特集 シェール革命と日本のエネルギー
米CSIS所長が語る―日本の脱原発の意味

谷口 智彦【Profile】

[2013.01.09] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | العربية |

日本の原子力政策の行方に世界が注目している。日本の脱原発は世界のパワーバランスにも大きな影響を与えるからだ。2012年11月、nippon.com編集委員の谷口智彦・慶應義塾大学特別招聘教授が、国際社会から見た日本のエネルギー政策の意義について米戦略国際問題研究所(CSIS)ジョン・ハムレ所長に聞いた。

ジョン・ハムレ

ジョン・ハムレJohn HAMRE米戦略国際問題研究所(CSIS)所長兼CEO。1978年ジョンズ・ホプキンス大高等国際問題研究大学院(SAIS)にて博士号を取得後、議会予算局の安全保障および国際問題担当副部長代理、上院軍事委員会専門スタッフなどを経て、国防省に入省。1997年から国防副長官を務めたのち、2000年より現職。2007年から国防省の諮問機関である防衛政策協議会のメンバー。

議論尽くされていない日本の代替エネルギー問題

谷口 2012年の秋口、野田政権は原発稼働を2030年代にゼロにする方針を打ち出しました。もっと良い電源構成を検討すべきというのがその主張ですが、内容は原子力から代替エネルギーに傾斜しています。選挙を意識してのことでしょうが。

ハムレ 有権者の原子力に対する忌避意識を、野田首相が考慮に入れている。それは理解できます。しかし、原子力に反対する一方で、日本の人々が代替エネルギー資源についてどこまでリアリスティックに考えているかは疑問です。太陽光や風力に替えればそれで解決する、後は実行するだけという向きがあるようですが、代替エネルギー源が抱える問題点については十分な議論が尽くされていないわけです。

原子力に替わるエネルギー源はおろか、原子力それ自体についても、まともな議論が聞こえてこない。きちんと情報キャンペーンを行ってこなかったという点では、民主・自民両党ともに非があるのではないでしょうか。有権者を説得することは必要ないのです。むしろ、必要なのは国民に情報を与えることです。そもそも野田首相自身が、代替エネルギーに関する情報や国としての戦略について、十分なアドバイスを得ていたかどうかも疑問です。

谷口 そうしたリアリティーに対し、日本はなぜ目をつぶってしまうのでしょうか。

ハムレ ひとつは被災後の精神的ストレスの表れと言えるでしょう。「3.11」が日本に与えた影響は甚大でした。そして、さらなる痛手は、危機のさなか、東京電力を含む産業界のリーダーや政界の指導者がしっかりとリーダーシップを発揮できなかったことでした。有効な手だても示されず、指導者たちが事態を把握しているのか、なんらかの対策を考えているのかといった情報も届かなかったのですから、人々はさらなる不安に陥ったわけです。それがより深刻な危機を引き起こしたと思います。

谷口 そうした状況は、原子力やエネルギー問題に限りませんね。日本は経済面でも非常に大きな課題を抱えています。ビジョンもリーダーシップも欠けているとなれば、さらに問題の根は深い。

ハムレ 何事もコンセンサスでというのが、古来の日本流意思決定ですからね。このアプローチの場合、正しい進路をたどっているうちは良いのですが、ひとたび足並みが乱れると、新たな進路へと国をリードするのは非常に難しくなるでしょう。

谷口 次の首相は国民に真実を話せる人であってほしいですね。英語で言う “bite the bullet (困難な状況に立ち向かうの意)”の姿勢を期待したい。

ハムレ 日本には強い政治指導者が必要だと感じます。政治の指導力が弱くなり、かれこれ10年以上がたっている。日本には優れた才能がいくらでもあるのに、政治指導力が弱いと、誰もが自信をなくしてしまいます。

中国の原発推進という地政学的リスク

谷口 エネルギー問題を3つの分野に分けてお聞きしたいと思います。最初は経済に与える影響です。日本は化石燃料の輸入量を増やさざるを得なくなり、貿易赤字に陥りました。2つめはエネルギー問題に欠かせない戦略的な意味合い。そして3つめに日米関係、特にエネルギー分野における両国関係についてお聞かせください。

ハムレ まず経済への影響ですが、太陽光や風力発電といった代替エネルギーは短期的に見れば現実的でありません。残された唯一の道は、石油か天然ガスを大量に輸入することですが、これにも問題があります。日本の製造業は、海外の競争相手の3倍から4倍も高いエネルギーコストを支払わなくてはならなくなる。例えば天然ガスの場合、米国では100万BTU当たりの価格が3ドル以下であるのに対し、日本では14ドル近くもします。約5倍の開きがあるわけです。確かに日本は省エネに秀でていますが、コストがライバルの5倍に跳ね上がればお手上げでしょう。そうなれば、経済への打撃は甚大です。エネルギーコストの増加により、日本はグローバル経済の競争からますます立ち遅れることになる。

地政学的な側面については、まず日本が理解すべきことがひとつあると思います。それは、原発を止めるのは日本の自由ですが、止めることによって中国が変わることはないということです。中国は今後も原発をつくり続けていくでしょう。韓国、インド、ロシアも同じです。ここで2方面からの地政学的リスクが生まれます。ひとつは、こうした国々で原発がどの程度安全に運用されるのかということ。中国を批判しようというのではありません。しかし、これまでの中国を見る限り、複雑なシステムをきちんと運用した実績がない。しかも、中国は日本の風上に位置するわけです。中国で原発事故が起きれば、当然日本も影響を被ることになります。

堅持すべき“核不拡散体制”のリーダーシップ

ハムレ もうひとつの地政学的リスクは、より複雑です。原子力というのは、経済的には有効なエネルギー資源となり得る一方で、核兵器の原料という側面もはらんでいる。そこで、国際社会は過去35年にわたって、商業用原子力プラントで生じる核物質がひそかにプルトニウム爆弾の製造に利用される、といった事態を防ぐシステムを作ってきたわけです。それが核不拡散条約体制です。このシステムは非常に有効に機能しており、これを国際的に率いてきたのが欧州であり、米国であり、日本です。

しかし、もし日本が原発を放棄し、欧州や米国もその動きに追従するような事態になれば、核不拡散体制を支えてきた国々がこの問題に一切関与しないことになります。もちろん、こんなことは起きてもらいたくはありませんが、体制はおのずと崩壊し始めるでしょう。韓国、中国、インド、ロシアといった国々が、この分野でリーダーになったことはありません。みなフォロワーです。核不拡散分野のリーダーたちが原発を放棄するとき、もはやわれわれの手で将来の不拡散体制を動かしていくことはできなくなります。これは日本、そして米国にとって測りしれないリスクです。原子力の利用を継続すべき理由のひとつとして、日本政府はこの点をよく考える必要があると思います。原子力の安全な利用のために何をしなくてはならないか。それを諸外国へ訴えていくとき、米国は日本に良きパートナーであってほしいのです。

日米関係についてですが、まず初めに両国関係は非常に深く、広範にわたっていることを述べておきます。仮に日本が脱原発の道を選択したとしても、それで壊れるような関係だとは思いません。しかし日本が原発を放棄するということは、米国にとって日本がもはや、グローバルな問題でタッグを組む相手でなくなることを意味します。これこそが、われわれが直面しているリスクです。米国は長きにわたり、日本をパートナーとして高く評価してきました。アジアにおいて西側の進歩的な価値システムを、自ら範として示す国が日本であり、米国はそうした日本を大いに認めてきたわけです。ですから、日本の影響力が弱まってほしくない。日本が原発を放棄した場合、米日関係が終わることはなくても、いろいろな面で難しくなると思います。

日本は「健全で活力ある頑丈な国」であれ

谷口 野田氏の新たなエネルギー政策を最初に聞いたとき、経済、地政学、日米関係のうち、どれが最も深刻な問題だと感じましたか。

ハムレ 最も深刻だと思ったのは、長期的な影響についてです。つまり、これによって次第に核不拡散体制が腐敗しかねない。それが最大の懸念でした。その次に考えたのは経済面です。こちらはもっと短期の話ですが、もたつく日本の経済復興がいっそう先送りされかねないな、と。米国は、日本に健全で活力のある、頑丈な国でいてほしいわけです。核不拡散体制の問題は、いずれにしろこの先20年の間に生じることですが、米国や日本が今からその備えを始めないと、原子力エネルギーの分野は中国やロシアといった国々に凌駕されてしまう。米国や日本は単なる小プレーヤーに成り下がり、もはや世界の安全保障体制を築くことなどできなくなってしまいます。

谷口 いずれにしても、日本はじわじわと衰微し、国際社会における存在意義を失いつつある、という図式になりますね。

ハムレ 日本から訪ねてくる友人たちの多くが、国の衰退を憂い、日本は次のスウェーデンやスイス、ポルトガルのようになってしまうのではないかと言います。そんなときは「何を言っているのか。日本は(自由世界で)2番目の経済大国ではないか」と答えるんです。「日本は経済大国なのだから、自信をなくさずに前進しなくては」と。果たして日本が自信を取り戻し、再び発展の軌道に乗れるか、というのは大きな問題です。

確信や自信。そういったものが、今の日本には欠けています。それは日本のお国柄が文化や経済に出ているということではありません。日本の経済や文化は類まれな強さを持っていると思います。弱いのは、政治の指導力でしょう。

シェールガス革命でも原発再稼働は必要

谷口 経済の話に戻りますが、日本企業は米国企業の何倍ものコストをエネルギーに費やさなくてならなくなる。ここで2つ質問です。まず、この状況に対して日本のビジネス界が声を上げないのはなぜでしょうか。次に、いわゆるシェールガス革命に伴い、米国のエネルギーコストはますます低くなっています。シェールガスやシェールオイルが日本に輸出されるようになれば、情勢は変わるのでしょうか。

ハムレ シェールガスやシェールオイルは、いずれ日本へ輸出されるだろうと思います。米国にあるシェールガス井のうち、探査されたほぼ半分は封をされ、市場に出回っていません。もし採掘業者がガスをすべて市中へ出してしまったら、ただでさえ安いガス価格がさらに下落してしまうからです。この点からしても、輸出の機運は高まっています。ただ、そこで付く値段は国際市況価格になると思います。つまり最後に買った人が100万BTU当たり価格でいくら払ったか、それで決まるということです。もちろん世界中にシェールガスがあふれるような、劇的な変化があれば話は別ですが、日本は当面シェールガスも高値でつかまざるを得ないのです。

だからこそ、原発再稼働は日本にとって重要なのです。原発が電力を安く、安定して供給できる一方、太陽光や風力は不安定です。大きな台風が来たら工場の稼働はどうなりますか。天気は毎日変わります。天候に合わせて、経済をまるでヨーヨーのように行ったり来たりさせるわけにはいきませんから。

谷口 確かに、先日米国を襲った「サンディ」のような大型ハリケーンが来たら、自然エネルギーはストップしますね。

ハムレ その通りです。夜は発電できないし、曇りの日には発電量が落ちる。大規模蓄電技術もありません。ひとつの方法は、電気自動車が広範に普及することで、そうなれば国中に分散する巨大なバッテリーシステムがあるような状態になります。しかし、そのときですら、家庭やオフィスの電力消費が減る夜間に、ベース電力として安い電力が供給される必要があります。でも、その電力を太陽光で賄うことはできません。いつでも一定の発電量を確保するには、天然ガス、石油、もしくは原子力という選択肢しかない。とりわけベース電力について言えば、効率面で原子力の右に出るエネルギー資源はないのです。

つまり事態ははっきりしている。必要なのは国民に明確な情報を提供し、きちんと対話をすることです。数週間前に東京を訪れた際、首相官邸に行く機会があり、反原発のデモ隊を見かけました。そのとき感じたのは、この中のいったいどれだけの人が、風力発電施設の平均稼働率が10%にすぎないという事実を知っているのだろうか、太陽光発電の実態を直視しているのだろうかということでした。自然エネルギーには頼れないのだという現実を、誰かがきちんと事実として示していかなくてはならないと思います。

政財界指導者に求められる毅然たる姿勢

谷口 官邸周辺のデモ隊が着ているTシャツを見ると、彼らの多くが主張しているのは「反原発」ではなく「平和の推進」です。石原慎太郎とか安倍晋三などが日本を右傾化させていると言う人たちが多くいますが、デモ隊の光景から見ると日本はむしろ左傾化していると言えます。この点、お気づきになりましたか。

ハムレ いいえ、デモ隊に知り合いもいないので、そこまでは気付きませんでした。彼らの態度が真摯でないと言うのではありません。問題は彼らがリアリスティックかどうかです。この点でも、政治指導者からの声が聞こえてこない。自民党の政治家にも会いましたが、ひとり立ち上がり、原発は必要なんだと訴える気構えのある人はほとんどいませんでした。今は世論がそれこそ「ハリケーン・サンディ」さながらの状態ですから、じっと嵐が通過するのを待っているのでしょう。言うなれば「ハリケーン・フクシマ」でしょうか。暴風雨の中で下手に何か言ったら吹き飛ばされてしまうとばかり、皆が口を閉ざしている。しかし、反原発が何を意味するのか、きちんと説明しなくてはいけないと思います。

谷口 経済界のリーダーたちも、同様に押し黙っていますね。

ハムレ 日本の経済界には、直接の当事者に対して差し出がましいことを言うまいとする態度があるように思います。福島の事態に際しても、大方の企業は黙ったまま、東電、あるいは原子炉を設計した日立や東芝に任せようという態度でした。これは誤りだったと思います。原子力をなくしたらどうなるか。経済界は、そこを明確に国民に伝えようとしませんでした。それでは、なすべき任務を十分果たしていません。もっとはっきりと声に出して主張する必要があります。

安全保障に不可欠な超党派のコンセンサス

谷口 最後にもうひとつ。まだ大統領選の結果は出ていませんが(※1)、これまで伺ってきたような点について、米国では党派を超えた合意が形成できそうでしょうか。

ハムレ ワシントンの空気として、安全保障に関わる問題については、超党派的なコンセンサスがあります。共和党、民主党ともに、原子力にまつわる広義の安全保障問題、そして日本の脱原発が示す意味を理解しています。ただ、経済問題となると、おそらくそうした超党派の合意はないでしょう。民主党は反原発の傾向があり、一般的に共和党のほうが原子力を推進しています。オバマ大統領は原発建設の再開を支持する姿勢でしたが、天然ガスがこれほど安くなり、原発の経済性という理屈は弱くなってしまいました。オバマ政権が継続すれば、2期目は新たなエネルギー政策を打ち出そうとするでしょう。原発建設再開を推し進めることはないと思います。

谷口 さまざまなメッセージをありがとうございました。日本の政界や経済界からも共感を得ることと思います。

ハムレ ぜひ日本の変化を期待したいです。私は米国内では無党派を貫いていますから、日本についても特定の党を支持することはありません。ただ、リーダーシップが必要だという点では大いに主張したいと思います。日本それ自体にはどこにも悪い所はない。ただ、政治が強くない。そこが変わらなくてならないのです。

(原文英語)

(※1)^ 電話取材は大統領選結果発表前の2011年11月6日(米国時間)。

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  • [2013.01.09]

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。1957年香川県生まれ。1981年、東京大学法学部卒業。『日経ビジネス』記者、編集委員を経て外務省に入省。外務副報道官、広報文化交流部参事官を務める。米プリンストン大学ウッドロー・ウィルソン・スクール国際研究センター・フルブライト客員研究員、ロンドン外国プレス協会会長、上海国際問題研究所客座研究員、慶應義塾大学特別招聘教授などを歴任。2011年4月から2013年1月までnippon.com編集委員。著書に『通貨燃ゆ 円、元、ドル、ユーロの同時代史』(日本経済新聞社/2005年)など。

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