特集 「トランプの米国」と日本
トランプ時代の国際秩序を「1917年」から考える:リベラルな秩序の回復に向けて

細谷 雄一【Profile】

[2017.01.13] 他の言語で読む : ENGLISH | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية | Русский |

米国のトランプ政権発足と英国のEU離脱が、国際秩序に及ぼす影響の本質的意味とは何か。100年前の秩序変容から考察する。

100年前に起きた秩序の変化を通じて見えてくる本質

2016年は、世界に大きな衝撃が走った1年であった。それは、6月23日の英国民投票における欧州連合(EU)離脱派の勝利、そして11月8日の米大統領選挙におけるドナルド・トランプ氏の勝利によって象徴されている。1年前には多くの人が、英国のEU残留とヒラリー・クリントン大統領誕生を漠然と想定していたのではないか。しかしながら、その想定はいずれも現実のものとならなかった。

2017年は、そのような新しい動きが実際に国際秩序に影響を及ぼす1年となるであろう。奇妙なことに、100年前の1917年にも、国際秩序における巨大な変化が起こっていた。それは、米国の第1次世界大戦への参戦とロシア革命である。この2つの出来事は、結果として、米国とソビエト連邦という超大国を生み出すことになり、その後の国際秩序は、この2つの異なるイデオロギーを抱える超大国の間の敵対関係、すなわち冷戦によって彩られることになる。それ以上に重要なのは、それとともに欧州の大国によってつくられていた国際秩序、すなわち「ヨーロッパ協調(the Concert of Europe)」の世界が幕を閉じたことである。ビスマルク体制下の3つの帝国、すなわちドイツ帝国、ロシア帝国、オーストリア帝国が第1次世界大戦を契機に消滅したのだ。

2017年の変化は、100年単位で考えるとその本質が見えてくる。米国のウッドロー・ウィルソン大統領は、第1次世界大戦の講和に当たって民族自決の原則や国際連盟の創設を提唱し、民主主義や国際組織を基礎としたリベラルな国際秩序の構築を始めた。そのような伝統は、第2次世界大戦の時に、ローズヴェルト米大統領とチャーチル英首相という2人の指導者によって、「大西洋憲章」として結実した。われわれが今生きている世界は、こうしたリベラルな国際秩序が基礎となっている。そして、その秩序を擁護し、改革してきたのが、米国と英国であった。

これまでリベラルな国際秩序は、ファシズムやコミュニズム(共産主義)、あるいは国際的テロリズムといった外部からの脅威に対応することが求められてきた。ところが、現在の米国と英国が直面しているのは、内側からの動揺である。国民の叛乱(はんらん)によって、米国ではリベラルな価値観を攻撃するトランプ氏が権力を握ることになり、また英国ではリベラルな国際秩序の果実でもあるEUから離脱(ブレグジット)することになる。

もしもそれを肯定的に捉えるとすれば、もはや20世紀の国際秩序は耐久年数を過ぎてしまったため、根本的な秩序の変革が必要だということであろう。しかしながら、トランプ次期大統領からも、英国のメイ首相からも、新しい国際秩序を構想する言葉は出てこない。あくまでも、国内経済の再建や国内における格差の解消、そして雇用の創出といった、内向きで、とりわけ利己的な声ばかりが聞こえてきてしまう。

トランプ政権が首尾一貫した長期的戦略を提示するのは困難

おそらく2017年は、米国政治や英国政治、そしてリベラルな国際秩序にとって、苦悩と混乱に満ちた1年となるだろう。トランプ氏の支持者の一部は、米国の同盟国や隣人であるメキシコ系のヒスパニック、さらにはイスラム教徒を攻撃し、敵意を示す。他方でブレグジットの支持者たちは、EUを悪と考えて、それを否定することと、さらなる移民の流入を阻止することを最優先している。

トランプ政権が成立して、政治任用ポストが埋まっていけば、新政権の対外政策の基本方針も少しずつ見えてくるだろう。しかしながら、政権与党となる共和党は激しい亀裂と対立に埋もれており、「米国第一主義者」「ティーパーティー(茶会)」「ネオコン(新保守主義者)」「伝統的国際主義者」の間で、大きく異なる世界観が衝突を見せている。対ロ政策を巡って、協調的なトランプ氏と、敵対的な共和党の保守派議員たちの間で、亀裂を埋める方法が見つからない。また、各省庁間の政策の違いを調整すべき国家安全保障会議(NSC)において、国家安全保障担当の大統領補佐官となる見通しのマイケル・フリン氏は、必ずしもそのような政治技術に長(た)けている人物ではない。

2017年の米国外交は、トランプ新大統領のポピュリズム的な言動によってある程度国民を喜ばせながらも、政権内の方針の未確定により多様な見解が衝突して、首尾一貫した長期的な戦略を提示することは難しいであろう。また、危機が発生した際、トランプ氏がツイッターで過激な発言をして事態をあおってしまったり、さらに省庁間で円滑な連携が取れなかったりする可能性もある。

日本はリベラルな国際秩序を維持する指導的立場に

これから日本は、米国の同盟国として、忍耐強さと柔軟性を示さなければならない。新大統領の過激発言や攻撃的政策に忍耐をもって対応し、これまでとは異なるアプローチに柔軟に対応していかなければならない。幸いにして、安倍晋三政権は長期安定政権となり、一貫性のある外交戦略を展開している。日本は、リベラルな国際秩序を維持する上で、これまで以上に指導的な立場に立つ必要が生じるであろう。そして、米国新政権の意向に耳を傾け、一定程度それに理解をしながらも、同時に国際社会が平和と安定を確立する方向へと進むように、米国と提携することが重要となる。その結果として、米国内において、より協調的で、より穏健な外交が回復してくるのではないか。

バナー写真:フロリダ州パームビーチの別荘で軍需企業首脳、国防総省高官らと軍事支出について協議した後、記者団と話すドナルド・トランプ氏。右は国家安全保障担当大統領補佐官に就任する予定のマイケル・フリン氏=2016年12月21日(The New York Times/アフロ)

  • [2017.01.13]

nippon.com編集企画委員。慶應義塾大学法学部教授。1971年千葉県生まれ。立教大学法学部卒業。2000年慶大大学院政治学専攻博士課程修了。北海道大学法学部、慶大法学部などの専任講師を経て2006年慶大法学部助教授。2011年から現職。著書に『戦後国際秩序とイギリス外交——戦後ヨーロッパの形成、1945-51年』(創文社/2001年/サントリー学芸賞受賞)、『大英帝国の外交官』(筑摩書房/2005年)、『倫理的な戦争——トニー・ブレアの栄光と挫折』(慶應義塾大学出版会/2009年/読売・吉野作造賞受賞)など。

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