兆5647億円。2012年の貿易赤字は5兆円程度に達する見込みだ。日本の貿易収支は、過去最大の黒字だった1998年から14年間で、絶対値にしてマイナス方向へ、19兆円近く悪化する計算になる。

この落ち込み幅は、経済規模にして世界40位前後の国(チリ、イスラエル、ポルトガル、エジプトなど)のどこか1国が丸ごと消えてしまった場合に匹敵する。

経常収支の推移をたどって見える日本経済の変化も尋常ではない。2007年に24兆9342億円を記録したわが国の世界全体に対する経常黒字は、2012年、わずか4兆3000億円弱にとどまるものと見込まれている。

下落幅は20兆6300億円あまり。別の比較を試みるならば、ゼネラル・モーターズとフォードがそっくり消滅するのに近い規模である。この間失われたに違いない雇用を思うとよい。これが米国なら、どんな大統領にも再選は不可能となることだろう。

シェール革命がより直接に影響すると思われる日本経済の対米バランスに焦点を当てるなら、ここでもすでに貿易収支が変容しつつある。米国に輸出することによって成長する、ないしは不況から脱出するといった日本に根付いていたはずの力学は、もはやわれわれの固定観念においてのみ存在するにすぎない。日本の対米貿易収支は、1998年からの10年間、7、8兆円前後の黒字額を保ち続けた。この間の最高額は、2006年に記録した9兆0223億円である。しかし、世界金融危機を経て、2009年以降は3~4兆円程度にとどまっている。

このように、日本経済の対外バランスは、今世紀入りした前後からのごく短い期間に、貿易収支でも経常収支でも莫大(ばくだい)なスケールで急激な悪化をみた。このことは、大方の経済アナリストたちがいう通り、原発アレルギーの日本が、化石燃料の輸入を著増せざるを得なかったことが直接の原因である。しかしより根底にあるのは、ポジティブなキャッシュフローを稼ぐ力それ自体において、日本経済にもはや余力が残っていないという事情であろう。

貯蓄が減れば経常収支は悪化する

コインの裏側には、日本における貯蓄余剰時代の終焉がある。

日本の2012年における家計貯蓄率は、経済協力開発機構(OECD)の統計によると1.9%。10.1%のドイツはもとより、3.7%の米国をも顕著に下回る。落ち込み幅はここでも大きい。1995年時点からの変化を見ると、ドイツと米国は約1パーセンテージ・ポイントの下落にすぎなかったのに対して、日本では12.2%から10ポイント以上落ちた。(OECD Economic Outlook, No. 92)

政府部門が債務超過であるのはいまさらいうまでもない。日本の場合は企業が蓄えた貯蓄(というより投資の不足)がこれらを補い、国全体の貯蓄率(名目国内総生産[GDP]比)は22.9%とまだしも余裕を保っているとはいえ、これ自体、1995年の数字から8.6ポイント落ちたものである。そもそも貯蓄の主体が企業部門であるとは、投資機会減退の証左にほかならない。とすると、家計という本来の貯蓄主体がこれから盛り返す見込みも乏しいと結論せざるを得なくなる。

まさしくかような背景のうえに、シェール革命が影響を及ぼす。すでに3兆円近くに落ちた米国に対する貿易黒字は、赤字に転じるだろう。シェールから取り出す天然ガスであろうが、アラスカで採掘される従来型天然ガスであろうが、これが本格的に日本へ輸出されるときこそが、歴史的な画期となる。

以上の立論に対しあり得る反論としては、米国から資源を買うことは、第1に安全保障上の同盟相手から買うゆえに、経済面以外の利点があるとするもの、第2に石油価格連動の国際価格は天然ガスにおいて割高になるところ、米国から安く買えるなら対外収支をむしろ改善するのではないかと論じるものだ。

第1の立論に、筆者は賛成したい。資源を同じ買うなら、米国から買えばよい。第2の主張については、これが米国産ガス・石油は安くなり得るとする点で同意したい。というより、米国から本格的にガス・石油を輸入するならば、同盟関係を価格交渉に生かせるよう心がけ、安く買うべきだと考える。

それでもなお、ひとは日本が対米貿易赤字を生むに至ったとき、ある種の衝撃とともに日本経済の実力について覚醒せざるを得まい。地域別貿易収支尻の統計が示すとおり、いまの日本には、かつて米国市場がそうであったような、まとまった規模の輸出が可能な国・市場がひとつもない。日本は中国に対して1988年以来、毎年貿易赤字を計上して今日に至る。たとえ米国から買う資源価格が割安だとしても、米国に対して売るものがなくなった日本経済の対外バランスが、それによって顕著な改善効果を得るとは思えないのである。

対米経常収支赤字が生まれれば、世界全体に対する経常収支が赤字に転じるときもそう遠くないと見込んでおくべきだ。日本をひとつの企業に例えるならば、本業の収益を示す営業収支がやがて赤字に転じる。そして経常収支も赤字となるのであるから、資金繰りは容易でなくなる。

ひとたびこの事態が明白になると、金利の上昇を制御することは極めて難しい。ギリシャやポルトガルに起きたことを想起するまでもない。元本返済など夢想だにできぬ政府債務は、雪だるま状に膨張する。

米国の対外関与は減衰するか

本稿はここまで、日本の対外収支悪化の推移をたどり、米国産資源輸入のあり得べき増勢がこれを加速していくだろうこと、そしてそのひとつの帰結として、日本の金利が上昇し、財政状況が顕著に悪化していくことを指摘した。

これらにはむろん、政治的帰結が伴う。

中国の台頭と領海拡張の野心を制すべく防衛力や海上保安力の整備を図りたいならば、日本にとっていまがそのほとんど最後の機会となる。国内社会秩序が穏やかで、財政の持続可能性にいくばくか期待が残るいまのうちならば、中国に対する抑止力の増強は、日本にまつわる予測可能性を下支えするものとして、前向きのナラティブ(物語)に仕立てることができるだろう。時間の経過とともに、それが困難になっていく。

「基地運営コストの負担と引き替えに米軍の力を買う」という戦後日本の定式は、両辺の均衡を失っていく。米軍は今後、太平洋からインド洋までの地域にむしろ追加投資をしようとしているが、日本はホスト国としての出費を増やすことが難しくなり続けるからだ。ここからは、日本側の追加出費を必要とせずに日米同盟の力を維持・強化する方策があるなら、何であれ試みるべきだとの結論が導出できる。オスプレイ配備は歓迎すべきであるし、集団的自衛権の憲法上の承認など、大いに急ぐべきだ。

もはや容易に小切手は切れない以上、対外開発援助にも工夫が要る。対象国・案件を精査し、よほど絞り込まねばならない。

けれどもこうした日本国内に起きるだろう政治的帰結とは、世界大で見た場合、シェール革命が招来し得る地政学的変動の前には、規模や波及度においてかすんでしまうだろう。

世界の戦後体制を支持した柱のひとつとは、中東諸国に対し米国が提供を約した安全保障の枠組みだった。なかんずく石油増産・減産のレバーを握るサウジアラビアと米国は、価値観によって結ばれた関係でこそなくとも、利害によって結ばれた連携を維持し、そのことが、油価低迷の中、ソ連を窮迫させる場合などにおいて有効に働いた。

中東に及ぼした米国による安保のひとつの見返りとは、サウジアラビアが石油代金の決済をニューヨークのドル資金市場に集中させ、石油マネーが必ずドル市場に循環する仕組みを生んだことだった。ドルは石油を筆頭に1次産品の決済通貨として唯一の存在となり、米国は、フランス人の言葉によれば「とてつもない特権」をそれによって得た。為替変動リスクから免れ、自国の金融政策が世界に影響を及ぼし得た米国の特権とは、ドルによってのみ石油を買えた事実によるところが大きい。

これらがいま、シェール革命の影響がまだ萌芽(ほうが)にとどまるうち、変わりつつある。

米国、55年ぶり中東で後退

リビアのカダフィ大佐を追い詰める空爆作戦を英仏両軍に委ねた米国の判断は(精密爆弾の供給など米国の関与が作戦の帰趨を左右したとはいえ)、1956~57年のスエズ危機によって英仏両国の影響力を中東から削り取って以来、同地域にオーナーシップを維持し、主張してきた米国が、55年ぶりで後景に退いたことを意味した。また、デイビッド・サンガーが新著Confront and Concealで記録したオバマ大統領によるムバラク・エジプト政権の政治的償却とは、戦後、米国が中東地域に築いた無形資産に損切りを施し、自らそれを低めに見積もった行為に等しかった。

イラクとアフガニスタンからの撤退、インド洋・太平洋地域への重心移動という安全保障における優先順位の組み換えとあいまって、米国の対中東関与はすでに減退を始めていた。ここに、シェール革命がその影響を及ぼしていくのである。

本稿はこの先、事実や数字にもとづいた議論をしない。未生の事態を論じるのだからである。けれども、米国経済が化石燃料の自給自足を勝ち得るとなると、中東秩序の保全に米国の介入を期待することは難しくなる。このことに異議を挿(はさ)む向きはあるまい。

米国という暗然たる重しがはずれるとすると、中東秩序は「アラブの春」をしのいだサウジアラビアを含め動揺に向かうだろう。米国は有志を集め収拾に乗り出すだろうが、中国やロシアが容易に従うとは思えない。そのときにこそわれわれは、無極の世界がいかに不安定かを知る。

投資家はリスクを恐れて臆病となり、自国市場へと内向する資金の退行を追いかけるように、グローバル化の波は逆回転を起こす。すなわち世界の金利は低位安定の時代を終えて上昇に転じ、耐久力の弱い国を狙い撃ちしていくだろう。キャッシュフローを稼げなくなりつつある日本は、この波に襲われる恐れが強い。中東産油国への依存度が高いから、なおさらである。

このとき中国が持ちこたえるか否か予測の限りではないが、北京は可能なら、人民元で石油と資源を買える体制を樹立しようとするであろう。アジア各国中央銀行における人民元準備は著増する。連れて、北京の政治力が倍加するというのは、あり得るシナリオである。

日本は超党派でリスクに対処せよ

こうしてみるとシェール革命とは、経済現象としてだけ論じるわけにいかない。米国を世界秩序の安定保全勢力として担ぎ続けることは、既往の体制から利益を得てきた国々にとって共通の課題となる。中でも日本は、リスクを高める複合要因を抑え込む努力をすぐにでも始めるべきである。

東京の政治家は与野党を超え、こうした時代の趨勢に関して共通理解に至らなくてはならない。いまなら実施できるが、今後すぐに実施できなくなる政策を列挙し、これについても超党派の理解を得ることが望ましい。

外交では、すでに歩を始めた方向に動きを加速させることだ。すなわち、海洋民主主義諸国との連携であり、英語圏諸国との関係強化である。前者は、価値観と利害を同じくする国々との協働を図ることであり、後者が重要な意味とは、情報は英語のうえでこそよく流れるものだからだ。そして情報は先行きの見通しが難しい時代になるほど重要性を持つ。従って、豪州やインド、英国、カナダといった国々との連携に、日本外交は従来に倍する比重をかけるべきだと考える。

タイトル写真:米テキサス州のシェールオイル掘削現場

  • [2012.12.19]

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。1957年香川県生まれ。1981年、東京大学法学部卒業。『日経ビジネス』記者、編集委員を経て外務省に入省。外務副報道官、広報文化交流部参事官を務める。米プリンストン大学ウッドロー・ウィルソン・スクール国際研究センター・フルブライト客員研究員、ロンドン外国プレス協会会長、上海国際問題研究所客座研究員、慶應義塾大学特別招聘教授などを歴任。2011年4月から2013年1月までnippon.com編集委員。著書に『通貨燃ゆ 円、元、ドル、ユーロの同時代史』(日本経済新聞社/2005年)など。

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