特集 「働き方改革」:日本社会は変わるか
テレワークが変えた:働く女性の仕事と暮らし~ニッポンドットコムの小さな挑戦

益田 美樹【Profile】

[2017.08.01] 他の言語で読む : 简体字 | ESPAÑOL | العربية | Русский |

在宅勤務(テレワーク)の導入が日本でも広がりつつある。ニッポンドットコムでも今年4月に本格導入し、子育て中の女性などが利用している。「生活も仕事も好転した」と話す彼女たちが今、感じることとは。

7月のある朝、自宅のダイニングテーブルで、高木恭子さんは職場貸与のノートパソコンに向かっていた。フロア続きのリビングでは、夏休みに入ったばかりの小学1年の長男が遊んでいる。「学校が休みの時にも、子を預ける必要がないので助かります」と実感を込めて話す。

高木さんは2013年に入社し現在、5年目。英語部のスタッフとして、ニッポンドットコムで発信している日本語記事の英語翻訳を担当している。

作業は、記事を翻訳者に割り当てることから始まる。出来上がった英文を受け取ると、漏れなく訳されているか、事実関係が間違っていないかのチェックを行い、入稿してネット公開を見届けたら終了だ。常時、10本ほどの記事を並行して進めている。

テレワークの良さを生かして

このような業務をこなす高木さんのテレワークは週に2日。テレワークの日は、朝夕の通勤時間をそっくりそのまま仕事に充てられるだけでなく、通勤による体力の消耗がない。そのため、子どもと夕食をとる時間ぎりぎりまで働くことが可能になっているという。

ある日のスケジュールはこうだ。

子を送り出して、午前7時半ごろ始業。正午ごろから約1時間半休憩する。この間、夕食の支度を済ませておくのも日課だ。そして再び仕事に戻り、午後4時ごろに子の帰宅に合わせて30分ほど中抜けした後、午後7時まで作業を続ける。

「電話をとるといった雑用がないのがテレワークの日の特徴です。ですから、集中が必要な作業をまとめて行うようにしています」(高木さん)

一方で、出勤する日は職場にいるメリットを生かす作業を優先している。対訳チェックでの気になる点を翻訳者に直接尋ねたり、記事に使う写真を複数の同僚と選んだりする作業だ。電子メールやスカイプ、電話などを使って済ませることは可能だが、効率の良さは対面の会話にかなわない。このほか、上司や同僚の協力も得て、部内の会議も出勤日に設けてもらっている。

インフラ整備も、テレワークで生産性を上げられる大きな要素だ

このように、高木さんはメリハリの利いた働き方を実現している。それを可能にしているのが、ノート型パソコンとWifiルーターの貸与。それに、遠隔地から職場のサーバーにアクセスできるシステムや、オンライン上で出退勤を記録するタイムカードのような環境整備だ。高木さんによると、一番助かっているのは、職場サーバーへアクセス。職場にいるかのような快適な作業環境をどこででも得られる。

導入を推進したのは、子育て世代を子に持つ幹部

現在、高木さんを含め女性職員3人がテレワークを利用している。ニッポンドットコムがこの制度を開始した背景には、ある管理職の個人的な経験があった。

昨年4月にニッポンドットコムの常務理事に着任した谷定文さん(62)だ。30歳代の長女が、シンガポールで現在4歳になる孫の子育てをしながら仕事をしている。長女の家を訪れる度に、子育てと仕事の両立の大変さを目の当たりにし、子育て世代を何とか応援できないかと考えていた。

谷さんは着任早々、約30人の全職員を対象に個人面談を行った。各自の仕事内容と、働き続けるうえで困難を抱えていないかを聞くためだった。後者はプライベートな話題なので、話したくなければ話さなくてもよいと事前に伝えてからの実施だったが、個人的な事情や家族の事情などがいくつも寄せられた。

この面談を経て、子育てと仕事との両立に大変な思いをしている職員がいると分かった。例えば、責任をもって仕事をやり終えるため、子どもが病気になった時も休暇を取らずにベビーシッターを利用して出勤した例。子どもの回復には何日もかかったため、その費用が1カ月の収入の大半を占めてしまったという。

できるところから、すぐに始める

職員のモチベーションにどう影響するかは簡単に察しがついた。テレワークができれば問題は改善できると考えた谷さんは、すぐ部長たちに働きかけた。導入となれば、テレワーク中の部下の監督は部長らの新たな業務となる。計画を話したところ、幸い全員から了解が得られた。以前から家事をパートナーと分担している部長もおり、両立の問題は一部の女性職員に限った話ではなくなっていた。

外国人スタッフとともに職場の会議に参加する高木さん(中央)

「ならば」と谷さんは、困っている職員に対してできるだけ早く改善策を講じることにした。何重もの手順が必要な組織の規定変更や、内容の精査は追って行うことにし、まずは現場の裁量の範囲で2人の女性の事情に対応するために、未就学児を抱える職員にテレワークを認めることにした。5月に暫定スタート。面談をした翌月のことだった。

それから半年ほどたった12月、在宅勤務は制度化された。長男の小学校入学を控えていた高木さんのケースに応じて、テレワーク許可となる子の条件も未就学児から小学生に広げた。

子にも母との時間をプレゼント

「この制度がなかったら働き続けていなかったかも」と高木さんは話す。子どもが保育園の頃はまだ何とかなっていたが、午後の早い時間に下校する小学生になったらどうすればよいのかと、ずっと思い悩んでいたという。

悩んでいたのは、仕事時間の確保だけではない。子どもとのかかわりについてもだ。保育園に午後7時にお迎えに行っていた頃、他のお友だちはとっくに帰宅し、わが子がぽつんと待っていた。泣く子を前に「私が仕事をしているから、家族が笑顔になれない」と自分を責める日が続き、専門性を生かした今の仕事を諦めて、近所でパートの仕事に就くことを考えたこともあった。

「長男との触れ合う時間が増えた」と話す高木さん(左)

長男が小学生になった現在、テレワークを利用することで、学童保育サービスとファミリーサポーターの協力を組み合わせて、子育てと仕事の両立が実現できている。

何より長男とは共に過ごす時間が増えた。テレワークの日は、仕事中なので一緒に遊ぶことはないが、「帰ったらお母さんがいる」環境を作ってあげられ、午後7時になればすぐに食卓も囲めるようになった。

「会社からは、制度はどんどん利用していいんだと言ってもらいました。居場所をもらったように感じ、『それに報いたい。会社に対して応えたい』という気持ちが湧いてきました」。対面で話せたらすぐに解決することが翌日以降に持ち越しになってしまうなど、テレワークをしている負い目もあるが、作業の優先順位やスケジュール管理に気を配って、同僚に迷惑が掛からないよう努力を続けている

働いたら子と触れ合えないジレンマ

犬伏洋子さんもテレワークを利用している。幼稚園年少の長女の子育て中だ。多言語部に所属し、ロシア語版の翻訳チェックや進行管理などをする。テレワークは週のおよそ半分だ。

テレワークで浮いた通勤時間などを、犬伏さんは家族のために使うようにしている。出産後、一度フルタイムの勤務となった時、長女を保育園に早朝から預け、夜も一緒にいられるのは1、2時間程度という生活を経験した。子との触れ合いを大事に思いながら、それができない状態に心の底から疑問を感じていただけに、テレワークの恩恵は大きいと感じている。

長女を連れて出勤した犬伏さん(中央)

長女が起きる前の早朝のひと時と、長女が幼稚園に行っている間。テレワークの日は、主にそうした時間帯を仕事に当てている。それ以外は、もっぱら家族のために使う。夕焼けの中、地元の商店街でする買い物、公園での遊び、ガーデニング。近くの実家への訪問や、ゆっくりと入るお風呂。全て長女と一緒に過ごし、「今の生活は、本当に夢のようです」と話す。

また、柔軟な働き方を認める上司の理解を得て、これまでに長女を3回ほど職場に連れて行った。3月に初めて試みた時は、長女が「一緒に会社に行きたい」と強く主張して譲らなかったため、渋々の同行だったが、2時間ほどの間、傍らでおとなしく本を読んでいた。その日、帰りの電車で犬伏さんは、長女の表情に驚いた。「見たことのない、生き生きとした、達成感に満ちた顔だったんです」

静かな職場の中で長女が騒いだら大変だ、と犬伏さんはオフィス滞在中、仕事に集中できないほどだったが、一方で、子にとって、大人の仕事場を訪問するというのは、こんなにも大きな出来事なのかと発見した。

組織にとってもプラスに

職場に母親としての自分を応援してもらっている、という意識が犬伏さんには強い。「生産性を上げ、知恵と工夫で時間を最大限有効に使いたい。また、仕事で成果を出してお返しできるようになりたい」と話している。

テレワークの本格導入から数カ月が経過し、制度導入を推進した谷さんは手応えを感じている。利用している職員から、満足の声を聞いたのが理由だ。実施中のテレワーク事例が定着することで、今後は介護目的にも利用の枠を広げたり、災害時などに業務を遠隔で進められるような体制を整えたりすることも視野に入っている。「組織にとってプラスになることも多い」と谷さん。今後も働きやすい職場環境を追求していくつもりだ。

写真=大谷 清英、土師野 幸徳(ニッポンドットコム編集部)

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  • [2017.08.01]

ジャーナリスト、ライター。英カーディフ大学大学院(ジャーナリズム・スタディーズ専攻)修了。読売新聞社社会部記者などを経て、フリーランスに。現在は主にオンライン・メディアで執筆している。

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