「紛争が続けばイスラム原理主義勢力が台頭する」ヨルダン・ハッサン王子
中東の“知の巨人”が地域の未来を展望

西村 六善 (聞き手)【Profile】

[2012.08.24] 他の言語で読む : ENGLISH | FRANÇAIS | العربية |

ヨルダンのハッサン王子は、中東の「知の巨人」であると同時に、視野の広い人物として知られ、長年アラブ世界とイスラエルとの友好を追求してきた。元外務省特命全権大使の西村六善氏が、地域が抱える問題と、将来への展望についてたずねた。

ハッサン・ビン・タラール王子

ハッサン・ビン・タラール王子HRH Prince El Hassan bin Talal1947年生まれ。ヨルダンのアブドッラー国王の叔父、故フセイン前国王の弟。前国王時代、皇太子として外交などで活躍。99年、王位継承の変更でアブドッラー国王が即位した後も、国王の側近として国政を支え、中東全体に影響力を持つ。文化人としても知られ、世界中の大学から学位を贈られている。「世界宗教者平和会議」の議長、「世界知的所有権機関」の制作審問委員会議長、「ローマクラブ」の理事長などを務める。

「西アジア北アフリカ(WANA)地域フォーラム」は、西アジア・北アフリカ地域の経済や環境、教育、社会問題などを各界の知識人が国を超えて知的な対話を行う場として、2009年4月に始まった。2012年5月の第4回フォーラムは「アイデンティティー」をテーマに開催され、27のWANA諸国から約70人、日本を含む地域外の有識者10人が参加した。

WANAフォーラムでは議長のハッサン王子を中心に地域の発展に向けた道筋を模索してきた。この中で「アラブの春」が起きたことは非常に興味深い。約40年間の圧政から解放されたアラブの人々はこれからどこに向かうのか。戦後の日本のような発展を実現するためには地域共通の「アイデンティティー」が必要であるとの考え方から今回のテーマが設定された。アラブ、そしてWANA地域の「アイデンティティー」確立には何が必要なのか、議長のハッサン王子に聞いた。

15年後の経済大国はトルコ、イスラエル

——殿下の洞察による、西アジア・北アフリカ(WANA)地域の10~15年後のビジョンをお聞かせください。

「10~15年後にこの地域がどうなっているかですが、今の状況から考えると大国、つまり経済大国はトルコとイスラエルでしょう。もちろんイランが(地域の大国として)国際社会と協調するようになる可能性はあります。それには、イランがこの地域における大量破壊兵器という最重要課題を認識し、解決に向けて前進が見られることが先決ですが。

私が重要だと思うのは、西アジアが一方の東アジアと南アジア、そして他方の欧米諸国の間のパイプ役を担っていることです。しかし今注目が東アジアに移る中で、米国の関心は中国の経済成長と政治的状況、そして東シナ海、南シナ海における中国の力の誇示に向けられていることを指摘しなければなりません。中国の艦隊は西アジア地域にも現れ、最近ではサウジアラビアの紅海に面したジェッダ港を訪れています。また、バクー・セイハン石油パイプラインにはロシアの利権がからみ、トルコを通るパイプラインが注目されています。このように、WANAには新たな立役者が出現しています。

イスラエルではアイデンティティーをめぐる対立が見られます。つまり、ユダヤ人の中でも出身地の異なるグループの間にはさまざまな分離があります。こうした対立はいずれも、不満分子が合流した抗議行動という形で現れた『アラブの春』、『イスラエルの夏』と呼ばれる状況の中で発生しています。世界各地で、生活条件、年金、教育、予算配分、人間の尊厳などに関する問題が表面化しているのです」

地域組織の欠如が問題

——最近、この地域で起きていることは、イスラエルにとっての警鐘となっているようですが。

「その通りです。社会の不満の合流もしくは同時発生は、国家間の歴史的対立の名残と言えます。そうした歴史的対立にはイスラエルとアラブ人、アラブ人同士、トルコ人とクルド人の摩擦が含まれ、それに加えてイラクの将来ならびにイラクにおける多国籍軍の存在をめぐるイランの懸念があります。安定化どころか、現実には地域の再分割もしくはバルカン化が進んでいるのです」

——今回のWANAのテーマは「アイデンティティー」ですが、アラブ世界に関するアイデンティティーについてどのようにお考えですか?

「『アイデンティティー』そして『組織的アイデンティティー』とも言えるものですが、この地域を代表する経済・社会面での正統的な地域組織が存在しないことが問題のひとつだと思います。当然ながらそのような組織には地域のすべての国が含まれなければなりません。

この地域に住む人々の安定化には、フィンランドとタンザニア両国が主導したヘルシンキ・プロセス(Helsinki Process on Globalization and Democracy)の規範となった価値観が非常に重要です。ヘルシンキ・プロセスとは、グローバル化に関連する問題を、立場の異なる主要なステークホルダー(利害関係者)の対話によって解決しようというアプローチです。その価値観とは、基本的に、人間的尊厳を含む安全保障、社会的開発を含む経済、物質的および個人的利害と持続可能性の相関関係ではなく人間としての尊厳と持続可能性の相関関係を指します。

人々に力を与えるには、現在のジレンマから脱する道を数多く提供することが必要です。われわれの地域には、なぜ社会的憲章や、異なる信仰を持つ人々の対話に不可欠な倫理規約がないのでしょう。なぜ社会結束を促す基金がないのでしょう。

その答えは、われわれのアイデンティティーが外部の影響に左右されているからではないかと思います。西アジア・北アフリカ地域各国の政府系ファンドは、この地域の出身でない人々によって管理されています。また、例えば欧州復興開発銀行(EBRD)がこの地域に関与する際には、国際復興開発銀行(世界銀行)と同様に、EBRDが物事の優先順位を決めます。その結果、地域の各国が対等の立場で資金を出し合ったり、国際機関が協力し合うことがないのです。

今後10年の間に、アラブ諸国・イスラム諸国の地域機関と西側の機関、そしてG8諸国(さらにはG20諸国)との間に協力の精神が生まれ、西側から一方的に何かを西アジア・北アフリカに押しつけられるのでなく、自主権を持って国際社会に貢献する地域として尊重されるようになればいいと願っています。

そうすれば、アラブ・アイデンティティーと非アラブであるトルコやイランのアイデンティティーが結びつきます。さらに西アジアがアフガニスタン、パキスタン、インドまでをも含むようになるかもしれません。そして、われわれはヨーロッパの地中海諸国と南アジア、西アジア、そして東南アジアを強力に結びつける存在になれるのです」

イスラム原理主義の台頭が心配

——地域のアイデンティティーをめぐる課題として、ほかにどんなことがありますか?

「この地域が紛争の地であり続ければ、強硬で保守的な複数のイスラム原理主義勢力が台頭するでしょう。これらの新たな集団——タリバンやアルカイダなど異なる名前を名乗るさまざまなグループ——は人々を誘拐したり傷つける集団で、イスラム法に則った集団でもなければ、信仰でもありません。イスラムはひとつしかないはずです。

ですから、私としては今後10年間にイスラム教徒同士の協議が、とりわけメッカで、真剣に検討されることを願っています。協議を通じて、現実としてある今日の諸問題、すなわち人間の尊厳、生きる権利、あらゆる形の差別の禁止などについてイスラム教徒としての立場を明らかにできればと思います。

アラブの春に便乗し、イデオロギー的構想のために大衆運動を利用しようとするだけの政治的集団に引き続き翻弄されるなら、10年後のこの地域は世界と協力できるような安定した地域ではなく、人間の痛みにつけこんだ地域になってしまいます。

この地域の活力は、100年以上にわたる対立や戦争によって損なわれてきました。『自分は正しく、相手は間違っている』という態度がはびこっており、イスラエル人、アラブ人、非アラブ・イスラム教徒、兵器を売買したり石油価格を操作するために地域に介入している連中などが、己の集団だけが真実を握っていると考えているわけです。このような姿勢のために、われわれは長年“場当たり主義”に甘んじ、それに責任持って対応できる機関が育ってこなかった。

だからこそ、社会経済的理論と人道法と市民社会という3辺から成る三角形の頂点に政治家たちが立つような方式が不可欠なのではないでしょうか。この方式を採用することで、地域を統計でしか捉えようとしない人々の姿勢を改めさせ、そこに住む人々と彼らが担う責任という視点から地域を捉えるよう仕向けることができるはずです」

——まったく同感です。日本では西アジア地域を狭い経済的視点で見る傾向がまだありますので、人道的な側面は非常に重要だと思います。

「ちなみに、この問題に関連する寄稿記事が今日のインターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙に載っていました。世界貿易機関(WTO)元事務局長のピーター・サザーランドは、ヨーロッパの構造的な社会的欠陥を取り上げ、これまで以上に『人間的責任』が問われていると指摘していました。具体的には欧州評議会の議長が選挙で選ばれない問題や、経済政策をめぐり公の議論が十分成されていないといった問題です。

政治的、経済的、社会的要因に戻ると、ヨーロッパにこうした問題があるとすれば西アジアも同じ視点で見るべきです。問題は国家の財政赤字や物質的不足ではなく、人間の尊厳の欠如です。構造的不均衡を是正し、人々——若者も女性も異なる利益団体も——が自分の運命を決めるプロセスに参加できるようにすることが重要です。しかし、それだけではありません。

いわゆる『アラブの脱出』により世界中に散らばった、高度のスキルを持つ若者を含む多くのアラブ人が参加し、より人間的なアイデンティティーを新たに形成するには、人々をきちんと評価する仕組みが必要です。彼らをこの地域の再建に関わらせるには評価の仕組みが不可欠なのです。彼らの言い分に耳を傾けるべきです」

日本人の優れた見識に期待

——最後に、日本およびアジアに向けたメッセージはありますか?

「出発点に戻ることになりますが、私をはじめ西アジアの多くの人々は、日本人の倫理観に、常に偽りのない尊敬と感嘆の念を抱いています。日本は経験的、伝統的、そして近代的な要素をうまく組み合わせているからです。

これに関して、私は『真実の方式』と呼ぶものが大事だと考えます。つまり自分自身、他人、そして社会経済的環境(または自分の物理的、人間的環境)にとっての真実です。3月11日の大震災の後、この真実のために日本は再建に向けて頑張ることができたのではないでしょうか。

第二次世界大戦で核兵器の標的になった日本の人々の苦悩をわれわれは理解できます。人間がお互いを虐げ、自然をも虐げている地域に住んでいるわれわれは、地域を文字通り砂漠に戻してしまうような戦争の脅威に晒されています。われわれは人間のために環境を再建しなければなりません。人間がただ生きるだけでなく繁栄できるような生活空間をつくりださなければならないのです。だからこそわれわれは日本に期待するのです。地理的には離れていますが、日本は優れた見識を持っているからです」

写真提供=日本財団

(原文英語)

  • [2012.08.24]

元地球環境問題担当特命全権大使。1940年北海道生まれ。外務省で欧亜局長、経済協力開発機構(OECD)駐在特命全権大使などを歴任。2002年特命全権大使(アフガニスタン支援調整担当、地球環境問題担当兼務)、06年気候変動担当政府代表兼地球環境問題担当特命全権大使、07年内閣官房参与(地球温暖化問題担当)。WANAフォーラムには2009年の第1回から出席。

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