「日本のデザイン再生のために」プロダクトデザイナー・喜多 俊之

文化

カッシーナのWINKチェアーなどで知られる世界的プロダクトデザイナー・喜多俊之氏が、日本復興のカギを握るデザインの魅力とその可能性について語る。

喜多 俊之 KITA Toshiyuki

環境およびインダストリアルデザイナー。1942年、大阪生まれ。69年、イタリア・ミラノと日本で制作活動を開始。以後、家具、家電、ロボット、日用品に至るまで、多くの商品を手掛け、作品はニューヨーク近代美術館、パリ国立近代美術館等世界各国の美術館にコレクションされている。近年は、シンガポール、タイ、中国で政府のデザイン顧問を務めるほか、1968年よりライフワークとして、日本の伝統工芸とのコラボレーションにも取り組む。2011年、イタリアでデザイナー個人に送られる最高賞「コンパッソ・ドーロ carriera internazionale賞」を受賞。

デザインは「意匠」ではなく「設計」

——世界各国で活躍されていらっしゃいますが、国によって“デザイン”への取り組み方に違いはありますか。

「今、アジアでデザインブームが起きています。国を挙げてデザインに取り組んでいるところもあります。特に中国は“デザインは新しい資源”と打ち出して、1000以上の大学にデザインの専門課程をつくり、今、60万人以上の学生がデザインを学んでいます。

AQUOS C1 / 2001
SHARP (Japan)
PHOTO : Luigi SCIUCCATI

中国では、これまで他社ブランドの製品を作る(OEM)が経営の中心だった企業が、自社ブランドを立ち上げようと躍起になっていて、デザインが注目されるようになりました。巨大なマーケットを背景にデザインも活発化しています。韓国でも同様にデザインフィーバーが起こり、大きなデザインセンターを作り、ソウルは極東のデザイン・ハブ都市を目指しています。デザイン、マーケット、経済の三者は一体化しているところがあり、経済が活発に動いているアジアの国々では、デザインに関する動きが活発になっているように感じます。

中国語ではデザインを『設計』と書きます。実は世界的なデザイン大国のイタリアでも、デザインを示す『デセーニョ(disegno)』というイタリア語には『設計』の意味があります。一方で、日本ではデザインも『意匠』という意味に受け取られることが多く、日本企業はデザインというと、外観や色だけに限定しているように思います。このため、特に大手企業の中で、『デザイン』の地位は考えられないくらいに低い。残念ですね。

同じアジアでも、中国は『設計』、日本は『意匠』ととらえ方が違う。同じデザインですが、この違いが気になるところです」

——日本のデザインを取り巻く環境は厳しいですか?

「はい。デザインの目的の一つは、暮らしであったり、仕事であったり、人々が行動する場所を素敵にすることであり、使いやすくすることであると思うのですが、日本人の暮らしぶりは長い間向上していません。家が狭いというのが大きな原因でしょう。狭い部屋に家電や家具が押し込まれてまるで納戸のようです。自宅に客を呼ぶことができず、家に良いものをそろえようという気持ちが薄くなった結果、日本のインテリア産業、特に家具業界は壊滅状態になっています。確かに日本人の貯金は多いかもしれませんが、暮らしの豊かさは猛烈な勢いで失われています。これは日本にとっても危険信号だと思います。 

デザインはどうしても日常の暮らしが土壌になります。日本は輸出立国ですから、良いものを作って海外に出さなければいけないのに、こんな暮らしぶりで、何が良いものか分からなくなるのではないかと心配してします」

伝統工芸、海外で高い評価、国内では消滅の危機

——財政危機で大変なイタリアは、デザイン大国の地位を保っていますね。

「実はイタリアには大きなデザイン学校はありませんでした。イタリアの近年のデザインは、暮らしの中から生まれてきているといえます。イタリア人の家は、人を家に招いたり、招かれたりするサロンになっています。人と人との交流場所です。そこから素敵なものを家に置きたい、人生の素敵な舞台を作りたい、という気持ちが生まれて、それがデザインの土壌になっています。

しかし、日本にも昔はそういう素敵な暮らしがありました。過去に日本で作られたものは、ほとんどデザインし尽くされています。例えば古民家にしても、漆塗りのお椀にしても、日常使うあらゆるものにデザインが施されています。しかも環境的に見ても素晴らしい。日本はエコ文化の成功した国なんですよ。

WAJIMA / 1986
OHMUKAI-KOSYUDO (Japan)
PHOTO : Nob FUKUDA

これらの日本の伝統産業、特に工芸品は、世界的にも高く評価されていますが、国内では消滅の危機に立たされています。その原因は、家の狭さがもたらした暮らしぶりの衰退にあると思います。

私も何とか伝統産業の消滅を食い止めたいと考えて、40年ほど前から地方の職人たちと一緒に『僕もデザインするから、何か作ろう』という仕事をやり始めましたが、思うようにはいかなかったですね。ものを作っても『伝統的な質の良いものを買って暮らそう』というマーケットが育たなかった。なぜ伝統産業が衰退するのか、とずいぶん悩んだこともありましたが、結局『マーケットがない』という単純な理由でした。結局、日本のデザイン、そしてその原点でもある伝統産業を復興させるには、私たちが楽しい暮らしを始めないとダメなんですね」

豊かな暮らしが、良いデザインを求める

——日本で暮らしぶりの復興は可能でしょうか。

「私は日本の将来は明るいと考えています。ここまで経済が低迷して、復活の兆しが見えてこないとなると、後は人々の暮らしぶりを変える以外に経済を成長させる方策はないのではないかと思っています。暮らしぶりが復興すれば内需は拡大します。それに伴って経済も復活するはずです。日本の住環境は、これ以上落とすわけにはいかないところまで落ちている上に、産業としてはこれまで手つかずできた分野ですから、伸びしろも大きい。

まずは、小さく出来上がっている日本の家をリノベーションで広くしてみたらいかがでしょうか。少し貯金をはたいてリノベーションしたら、夢のような生活が待っています。40年くらい前にイタリアやドイツでは、こういうことをやって成功した。韓国でも最低住居基準を設けて、広い居住空間を確保しようという動きがあります。

代表作の一つSARUYAMAに寝転ぶ喜多氏。大分県の高崎山のサルを見ながら、自由に楽しめる場所としての椅子を着想したという。40年以上前にプロトタイプが出来、1990年より世界で売れ続けているロングセラー。

日本でもリノベーションによって居住空間が広がれば、急速に変わるのではないかと期待しています。今の日本は豊かな暮らしができないのではなくて、やっていないだけです。

暮らしぶりが変われば、デザインの素地はあり、人材も豊富ですから、一気に好転するのではないかと思います。簡単なことです。かけがえのない人生をもっと楽しく暮らそうと意識する。その一点さえ実現できればいい」

——楽しく暮らす、という点では、喜多さんの出身地、大阪ではそういう意識が強いのではないですか。

「そうですね。大阪は歴史的に少しラテン調ですね。本音の社会という歴史的な特徴もあります。そういう意味では、暮らしを切り替えるという波が起こりやすい可能性があるかもしれません。大阪では政治も変わりつつありますし、“変化”を期待したいです」

神髄は、魂を込めた“ものづくり”

——話は変わりますが、喜多さんがデザインに目覚めたのはいつごろですか。

「結構早いです。中学生くらいの時でした。当時はまだデザインという言葉は新しくて、『いったい何だろう?』と思いましてね。戦後に新しく生まれた職業というイメージでした。子ども心に『あ、時代の最先端を見ることができるんだ』『僕もそんな時代の最先端を見たい』と思ったのが最初です。

私はデザインの仕事は料理人と似ていると考えています。素材を加工することで多くの人に喜んでもらえるというところが同じです。気配りと思いやりが必要なところも、デザインと料理が似ているところかもしれません。デザインも限られた材料で使う人が喜んでくれないといけない、それで初めて価値が生まれます」

——nippon.comは日本の情報を海外に向けて発信する多言語サイトですが、「日本」を海外に伝える場合には、どんな視点が必要だと思われますか。

「まず、忘れてはならないのは、私たちの日本には幸い、素晴らしい自然があることです。四季折々の自然は、日本のどこに行っても美しい。そして、歴史と文化遺産。これも大変な資源です。文化という資源の中でも、ものを作ること、作られた製品そのものではなく、ものを作る時の心構えといいますか、『魂を込めて素晴らしいものを作る』という強い意志で、ものづくりを極めようとする気持ちこそが、世界に誇れる日本独自の文化だと考えています。

これは伝統工芸品のような手作りのものだけではなくて、最近のハイテク製品なども含めて、すべてのメイドインジャパンに通じることだと思います。技術者やデザイナーの魂が込められています。是非これは持続させないといけない。

日本のクラフトが海外のクラフトとどう違うのか、と問われれば、私は『魂を込めて極めようとする心』だと答えます。今、日本の経済環境は大変な時期ですが、この心がある限り、また大きく花開いてくると思います。

今、アジアの若いデザイナーたち、特に中国、台湾、韓国といった国のデザイナーの卵たちは、インターネットで世界中のデザインを見ています。そういう意味ではデザインに国境はなくなっています。だからこそ、日本のオリジナリティを持つことが重要です。『魂を込める』という日本のスタンスが重要なんです」

聞き手=原野 城治(一般財団法人ニッポンドットコム代表理事)
撮影=大瀧 格
撮影協力=公益財団法人 日本デザイン振興会

AQUOS CUSTOM / 2003
AQUOS CUSTOM / 2003

TWO POINTS WATCH / 1991
TWO POINTS WATCH / 1991

WAKAMARU / 2002
WAKAMARU / 2002

MULTI LINGUAL CHAIR / 1992
MULTI LINGUAL CHAIR / 1992

WINK / 1980
WINK / 1980

PEWTER COLECTIONS / 1994
PEWTER COLECTIONS / 1994

CEREMONY SPACE / 1986
CEREMONY SPACE / 1986

AOYA / 2005
AOYA / 2005

TRONCO / 2007
TRONCO / 2007

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