特集 冷え込む日韓関係 改善できるのか
日韓関係修復が難しい本当の理由

木村 幹【Profile】

[2013.12.20] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | Русский |

第1次・2次の安倍政権のはざまの7年間で、韓国を取り巻く状況が構造的に変化し、対日姿勢に影響を与えている。韓国政治研究の論客・木村幹教授が朴政権の対日強硬路線の背景を検証する。

「その『怪物』は既に暴れ出している。 今年の5月、日韓併合を生きた95歳の老人が『日本の植民地時代は良かった』という 趣旨の発言をしていたら、それを聞いた30代の男が怒り、奪った杖で撲殺したのだ。 実際に経験した人の話を実際に経験していない人間が力で押し殺す。誰にも止められない反日モンスターだ」

「反日」デモはむしろ縮小傾向

2012年8月の李明博(イ・ミョンパク)前大統領の竹島上陸以来、日本では韓国の「反日」運動への関心が高まりを見せている。上記は日本のニュース番組(2013年11月9日放映TBS「情報7daysニュースキャスター」)のナレーションからの引用だが、メディアでは連日のようにさまざまな運動が紹介され、彼らがいかに過激な運動を繰り広げているかが報道されている。

しかし、実際そうなのだろうか。確かに、現在の日韓関係に存在する領土問題や歴史認識問題についての韓国政府の姿勢が強硬なのは事実である。周知のように、朴槿恵(パク・クネ)大統領は就任以来、日本との首脳会談すら拒否しており、日韓両国は問題を解決する糸口さえ見いだしていない。韓国メディアの報道も同様の傾向を見せており「右傾化」する安倍政権に対する厳しい言葉が並んでいる。表1が示すように、日韓間の歴史認識問題や領土紛争の頻度も長期的かつ確実に上昇している。

表1 朝鮮日報に見る領土問題/歴史認識問題に関わる議論の推移

  教科書 慰安婦 挺身隊 靖国 神社+参拝
1945-49 0 0 0.001618123 0 0
1950-54 0 0 0 0 0
1955-59 0.0006427 0 0 0 0
1960-64 0 0 0 0 0
1965-69 0.0005992 0 0 0 0
1970-74 0.0003898 0 0 0.0011694 0.0001949
1975-79 0.0004597 0.0002298 0 0.0002298 0.0004597
1980-84 0.0276865 0 0.001173158 0.0002346 0.0023463
1985-89 0.0127208 0 0.000942285 0.0004711 0.0025913
1990-94 0.0068027 0.0986395 0.176870748 0.0034014 0.0181406
1995-99 0.0066994 0.1201429 0.016971862 0.0049129 0.0138455
2000-04 0.0114464 0.066077 0.010405827 0.0244537 0.0468262
2005-09 0.011236 0.0594569 0.005149813 0.0440075 0.0205993
  独島 独立運動 親日派 日本+賠償
1945-49 0 0 0.025080906 0.03802589
1950-54 0.0272277 0 0.001237624 0.01608911
1955-59 0.002892 0 0 0.00771208
1960-64 0.0070439 0 0.000454442 0.00499886
1965-69 0.0077891 0.0005992 0.000299581 0.0014979
1970-74 0.0009745 0 0 0.00116936
1975-79 0.0098828 0 0.000229832 0.00114916
1980-84 0.0030502 0.0004693 0 0.00093853
1985-89 0.0025913 0.0007067 0.000471143 0.00094229
1990-94 0.0022676 0 0.005668934 0.00793651
1995-99 0.0107191 0.0017865 0.004912908 0.00267977
2000-04 0.0083247 0.0005203 0.005723205 0.00156087
2005-09 0.042603 0.0014045 0.013576779 0.00327715

注:朝鮮日報記事データベース(2011年2月4日時点) において、「日本」という用語を含む記事全体の中で、どれだけの記事が歴史認識紛争や領土紛争に関わる「用語」を含むかを示した(100%=1.00)。 黄=最も割合の多い時期/青=それに続く4つの時期 (出典: Kimura Kan, “Discovery of Disputes: Collective Memories on Textbooks and Japanese-South Korean Relations,” Journal of Korean Studies, Volume 17, No.1, Spring 2012)

だがそれが韓国における「反日」運動が盛り上がりを見せた結果かといえば、必ずしもそうではない。事実、「反日」デモへの参加者は、中長期的には減少する傾向を見せている。時に大規模な「反日」デモが行われる中国と異なり、今の韓国では大通りを埋め尽くす大規模な「反日」デモはまず見られない。

その意味は、80年代頃までの同様のデモが、数万人を超える規模であったことと比べれば明白だ。現在の韓国における「反日」デモの規模は、毎年8月15日、すなわち韓国が日本植民地支配から解放された日においてさえ、千人を辛うじて上回る規模にしか達しない。デモの組織者からは思うように参加者が集らないことへの嘆きの声すら聞かれる始末である。

「反日」デモの規模の小ささは、他のイシューのデモと比べても明白だ。例えば、2008年、李明博政権下における「米国産牛肉輸入反対デモ」の規模は、最盛期には数十万人に達している。今年に入り浮上した、2012年の大統領選挙への情報機関介入疑惑への抗議デモも数万人の規模だった。

 これらと比べれば「反日」は、デモのイシューとしては人気のないものだとさえいえる。さらに言えば、2011年にフジテレビを取り巻いた「嫌韓流」デモには3000人以上が参加したといわれているから、韓国の「反日」デモはこれよりずっと小規模だということになる。これらの状況を無視して、韓国の「反日」運動を過大に評価するのは危険である。

二つの安倍政権、2006年と13年の対応に温度差

では、韓国では何が起こっているのか。安倍晋三が首相の座についたのは、2006年に続いて2度目にもかかわらず、韓国政府やメディアの「安倍政権」に対する姿勢は、2006年と2013年では大きく異なっている。第1次安倍政権においては、韓国の政府もメディアもその誕生を、小泉政権下に悪化した日韓関係を改善する糸口として好意的に受け止めた。もちろん、それはこの7年間に安倍の領土問題や歴史認識問題への姿勢が変わったからではない。周知のように、安倍は第1次政権の以前から「戦後政治の総決算」をスローガンに掲げ、河野談話や村山談話への懐疑を繰り返し表明してきた。領土問題への姿勢も同様であり、第1次安倍政権が竹島問題について融和姿勢を見せた事実は存在しない。

2006年と2013年の違いが、第1次安倍政権当時の韓国政府やメディアが歴史認識問題や領土問題そのものについて妥協を模索していたからであるか、といえばそれも事実ではない。2006年当時の韓国の大統領、盧武鉉(ノ・ムヒョン)は「歴史認識の見直し」を政権公約に掲げ、小泉政権が竹島近海に派遣した測量船を「船をぶつけて沈めてでも阻止せよ」と命令した人物である。進歩的な政治理念を有した盧武鉉は、保守政治家である朴槿恵と比べても、安倍とのイデオロギー的ギャップは大きく、両者の対話が簡単であったはずはない。

にもかかわらず、韓国政府やメディアの第1次安倍政権に対する姿勢は融和的だった。その理由は明白である。当時の韓国には、経済面でも、安全保障面でも、「日本との協調が必要だ」という認識が存在していたからである。

通貨危機再来の危惧が対日融和路線の背景

わかりやすいのは、経済的な重要性である。図1は、韓国の貿易における日米中の三カ国のシェアを示している。明らかなように、日本のシェアは70年代後半以降長期低減傾向にあり、そのことは韓国にとっての日本の経済的重要性が低下し続けていることを示している。参考のため、このような韓国における日本の経済的重要性の低下は、90年代以降の日本の経済的低迷によるものではない。その事は80年代、日本経済が隆盛を極めた時期にもシェアが低下していること、平行する形で米国のシェアも低下していることから確認できる。

言い換えるなら、韓国における日本の経済的重要性の低下は、日本側の事情によってではなく、韓国側の事情によって生じている。つまり、かつては冷戦下の貧しい分断国家であった韓国は、日米両国以外に有力な経済的取引相手を見つけることができなかった。しかし、冷戦が終了して中国をはじめとする旧東側国家との貿易が可能となり、韓国自身の経済発展と世界経済のグローバル化の結果として、韓国の経済的取引相手が飛躍的に増加した結果、韓国は日米両国への依存を大きく低下させたわけである。

しかし、それだけでも2006年と2013年の違いは十分に説明できない。なぜなら、2006年の段階でも既に日本の経済的重要性は低下しており、韓国が日本に配慮する理由は存在しないように思えるからだ。この点については、2006年が1997年のアジア通貨危機からまだ10年しか経過していない時期だったことが重要だろう。当時の韓国は依然として通貨危機の再来を恐れており、だからこそ盧武鉉政権もまた、大統領自身のイデオロギー的傾向とは正反対に見える新自由主義的な経済政策を選択した。再び訪れるかもしれない通貨危機に備えて、アジアの経済大国である日本との円滑な関係を取り結ぶことは当時の韓国にとって必須だった。

「仮想敵国」転じて「最重要な友好国」中国へ

盧武鉉政権と朴槿恵政権の違いを考える上でもう一つ重要なのは、安全保障面での変化である。例えば、盧武鉉政権期の有名な安全保障戦略の一つに「バランサー論」があった。対立する米中関係のはざまで、バランサーとして振る舞うことで、韓国が自ら北東アジアの安全保障上の危機を防ごうというのである。

ここで重要な事は二つある。一つは、一見、米中間において中立的な立場を獲得しようとするかに見えるこの議論が、同時に「米中対立」を前提にしたものだったことである。

二つ目は、盧武鉉政権下における米韓関係の悪化である。2003年には米国が北朝鮮との最前線に位置する陸軍兵力の一部をイラク戦争のために移動させる事態も起こっている。2006年には北朝鮮が第1回の核実験を行うなど、南北関係も悪化し、韓国をめぐる安全保障上の環境が決して好ましいものとはいえなかった。 

当然の事ながら、安全保障上の危機は、当時の韓国政府が日本への融和政策を展開する一つの動機となる。一旦、朝鮮半島において深刻な安全保障上の危機が勃発すれば、在日米軍に多くの基地を提供する日本の役割は極めて大きなものとなるからである。だからこそ、韓国メディア、特に安全保障問題に大きな関心を持つ保守メディアもまた、本来なら小泉以上に「右よりの」イデオロギーを有していたはずの安倍の首相就任を日韓関係修復の絶好の機会として利用しようとしたことになる。 

だが状況は2013年までに大きく変化した。韓国内における朴槿恵は「親中派」として知られる人物であり、大統領選挙当選の直後から中国重視政策を繰り返し明言してきた。結果、同政権における中国の重要性は、日本を凌駕(りょうが)するのみならず、同盟国である米国に匹敵する水準のものとなった。中国政府もまた韓国における「親中政権」の誕生を積極的に後押しし、訪中した朴槿恵は歴代の韓国大統領とは比べ物にならない歓迎を受けた。 

わかりやすく言えば、朴槿恵政権における中国の位置づけは「仮想敵国」ではなく、「最重要の友好国」というべき存在になっている。そして、このような朴槿恵政権においては、米中関係もまた、対立的なものというよりは、共存的なものと位置づけられることになる。

中国と対立する日本は「障害物」、米国との「切り離し」も

中韓関係の改善は、韓国の北朝鮮政策にも大きな影響を与えている。韓国の対北朝鮮政策は、金大中(キム・デジュン)・盧武鉉政権では積極的な融和政策、李明博政権では日米との協調下での強硬政策が採用された。だが、この一見異なるように見える二つの政策には共通点も存在した。それは中国に積極的な役割が与えられていなかったことである。両者において中国は、共に韓国の統一政策の撹乱(かくらん)要因であり、北朝鮮内における影響力を競い合うライバルとして位置づけられていた。

対して、現在の韓国政府の対北朝鮮政策においては、中国はライバルではなく、協力者として位置づけられている。そしてこのような韓国の安全保障政策の変化は、日本の位置づけにも影響を与える。強大な中国との対抗関係を前提としないならば、韓国が主として備えるべきは北朝鮮であり、その北朝鮮に対して韓国は通常兵器レベルで大きな優位を維持している。もちろん、北朝鮮が保有する核兵器については別途の備えが必要であるが、これについては米国からの「核の傘」の提供で足りる。大規模な通常戦の可能性がないのなら、在日米軍基地を保有する日本に特別な配慮をする必要はない。

加えてこの状況においては、尖閣問題で中国と対立する日本は障害物ですらある。万が一にでも尖閣問題が激化し、米国が巻き込まれる事態へと発展するならば、米中両国との密接な関係を前提とする韓国政府の安全保障政策は根底から覆されてしまうからである。であれば、韓国政府にとって日米両国を切り離す方がむしろ利益になる。朴槿恵政権が米国に対しても歴史認識問題を持ち出して日本を非難することを躊躇(ちゅうちょ)しない理由はここにある。

さらにこのような朴槿恵政権の政策は、韓国の保守メディアによって強く後押しされている。今日の韓国の貿易に占める中国のシェアは25%近くに達しており、その数字は日米両国のそれを合計したものよりも大きい。貿易依存度の大きい韓国において、同じ数字は韓国全体のGDPに対しても4分の1を凌駕(りょうが)する規模に相当する。このような中国への経済的依存は、韓国のビジネス界をして対中関係を重視する方向へと導き、このビジネス界と密接な関係を持つ保守メディアの論調を変化させる。

実際、かつては多く見られた韓国保守メディアの中国警戒論はこの数年すっかり影を潜め、代わって中国との友好関係の重要性を強調する議論が主流を占めている。保守政権である朴槿恵政権がこのような保守メディアの動向から影響を受けるのは当然である。

韓国側の関係修復「メカニズム」はもはや機能しない

重要なのは、二つの安倍政権の間に挟まるわずか7年の間に、韓国を取り巻く状況が大きく変化したことであり、その中で韓国にとっての日本の重要性が大きく損なわれたことである。この状況は必然的に日韓両国間で歴史認識問題や領土問題が頻発する可能性を大きくする。状況は図2のようなモデルを用いて考えるとわかりやすいだろう。韓国における歴史認識問題や領土問題の重要性は、時間の経過と共に減少していく。植民地世代が退き、社会の成熟と共に世論の関心が多様化していくからである。だからこそ、さまざまな「反日」運動に集まる韓国の人々の数は、長期的には減少こそすれ増加しない。

縦軸がそれぞれの「重要性」、横軸が「時間の経過」。日本の重要性が領土問題や歴史問題の重要性を下回ると紛争がおきやすくなる(筆者作成)

だが韓国における日本の重要性はそれよりもはるかに早い速度で低下している。例えば、70年代頃の韓国にとっては、経済面でも安全保障面にも日本は極めて重要な存在だった。だからこそ、一旦大きな「反日」運動が起こっても、人々はすぐに関係修復に動き出した。民族主義的な感情に反してでも動くべき、具体的な利益が存在したからだ。だが、日韓関係の重要性が低下した今日ではこのメカニズムは機能しない。

歴史認識問題や領土問題に対する人々の関心は減少しても直ちに消滅するわけではない。そのような状況下、日韓関係の重要性が一定以上低下すれば、民族主義的な感情にさらされることを恐れる人々は関係修復に積極的には動かない。それにより得られる利益より、失われる利益の方が大きいからだ。日韓関係がどんなに悪化しても、あるいは「反日」運動に集まる人の数がどんなに少なくなろうと、朴槿恵政権が日韓関係の修復に動き出さない理由は、この枠組みで見事に説明することができる。

日本の潜在的影響力を行使するために知恵を出せ

だとすると、日本側が行うべきことは明白だ。状況が大統領個人や、特定のメディアの特殊事情によってではなく、韓国をめぐる国際環境の構造的変化の結果としてもたらされている以上、従前の施策を継続することには意味がない。そのことは第二期政権発足当初の安倍政権の失敗を見ても明らかだ。当時の安倍政権が韓国側に伝えたのは、日韓両国は共に自由民主主義的な価値観を共有する国だ、という「価値観外交」的なメッセージだった。

しかし、このメッセージが朴槿恵政権により歓迎される可能性は最初からなかった。なぜならこのメッセージは、同様の価値観を共有しない中国との対抗関係を必然的に示唆するからだ。中国との関係を重視する朴槿恵政権にとって、それは日中間で「踏絵」を突きつけられたに等しい状態であり、韓国政府がこの「踏絵」を踏むべき理由は存在しなかった。

結局、できることは二つしかない。一つは歴史認識問題や領土問題そのものを解決に導いてその重要性を下げること、もう一つは韓国にとっての他の面での日本の重要性を上げることである。仮に日本の国内事情により前者が難しいのなら、やれることは後者しかない。忘れてはならないのは、日本が依然として世界第3位の経済規模を持つ「大国」であり、わが国にできることはたくさんあるはずだということである。例えば、自由貿易協定(FTA)の締結を進めることにより、自らの巨大な市場を利用するのは選択の一つであろうし、また米国に積極的に働きかけて、韓国軍を日米同盟の中により深く取り込み、彼らに高度な安全保障の枠組みを提供する、というのも一案だ。

ボールは日本側にこそ回ってきている。問われているのは、日本が自らの潜在的な影響力をどのように使うかという、知恵の出し方だと思うのだがいかがだろうか。

(2013年12月11日 記)

タイトル写真=ソウルの日本大使館前で日本の竹島領有権主張に関する抗議文を読み上げる男性(2013年11月30日 Yonhap/アフロ)

  • [2013.12.20]

神戸大学大学院国際協力研究科教授、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。1966年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科博士課程中退。博士(法学)。ハーバード大学、高麗大学、世宗研究所、オーストラリア国立大学、ワシントン大学等の客員研究員を歴任。主著に『韓国における「権威主義的」体制の成立』(ミネルヴァ書房/2003年、サントリー学芸賞受賞)、『日韓歴史認識問題とは何か』(ミネルヴァ書房/2014年、読売・吉野作造賞受賞)など。

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