特集 アベノミクス「成長戦略」の実効力
日本農業に「3つの自由」を取り戻す

浅川 芳裕【Profile】

[2013.09.30] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS |

安倍政権は環太平洋パートナーシップ協定の交渉に参加する一方で、農業成長戦略を打ち出している。農業ジャーナリスト・浅川芳裕氏が、その戦略の本質的な問題点を突き、大胆な自由化戦略を提示する。

安倍政権は、懸案の環太平洋パートナーシップ(TPP)協定の交渉参加を決める一方、農産物の輸出拡大を図っている。

その点は評価できるものの、日本の農業政策は、実は自由民主党・安倍政権になって、民主党時代よりも悪化している。まず、その問題点を検証したい。

2013年度の農家向け予算の大半は、前政権から引き継いだ農業者戸別所得補償制度(名称のみ「経営所得安定対策」に変更)に費やされている。その額は7200億円に上る。この制度は一言でいえば、農業は赤字だから政府が農家の所得を補てんしようという政策である。野党時代の自民党が散々批判していた政策であるにもかかわらず、来年度まで現状のまま引き継ぐと公言している。

安倍政権の「所得倍増戦略」は社会主義以下

安倍晋三首相はその一方で、所得補償と完全に矛盾する「農業・農村所得倍増目標10カ年戦略」を掲げている。民主党政策に劣る愚策の典型だ。その理由は2つある。

第1に、ある産業全体の所得を倍にする目標を政府が設定したとしても、実現することは決してない。

国家が産業運営を命令・指揮する社会主義が歴史上成功することなく、すべて破たんしてきた過去から明らかである。旧共産圏の経済政策でさえ5カ年計画であったが、今回の所得倍増戦略はその倍の10カ年計画である。顧客ニーズがめまぐるしく変化する中、10年計画を作ること自体の発想が、社会主義以下だ。所得倍増のキャッチコピーは「政策総動員」で目指すとうたっている。政治家と官僚が政策を総動員し、全国の農家がそれに従えばあなたの所得を倍にするという悪魔のささやきである。

第2に、政策目標の指標が無意味である。ここでいう指標とは「所得」である。所得倍増と言われれば、農家1人当たりの所得が倍増すると錯覚するかもしれないが、まったく違う。政府が指標にしているのは農産業の総所得を示す統計上の「農業純生産」のことである。

そもそも、「この20年で農業所得は6兆円から3兆円に半減した」(安倍首相)という、所得倍増政策の根拠となる政府の事実認識が誤っているのだ

産業別の総所得は時代によって変わる。日本経済に占める産業別GDP比率は、過去20年で農林水産業が0.6%(出典:国連統計局「GDP/breakdown at current prices」をもとに2011年と1991年比較を筆者算出)、製造業がそれぞれ4.5%減少する一方で、サービス業がその分増加している。だからといって、サービス業従事者がもうかって仕方がない、という話があるだろうか。答えは簡単だ。総所得と個別所得の増減に直接関係はなく、増減は各農場、農業経営者次第である。

何もこれは日本独自の話ではない。実際、GDPに占める農業分野の比率は英国0.7%、ドイツ0.8%、米国は1.1%、日本1.1%、フランス2%(2012、CIA World Factbook)となっている。そんな中、少数精鋭の農家が高度化・多様化する食マーケットに呼応し、技術力と生産性を高め、先進国の農家は付加価値を増やしていく。いつの時代も重要なのは、1人当たりの生産性向上である。経営者やスタッフの努力によって効率性が改善したかどうかだ。

正しい事実認識をするために、農業の生産性推移を調べてみた。過去10年で約20%、年率平均で1.8%上昇している(1998年~2008年、日本生産性本部調べ)。一方、農業就業者が年平均1.6%減っている。つまり、農家の数は減少している一方で、収量向上や規模拡大、スタッフ増員など技術革新・資本増加・労働増加による生産性の向上で対応している農家は増えているということだ。

所得倍増政策の根底にあるのは、全体の利益(農業所得全体)に個人が従属すべきだという思想である。これを「全体主義」と呼ぶ。そこから生まれるのは、コメの減反政策が40年以上続いているように、新たな介入、新たな強制であり、農家の自由を脅かす個別政策の集合体でしかない。

「農業者高齢化」危機説のまやかし

「農家の高齢化が進んでいる。だから農業に未来はない」という意見もあろう。だが、真相は異なる。農家人口の6割以上が65歳以上というが、われわれが日々購入している国産農産物のうち、65歳以上の農家が作っている割合はわずか1割にすぎない(農林水産省統計から筆者算出)ことはほとんど知られていない。

当然の話である。65歳以上の農業就業者の半数以上が75歳以上で、いくら元気とはいっても生産性向上には限界がある。それ以前に、まったく農産物を出荷していなくても、一定面積以上の農地を保有しているだけで農家とカウントされている。

他方、個人農場や農業法人に雇われている従業員は若手を含め年々増えている。その総数は232万人(2010年世界農林業センサス)。こうした我々の食を担っている農業就業者は、農水省の統計では農地を持っていないというだけで農家としてまったくカウントされていないのだ。農業危機説を煽(あお)るためにこうした統計のまやかしが横行している。

日本農業壊滅を食い止める「自由化5カ条」 

農業政策に真に必要なのは、民主党時代の所得補償でも現自民党の所得倍増でもない。全国の農場が国に依存しない健全な黒字経営を促進することにある。では、どうすればよいか。これを実現する具体的政策として、筆者は「ニッポン農業自由化5カ条」を提唱している。

①特定作物への優遇政策を撤廃する。

現状の政策では、国が指定する特定作物(コメ、麦、大豆、ソバ、サトウキビなど)を作る農家に、面積当たりの交付金(戸別所得補償)が支給されている。農業振興策として長年実施されてきたが、逆効果である。助成額が高い作物ほど市場価格が下がり、それを作る農家の赤字度合いは高いのが現実だ。

そこで、現行制度を廃止して、何を作っても面積当たりで一律の金額を支給する。同時に、毎年5%ずつ助成を減少させ、20年後にゼロにすることを法律で定める。これで、助成額が高いものを作るというインセンティブがなくなり、何を作るかという重要な経営判断は農家次第となる。また、自発的な技術・能力開発が進み、減った補助金収入を取り戻そうと黒字化へのコスト削減や営業・マーケティング活動が農場経営に定着する。結果、付加価値が増えるため、農場の実質所得は上がる。

②減反政策を完全撤廃する。

「農家の、作る自由」を完全保証することが、①を実現する必要条件になる。そこで、最も重要な政策転換は減反の完全廃止である。現在、国の介入で4割以上の水田でコメを作れない。これをなくせば、自らの農地を100%活用できる。各農家は限られた経営資源を生かすことができ、増収増益の農業を目指す経営の基盤がようやく整う。

③生産性に応じた農地価格を形成する。

日本の農地価格は国の制度で人工的につり上げられており、規模を拡大したい農家の収益構造を圧迫している。収益還元法に基づき、収用価格を引き下げ、上限を設ける。そうすれば不動産としての資産価値ではなく、その農地で作る農産物の収益性にリンクする農地市場が生まれる。

④農家が抱える土地改良費の債務を帳消しに。

農業土木利権のため、必要のない工事まで行われた結果、費用を一部負担する農家のバランスシートが悪化している。①~③を実現する代わりに債務を帳消しする。農家のキャッシュフローを好転させ、将来の農場設計に合わせて、自己投資できる能力を高める政策に転換する。

⑤「リタイア農家」「不在地主」の撤退促進策を講じる=新規参入の促進。

農業を継続しない農家の早期離農を促し、農地と資産をセットにして民間主導の入札制度を導入する。売り手は、農地だけでなく、納屋や農機、家屋まで含めた農場資産の売却益に関心があるが、既存の制度では農業委員会が地元農家へ斡旋(あっせん)するだけで、買い手がつかない。肝心なのは、農場資産に現オーナーよりも価値を見いだす買い手を見つけることだ。つまり、現状では地元農家優先の閉鎖的な農地市場を自由化して、新規参入を後押しする。

以上の5カ条を実現すれば、農業者は顧客ニーズを反映する品目選びと、経営基盤づくりに取り組める。いつの時代も、黒字経営が継続できる農家だけが生き残る。意欲ある農家が求めているのは、海外との農業自由化の前に、国内での農業自由化をすることだ。TPPで「日本農業が壊滅する」といったことが喧伝(けんでん)されているが、大事なのは個々の農場経営である。

「聖域」食材の輸入自由化・関税引き下げを

一方、安倍政権は農産物輸出促進をうたってはいるものの、その実現のためには大きな政策転換が必要だ。

安倍首相は政権奪取前から「農業の未来を考えたとき、競争力を高めて、農産物を輸出することだ」と主張している。だが、輸出を増やすには必須条件がある。国家貿易の対象で、高関税品となっている基本食材(コメ、小麦、バターなど乳製品、デンプン、砂糖、牛肉・豚肉など)の輸入の自由化・関税低減を実現することだ。

国内の食品産業は現在、こうした基本食材を国際価格に数百パーセントの関税をプラスして購入している。製造業でいえば、石油や鉄などを他国の2、3倍で調達しているのと同様だ。これではいくら日本食品のクオリティーが高くても国際競争では戦えない。そこで食品メーカーの多くが海外移転せざるを得なかった。これは、国が保護しているはずの国内農家にとって、実需の7割を占める加工業者という売り先を追い出してきたことを意味する。

日本のように食品加工技術が発達した先進国では、原材料を国際価格で輸入できれば、加工産業が競争力を得て、農産加工品の輸出が増える。そして、輸出向け商品の原料となる国産農産物の需要や競争力も引き出される。つまり、農家が直接輸出しなくても、加工輸出用の国産原料市場が大きく広がり、国内の農業生産額を押し上げる効果がある。

現に、農業輸出大国は農業輸入大国なのだ。例えば、世界一の農産物輸出国・米国は世界一の農産物輸入国である。世界3位の農産物輸出国ドイツは世界3位の農産物輸入国、世界4位の農産物輸出国フランスは世界5位の農産物輸入国だ。そして、世界2位の農産物輸出国のオランダは、人口は世界58位にもかかわらず、輸入額は世界7位を占める。農業技術革新や競争力の高い野菜や花を重点的に生産することで輸出を伸ばす一方、質の良い原材料を国際価格で輸入して国内で加工し、輸出している結果である。

「3つの自由」を取り戻すことが最強の改革

オランダの自由な発想とは真反対に、自民党は、基本食材であるコメ、小麦、牛肉・豚肉、砂糖、乳製品を重要5品目とし、自由化の例外としてTPP交渉で“聖域”にすることを公約している。安倍首相は自由貿易による農産物輸出増大を目指すなら、今すぐ、公約を撤回すべきである(という意味では、TPPにおける農業関税の交渉は負ければ負けるほど、実は勝ち戦なのである)。

そして、安倍政権は農産物輸出倍増を掲げながら、その促進のための2013年度予算は、わずか11億円である。戸別所得補償予算の500分の1以下であるのが我が国の農業政策の現実だ。

TPPを通じて高関税政策を撤廃することこそ、無駄な税金を使わないで、日本農業を長期的に成長させる唯一の戦略である。TPPは関税低減・撤廃の期間として、10年から20年かけてよいルールになっている。国内の補助金を減らす期間と関税を減らす期間をシンクロさせることで、国内の農業自由化と農業の国際化によるメリットを同時に享受できる

以上を総括すれば、日本農産業、食産業に足りないのは3つの自由だ。「関税なしで買う自由」「政府の指示なく作る自由」「誰でも農業をする自由(新規参入の自由)」である。

農家が自立し、食産業の発展をこれ以上、邪魔しないことこそ、「日本を取り戻す」を掲げる安倍政権における農業政策の最大のミッションではないか。国に頼らない独立した農家、食品事業者が増えて困るのは選挙に弱い政治家ぐらいしかいない。

最大の問題はそうした農水族議員が、先の衆議院選、参議院選で大量に返り咲いたことにある。農業界に補助金をばらまくことでしか、票田を確保できない議員たちだ。

安倍首相は族議員の猛烈な抵抗で改革に躊躇(ちゅうちょ)している場合ではない。ねじれ国会を解消し、安定政権を確立した今こそ、「3つの自由を取り戻す」ために、農業改革のリーダーシップを発揮する絶好のチャンスである。

(2013年9月10日 記)

この記事につけられたタグ:
  • [2013.09.30]

1974年、山口市生まれ。ジャーナリスト。『農業ビジネス』編集長/ジャガイモ専門誌『ポテカル』編集長。著書に『日本は世界5位の農業大国』(講談社/2010年)、『TPPで日本は世界一の農業大国になる』(ベストセラーズ/2012年)など。

関連記事
この特集の他の記事
  • 新成長戦略のカギは規制改革アベノミクスは長期に渡るデフレを克服し、日本経済を成長軌道に乗せることができるのだろうか。そのカギを握るのが規制改革だ。農業、都市開発、医療・介護の3分野で求められる規制改革を考察する。

ピックアップ動画

最新の特集

バナーエリア2
  • nippon.comコラム
  • in the news
  • シンポジウム報告