芸術の癒しの力:日本美術の世界的コレクションが東北の被災地を巡回
江戸絵画のコレクター、ジョー&エツコ・プライスとのインタビュー
[2013.03.05] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | العربية | Русский |

2013年3月、世界的に知られるプライスコレクションが日本を再訪する。約100点の江戸絵画の傑作を集めた展覧会『若冲が来てくれました——プライスコレクション 江戸絵画の美と生命』が6カ月間にわたり、2011年3月の大震災で壊滅的な被害を受けた東北3県の美術館を巡回する。ジョー・プライス氏とエツコ夫人に展覧会への期待と江戸美術の魅力について聞いた。

ジョー・プライス

ジョー・プライスJoe PRICE1929年、オクラホマ生まれ。まだ若かった1950年代にマディソン街の骨董店で江戸期の画家、伊藤若冲の作品に出会い、日本美術を初めて知って魅了される。この偶然の出会いが人生を変えた。半世紀余りを経て、プライス氏は世界屈指の江戸時代の日本美術の収集家となり、若冲の個人コレクションとしては最大のものを築き上げた。2006年から東京国立博物館等で『プライスコレクション「若冲と江戸絵画」』が開催された。東京国立博物館での展覧会は、2006年において一日あたりの観客動員数世界一を記録した。

エツコ・プライス

エツコ・プライスEtsuko PRICE鳥取県生まれ。1963年、美術収集のため日本を訪れたジョー・プライス氏の通訳、翻訳者を務めたのが二人の出会い。1966年に結婚後、ロサンゼルスに在住。

——なぜこの時期に東北でコレクションの展覧会を催すのですか。

ジョー 2011年3月に起きた震災による被害があまりにも衝撃的だったので、悲しみを和らげるものをお見せしたいと思ったのです。2006年にも同じような絵画展を日本で催しました。作品を日本で本来の形で見てもらえたのはあのときが初めてです。つまり、それ以前にも展示したことはあったのですが、通常の展覧会のようにガラスケースに入れてスポットライトを当てていました。日本美術にスポットライトを当てるのはあまり好きではありません。

東京国立博物館では、ガラスケースなしの展示室をひとつ作ってくれました。江戸時代の日本でそうだったように、その部屋では自然光に近い照明で作品が鑑賞できるようにしました。日本美術の本当の美しさは、一瞬たりとも同じに見えないところにあります。日本画をガラスケースなしに水平から照らされた状態で見たら……太陽の前を雲がよぎったりすると、何十もの違った姿が見えてくるのです。

今回は残念ながら、同じようにはできないでしょう。費用がかかりすぎるし、会場になる博物館・美術館には窓がほとんどありません。どれも美しい建物ですが、ケースと人工照明しかありませんし、被災地の施設に負担をかけたくありません。

エツコ 今回は自然光を要求して大騒ぎしたくはありませんでした。たしかに絵画を鑑賞するうえでは大切なことですが、東北の方々は大きな苦しみを経験したのです。今回の主な目的のひとつはみなさんに喜びを感じていただくことです。多くの方々がすべてを失い、家族を亡くされました。いまだにモノトーンの瓦礫のなかで苦しい毎日を送っておられる方も多い。美しい色鮮やかな絵画を見ることが慰めになるよう願っています。

展覧会はやめたほうがいいと忠告する人も大勢いました。放射能があるから危険すぎると。しかしそれでは、日本人は一電力会社の事故のためにどれほど多くを失うことになるでしょうか。「怖くないの?」と聞かれると、東京でタクシーに乗るほうがよほど怖いと答えます。私たちが恐れていないことを示すために、本格的な展覧会を東北で開く必要があったのです、とくにアメリカ人が。アメリカ人の励ましの気持ちを伝えるよい機会だと思います。

日本美術の里帰り

——プライスコレクションはアメリカ人による日本美術のコレクションです。ある意味で、作品を里帰りさせるというお気持ちですか。

ジョー まさにそうです。2006年に東京国立博物館で展覧会をしたときには、初日はふつうの美術ファンがやってきました。ところが一週目のある日、警備員が走ってきて言いました。「驚かないでください。原宿の竹下通りの若者たちがやってきます。つんつん髪にルーズソックスの連中です。でも心配はいりません、注意深く見張っていますから!」しばらくして若者たちがやってきました。入ってきてもとても静かでした。なかには涙を流している子もいました。床にすわったり、互いに抱き合ったりしている子もいました。そのなかの一人が近づいてきて、私たちの芸術を見せてくれてありがとうと私に礼を言いました。日本画がそれほど美しいとは彼らは知らなかったのです。日本全国で同じようなことがありました。展覧会は4カ所に巡回しましたが、どの美術館でも学芸員たちが言っていました。「若者たちが大勢やってきます。こんなに若い人たちが美術館に来たことはこれまでありません」と。若者たちは家に帰って話したり、インターネットで発信したり、友達に伝えたりしたのでしょう。二週目に入ると、美術館はすし詰め状態になりました。東京国立博物館での展覧会は、2006年において一日あたりの観客動員数世界一を記録しました。そして考えてみたら、その若者たちは、私が初めて日本画に出会ったときと同じ年頃だったのです。

エツコ 今回の展覧会は主に子供たちのためのものです。彼らこそ、未来の東北地方を再建する役割を担っているからです。子供たちが自分を見失わないよう励ましたいと思います。高校生以下は入場料は無料です。この美術展を見ることによって、日本の歴史や江戸文化を学ぶことができるでしょう。子供たちに歴史を知ってもらうことはこの展覧会の重要な目的のひとつです。

自然をより美しく

——若冲作品の魅力とは?

ジョー  若冲だけではありません。江戸期の画家すべてです。江戸時代には基本的に、外部からの影響はすべて遮断されていました。日本は美術界において孤立した島であり、日本美術は日本人の感覚から生まれ出たのです。日本人の強さは自然への愛にあります。日本の画家は想像を絶するような技を駆使して作品を描き上げました。青年時代に最初に日本画に出会ったとき、そんなふうに感じました。

若いころフランク・ロイド・ライトと一緒に仕事をしたことがあります。彼はいかにして山を切り崩すかを教えてくれました。切り崩して土を掘り出し、レンガと木を運んできて建物を建設する。そうすると丘は前よりも美しくなる。彼は自然を取り込んでそれをより美しくしたのです。それこそ江戸期の日本美術がしていたことです。不必要なものをすべて削ぎ落とすのです。

江戸期から生き残っている芸術のひとつに生け花があります。歌舞伎も生き延びています。でもほとんどの芸術の場合、日本が世界に向かって国を開いたことで状況が変化し始めました。技が失われてしまいました。

しかし海外からはいまだに日本の華道を学びに人がやってきます。華道では、美しい花を手に取り、その葉を何枚かもぎ取り、引っ張り、茎をねじり、折り曲げ、哀れな花をバラバラにして花器に突き刺します。それを見た人々が感嘆の声をあげる——こんな美しい花をどこで探してきたのかと。これも自然をより美しくする方法なのです。本物の花はそんなふうには見えません。盆栽の木も自然とはちがいます。自然よりももっと木らしく、もっと花らしく見せるのです。芸者を見てください。女らしさ以外の人間の特質はすべて削ぎ落とされています。顔は白く塗られ、どの人も同じに見えます。帯を締めて胸も隠しています。残されているのはエッセンスだけです。

日本人が絵画を自然光のなかに置いていたら、それが忘れ去られることはなかったと思います。初めて日本に来たとき、日本美術を買い始めてからすでに15年間もたっていたのに、画家の名前は一人も知りませんでした。私が日本画を見つけたのは、サンフランシスコのいわばゴミ捨て場のようなところと、ニューヨークのマディソン街のある店でした。

誰も若冲の名前を知りませんでした。その名前を知ったのは、彼の絵の図版を30枚ほど収録した画集を見つけたときです。見たこともないほど美しい絵ばかりでした。

当初はとても孤独な作業でした。オクラホマでは誰も日本美術に関心がなかったのです。「若冲を再発見した男」になろうなどと考えたこともありませんでした。ただ絵画の美しさに惹かれていたのです。

——美術品に何を探し求めるのか?

ジョー ひとつの方法としては、絵からできる限り遠く離れる。それからゆっくりと近づく。近づけば近づくほどよいものに見えてきたら、それはたいていの場合よい作品です。とりたてて美しい絵でなくとも、なんらかの技を認めることができたら、最後はディーラーに照明を消してくれと頼みます。「そういうわけにはいきません!このビルは古くて調光器がないもので」と言われたら、照明を調節するのではなく、消してほしいと答える。照明が消えたときに作品が活き活きしてきたら、間違いはありません。照明を消してもらえなければ買わなかった作品がどれほどたくさんあるかわからない。照明を消すと、作品がよく見えてくるのです。

2012年11月14日インタビュー(英語)

『若冲が来てくれました——プライスコレクション 江戸絵画の美と生命』展覧会開催日程

宮城県 2013年3月1日〜5月6日、仙台市博物館
岩手県 2013年5月18日〜7月15日、岩手県立美術館
福島県 2013年7月27日〜9月23日、福島県立美術館

 

展示される2つの屏風に関するジョー・プライス氏のコメント

《鳥獣花木図屏風》 花も木も動物もみんな生きている(伊藤若冲)

適切な照明のもとでこの屏風の前を通り過ぎると、動物や鳥の色がさまざまに変化して見えます。若冲は同じ絵のなかで光沢とマットの絵の具を並べる技法を開発しました。光沢のある絵の具は反射光を発します。絵の正面に立っていて、水平方向から照明が当てられると、光はまっすぐにはね返ってきます。しかし脇に立っていると、それは見えません。マットの絵の具は光を拡散させます。どこからでも見える光です。ですから前を歩くと、この動物は絹そのものに同化したように見えます。メトロポリタン美術館は顕微鏡カメラを持った主任研究員を派遣してきて、画像を拡大して、どこが光沢でどこがマットかを確認しました。若冲が屏風を描いたときには意図的にその技法を使ったはずです——それも250年前のことなんですよ!

《白象黒牛図屏風》 白いゾウと黒いウシ(長沢芦雪)

この絵については最近知ったばかりのことがあります。もう40年間所有していますが、気がついていませんでした。最近、オーストラリアの牧羊犬を2匹飼いました。双子です。とてもかわいい犬たちで、私は2匹からいろいろなことを学びました。片方は明らかに強い性格で、もう一匹を支配し思い通りにしてしまいます。相手が食べている骨がほしくなると、ただにらみつけるだけで、もう一方の犬は骨を下に置いて逃げていきます。この絵では白い象は仏教のシンボルです。そして牛は神道のシンボルです。両方を向かい合わせると、牛は強そうに見えますが、注意深く見ると、その目は象を見上げています。牛は仏教の前で怖気づいた様子をしているのです。二つを並べてみて、斜めから見て、ようやく気づきました——そうに違いありません。

 

下のフォトギャラリーで特別展『若冲が来てくれました——プライスコレクション 江戸絵画の美と生命』の一部をご覧いただけます。

作品写真提供(本文中・ギャラリーともに)=© エツコ&ジョー・プライスコレクション

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  • [2013.03.05]
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