中曽根康弘元首相「日本人よ、もっと貪欲になれ!」
成長への野心が、真のリーダーを育てる
[2011.10.21] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

この5年間に6人の首相が交代、何も結果を残さない短期政権が続いている。内政、外交両面で日本を支える確かな足跡を残した中曽根元首相が、いまの日本政治、これからの日本人が必要なものを語った。

中曽根 康弘

中曽根 康弘NAKASONE Yasuhiro1918年群馬県生まれ。東京帝国大学法学部卒業。内務省、海軍主計などを経て、47年、衆議院議員初当選。82年、第71代内閣総理大臣に就任。87年、5年の在任期間を終えて退任、1806日の戦後3番目の長期政権となる。2003年に衆院議員引退(当選20回)。現在、財団法人世界平和研究所会長、アジア・太平洋議員フォーラム名誉会長等の要職を務める。主な著書に『自省録』(新潮社/04年)、『保守の遺言』(角川Oneテーマ21/10年)など。

今ほど政治が軽くなったことはない

——今、日本国民だけでなく、世界中が日本政治の混迷を心配しています。その原因についての考えをお聞かせください。

「今の政治家は、現代に対する認識が欠けていると思います。長期的な視野に立って政策を考え、深い歴史観と哲学に裏打ちされた大局観を持って政治を動かすことが政治家の基本だが、今の政治家たちには、その基本が備わっていません。

学問的解明をもとにした政治的方策、あるいは戦略のようなものもありません。自らの価値観を磨き、情勢判断力に対する検討を行うといった努力もまったく足りません。結果的に、現代の時局、政治情勢、日本が置かれている位置というものが認識できなくなっています。

彼らは、ただ現実的に起きている諸問題に対応する方策を論じることしかしていないようです。与野党の討論や喧嘩の場にしか、視線が及んでいないように見えます。中身のない単純な言葉のやりとりだけです。国民にお茶の間の喧嘩のように受け取られても仕方がない状況ですね。

完全に政治の深さや厳粛さというものは失われました。今ほど政治が軽くなった時代はないと思います」

歴史観と哲学が大切

——野田佳彦首相は、著書の中で「最も尊敬する戦後の宰相」として中曽根元首相の名前を挙げています。新首相へのアドバイスはありますか。

「総理大臣にまでなっている政治家ですから、日本の現状、世界情勢に対する分析力というものは、一応は備わっているはずです。ただ、それをかみ砕いて、ジャーナリストや国民に分かるように説明する機会がほとんどないのが残念です。

昔は、緒方(竹虎)さんにしても、吉田(茂)さんにしても、鳩山(一郎)さんにしても、私にしても、情勢感とか価値観とかの基本がありました。

つまり、政治の基本となる学問がありました。学問体系の上で、政治を展開するという頭と体の訓練ができていたと思います。

また、われわれの時代には、宗教というものへの強い関心もありました。吉田さんも、鳩山さんも、私の先輩の世代の政治家はみな宗教家と交わっていました。京都の禅宗の僧侶を呼んで話を聞いたり、修行道場へ行って座禅を組んだりと、さまざまな精神修養を行ったものです。私も毎週、東京・谷中の全生庵という寺で座禅を組んでいました。

宗教家と同様に、学者とも積極的に交流を持ちました。鳩山さんは自宅で、吉田さんは首相官邸でという違いはあっても、月に何回かは学者の意見を聞く機会を設けた。緒方さんも同様です。戦前、戦争直後の政治家には、『定見を持たないものは政治家の資格がない』という共通認識があり、言動には常に学問や哲学の裏付けがなければ世に出られないようなところがありました。

しかし、現代の政治家は自らの思想、哲学を磨くための修業を行う機会がほとんどなくなったように見えます。単に、議会における言葉の応酬、宣伝効果、短いフレーズでの表現力だけが問われる、言葉のマヌーバー(戦術)が今では政治の中心です。政治が浅く、軽くなりました。

言い方を変えれば、政治があまりにもジャーナリスティックになりすぎ、アカデミズムが消え去ったということです。

最近の政治家の発言は実に軽い。野田総理の「どじょう」とか、閣僚の「放射能つけてしまうぞ」とか、まるで茶の間の茶番です。日本の政治が宗教性、哲学性を失い、一種のテレビゲームのようになってしまったということを考えないといかんと思いますね。もう一度、哲学的、学問的、宗教的に政治の基本というものを洗い直して身に付けることが必要ではないでしょうか」

——ジャーナリズムの責任でもありますね。

「確かにそれはありますよ」

政治家の力量が問われる首脳外交

——日本政治の混迷は外交面にも及んでいると思います。2012年は世界の主要国でリーダーの交代があるなど、大きな変化が予想されます。日本の外交政策はどうあるべきでしょうか。

「最近の有力政治家の間に、体系化された日本の外交戦略がほとんど見えないですね。日本の政治家が、海外の政治家とも交わっていくという面からも、国際的見識、国内政治に対する戦略、そういうものを合わせた自己の外交戦略を持つことが必要です。

こうした点において、外国の政治家はみなしっかりとしたものを持っています。彼らはしっかりとした基礎の上で、自国の代表として外国と交わります。

日本でも政治がアカデミックだった時代には、外交においても、政治家が基本体系を学ぶという土台がありました。先ほど指摘した通り、政治家としての基本的な立脚点、政治が負うべき価値観などを再検討し、確立させる必要があるように思います」

——内政においても、外交においても、政治家にとっては基礎が重要で、それがリーダーに求められる資質ということになるのでしょうか。

「今、自分が立脚している足場はどこにあるのか。現代とは何かということに答えるために、基本的な価値観なり、哲学、そして歴史観が重要です。

昔は、その点を極めることが、政治家になる要件でしたが、現代の政治家は、研鑽が欠けている。

政治に対する価値観、哲学性、そして歴史観を磨くことは、人間としてのボリュームを増すことにもなります。

外交というものは、外務大臣がやるものではありません。外務大臣はあくまで補佐であって、主力は大統領や総理大臣です。だから、首脳外交こそが外交の本質なのです。外交とは首脳間における力と智慧の競争です。その意味で、私は、サミットを外交のオリンピックという表現で説明することもあります。

政治家にとって自らのボリュームを大きくすること、つまり、歴史観を養い、現代への認識、独自の世界観を持つことで、外国の政治家に太刀打ちするのみならず、外国の政治家を凌駕する。そういう見識が必要です。

首脳会談を始めると10分程度で、相手の器の大きさが分かります。言葉が違っても、表現力や発言する姿勢を見ていれば分かるものです。そして、お互いの価値を認め合い共鳴することもあれば、対立することもあります。たとえ対立したとしても、敵ながらあっぱれ、というような気持ちを抱かせることができれば、それもまた、国の力となります。

こうした中で養われた首脳間の信頼が、外交を動かすのです。そして、各国首脳の信頼を得るために必要なのが、個々の政治家の力量です。

首脳外交に耐えうる政治家を育てるという点でいえば、戦後教育には物足りなさを覚えます」

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