「アートは記憶を伝える」あいちトリエンナーレ芸術監督・五十嵐太郎
震災後の日本で、アートの力が試される
[2012.11.07] 他の言語で読む : ENGLISH | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

建築史・建築批評家の五十嵐太郎東北大教授が「あいちトリエンナーレ2013」の芸術監督に就任した。「揺れる大地―われわれはどこに立っているのか:場所、記憶、そして復活」をテーマに、東日本大震災後の日本で“アートに出来ることは何か”を問いかける。

五十嵐 太郎

五十嵐 太郎IGARASHI Tarô1967年フランス・パリ生まれ。東京大学工学部建築学科卒業、東京大学大学院修士課程修了。博士(工学)。2009年から東北大学教授。07~09年、文化庁芸術選奨(美術部門)推薦委員、2008年ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展日本館コミッショナー。あいちトリエンナーレ2010 では長者町企画コンペの選考委員。著書に『ぼくらが夢見た未来都市』(共著、PHP新書)、『空想 皇居美術館』(共編著、朝日新聞出版)、『3.11/After 記憶と再生へのプロセス』(監修、LIXIL出版)など。

日本の大地が“揺れている”

——「あいちトリエンナーレ2013」のテーマ、「揺れる大地―われわれはどこに立っているのか:場所、記憶、そして復活」は、どんな狙いで設定しましたか。

「現代美術は、純粋にアートだけで成立しているのではありません。時代、社会を反映したものです。2011年の東日本大震災や2012年夏以降の竹島、尖閣諸島などをめぐる領土問題を振り返ってみても、日本の“大地”がいろいろな意味で“揺れている”という状況にあるといえます。当たり前だと思っていた風景、日常、アイデンティティが揺らいでいます。

日本の大規模な国際芸術祭では、横浜トリエンナーレや、瀬戸内国際芸術祭などが知られていますが、テーマは“あるようでない”ことが多い。特に都会を離れた瀬戸内や越後妻有などは開催する場所に圧倒的な力があり、言葉としてのテーマにそれほどの必要性がないのかもしれません。一方で、名古屋で開催され、大きな美術館も使う都市型の『あいちトリエンナーレ』では、逆にコンセプトを強く打ち出すことが大切だと考えました。

絵画、彫刻から、ダンスなどのパフォーミングアーツ、そして建築まで。ひとつのテーマに沿って、これだけ幅広い分野の作品を集めた芸術祭は、世界でも珍しいのではないかと思います。とくにオペラまであるのは、ここだけかもしれない」

アートは記憶を伝えるメディア

——サブタイトルの「場所、記憶、そして復活」にはどんな意味が込められていますか。

「『場所』や『記憶』というキーワードは、震災後に青森から千葉までの津波被害を受けた地域を可能な限り歩いてみて浮かんだものです。被災地を歩くと、それぞれの場所の固有性が高いことに気づきます。地形の違い、わずかな高低差で津波が到達したりしなかったりということが起こりました。自然が作った地形と、人間が作った人工的な環境の組み合わせで、それぞれの町でまったく違う被害状況となりました。津波や液状化による被害で“場所”の歴史や固有性が注目されたと考えたのです。

五十嵐さんが監修した海外巡回展「3.11-東日本大震災の直後、建築家はどう対応したか」。韓国・ソウルでは講演会も行った。

震災の前にも、ゼミ合宿などで気仙沼、陸前高田、大船渡などの町の建物を見に行ったことがあります。しかし、どこの町でも東京の郊外と同じようなハウスメーカーの住宅が並んでいました。周期的に大きな地震が発生し、津波の被害が確実に起きると分かっている地域であれば、土木ですべてをリセットするのではなく、その場所を強く意識した建物の形、町の形が必要だったのではないでしょうか。

今回の被災地にはまた、大地震や津波の被害が反復して起きるという“記憶”も欠けていたように感じています。地元の小学校では津波についての授業が行われているのでしょうが、町の姿自体には何の記憶も宿っていない。岩手県だと『津波が来たら高台に逃げろ』というサインがあったくらいです。普通の観光客として訪れた人には、かつて津波に襲われた歴史はまったく伝わらない町の姿でした。

震災後『この記録をどう伝えるか』が重要であるとよくいわれますが、アートというのは『記憶を伝えるメディア』だと考えます。

例えば、ラスコーやアルタミラの壁画によって、人類が言葉を持つ以前に何をしていたかを知ることができた。あるいは、博物館に展示された美術品、いや、普通の食器からでも、500年前、1000年前の人々の生活を知ることができる。美術は記憶を伝える力を持っていると思います。あいちトリエンナーレにも、そういう力のある作品を集めたい」

「都市」を模索し始めた建築家

——震災後、日本のアート、特に建築の分野で変化を感じることがありますか。

「建築界では、震災の直後に誰にも声がかからなかったということが衝撃的でした。国際的に評価され、海外で都市計画に近い部分までの仕事を請け負っているような方がたくさんいるにも関わらず、日本の建築家は蚊帳の外に置かれていました。文化人として建築家の地位は高くなったけれども、本当に建築家が力を発揮すべき場所には呼ばれないという事実がありました。

「都市とはどうあるべきか」という課題に一貫して取り組み、都知事選に立候補までした故・黒川紀章氏を例外として、メタボリズム(※1)の建築運動が落ち着いた1970年代以降、日本の建築家は、都市計画や国土計画とは距離を置いているところがありました。単体としての公共施設は造るが都市そのものには踏み込まない状態でした。

しかし、この震災で、建築家たちが『都市とどうつながるか』と模索し始めたように感じています。被災地でも都市部は行政やゼネコンが中心で建築家が入る余地はないので、小さな集落の顔が見える範囲でのまちづくりからのスタートです。建築家が関わる範囲を半径30メートルの風景から、もう少し広げようという動きです」

——そういう変化が見え始めた中で、注目されている若手建築家はいますか。

石上純也さんの作品「四角いふうせん」(2007)東京都現代美術館「SPACE FOR YOUR FUTURE」展での展示風景。photo : 市川靖史 courtesy of Gallery Koyanagi

「日本の建築は、世界の中では非常に評価が高いのです。建築のオリンピックともいえるヴェネツィア・ビエンナーレ建築展で、2012年、日本館は2回目の金獅子賞を獲得しました。個人でも、伊東豊雄、SANAA、篠原一男、石上純也、宮本佳明の各氏が金獅子賞を受賞しています。

今年、ヴェネチアの金獅子賞のメンバーの一人でもある藤本壮介さん。家形の積み木を重ねたような「東京アパートメント」が有名ですが、誰も見たことがない新しい作品なのに、一目見てコンセプトが分かるという特徴があり、すでに海外での認知度も高く、ヴェネチアでも人気がありました。

また、石上純也さんの作品は、とても繊細である種の工芸品のようです。あまりにも精度の高い技術が必要のため、海外で同じクオリティを維持するのは大変ですが、日本的な洗練された作品です。今回のあいちトリエンナーレにも出展予定なので、ぜひ注目してください。また阪神淡路大震災に関する展示で、ビエンナーレの金獅子賞をとった宮本佳明さんも、あいちトリエンナーレに参加します」

聞き手=原野 城治(一般財団法人ニッポンドットコム代表理事)

(※1)^ 生物学用語で「新陳代謝」の意味。建築界では、1960年代に「生物が代謝を繰り返しながら成長していくように建築や都市も有機的に変化できるようデザインされるべきである」考え方が提唱された。1960年に東京で開催された世界デザイン会議で、建築家の黒川紀章、菊竹清訓、槇文彦、大髙正人、デザイナーの栄久庵憲司、粟津潔、建築評論家の川添登らが「メタボリズム宣言」を発表した。

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