「子どもたちが家族と暮らす権利を取り戻す」ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表 土井香苗
[2016.04.25] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية | Русский |

国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」のアジア唯一の事務所を7年前に立ち上げた土井香苗氏。児童養護施設などで暮らす子どもたちの「人権侵害」に対する働きかけを中心に、HRW東京事務所の活動を紹介する。

土井 香苗

土井 香苗DOI Kanae「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」日本代表。1975年神奈川県生まれ。東京大学法学部在学中の96年に司法試験に合格。大学4年のとき、NGO「ピースボート」に参加してアフリカ・エリトリアでの法律制定ボランティアに従事する。2000年から2016年3月まで弁護士(日本)として活動、アフガニスタン難民弁護団などで活躍後、05~06年に米ニューヨーク大学法科大学院に留学、国際法修士課程修了、ニューヨーク州の弁護士資格を取得。06~07年にHRWニューヨーク本部のフェローとして活動。09年にHRW東京事務所を開設。アジア地域の人権侵害の調査、政策提言などを中心に、世界の人権保護活動に取り組んでいる。

「夢が持てない」子どもたちの実態

HRW東京事務所の事務所で

虐待などの理由で実親と暮らせない子どもを家庭的な環境で育てようと、4月4日、全国20の自治体と13の民間団体が、養子縁組や里親への委託を推進する「子どもの家庭養育推進官民協議会」を設立した。「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」日本代表の土井香苗氏は、「家庭養育=脱施設化」を進めるこの官民連携の立役者の一人だ。

国際人権NGOのHRWは、ニューヨークに本部を置き、世界90カ国に支部をもつ。世界各地で活動する約400名のスタッフが、あらゆる人権侵害を調査し、全支部が連携してロビー活動、政策提言を行い、各国政府を通じて、その人権侵害を是正するよう「外圧」をかける。

各国の専門家がかかわる調査報告書はHRW共通言語の英語でまとめられ、日本語に翻訳された。

2009年4月に開設されたHRW東京事務所は、アジアでは唯一のHRW事務所。その東京事務所が初めてイニシアチブを取ってまとめたのが、国内の児童養護施設などで生活する子どもたちの現状に関する調査報告書『夢がもてない 日本における社会的養護下の子どもたち』だ。

「HRWは、1995年に日本の監獄の人権状況、2000年に人身取引問題に関してレポートを出しています。今回はそれ以来約10年ぶりに着手した、日本の国内問題に関する調査です」と土井氏は言う。

施設養育に対する問題意識すらない

なぜ、施設の子どもたちに焦点を当てたのか。その背景は二つある。

「第1に問題の深刻さ。『社会的養護』を受けている子どもの状況は、特に日本でひどいといえる数少ない問題の一つです。多くの先進国では家庭養育にシフトしてきているのに、日本では9割近い子どもたちが集団養育です」

「社会的養護」とは、家庭内の虐待や親の養育困難や病気などの理由で実親と暮らせない子どもたちを、実親に代わって社会が養育・保護する仕組みだ。現在、社会的養護下にある約4万人の子どもたちの大半が、児童養護施設や乳児院などの施設で生活している。

「第2に、社会の関心が低いこと。(施設にいる子どもたちを)かわいそうとは言っても、集団生活させていること自体への問題意識がない。国際条約に違反しているという指摘も、政府に対する批判もありません」

「国連・子どもの権利条約」では、社会的養護下にある子どもを施設に収容するのはその必要があるときだけと定めており、それは最終手段とされている。日本では里親措置や特別養子縁組の取り組みが著しく遅れているため、国連子どもの権利委員会」から人権侵害に関する勧告を受けているが、その事実すら、一般的にあまり知られていない。

実親の権利が強すぎる日本

『夢がもてない』のインタビュー調査は2011年12月から2014年2月まで2年余りをかけて行われ、2011年3月の東日本大震災で親を亡くした子どもたちの状況に関しても調べた。東北地方の241人の震災孤児たち(2012年11月現在)の大半は親族に引き取られ、行政や民間からの援助、支援も寄せられている。

だが、全国の施設で生活する4万人の子どもたちの状況には、依然として光が当てられていない。

「養子縁組なら政府にとって特別な財政支出もないし、行政にとって里親手当を出す方が公的支出も少なくてすむ。養護施設では職員の人件費もあるので、何倍もお金がかかる。その一方で、施設の子どもたちの進学率は低く、その後ホームレスになる率も高いといわれます。政策として非合理的なのが明白なのに、なぜ施設偏重が戦後何十年も続いてきたのか不思議だった」

「親が子どもを施設に入れるといえばそれが通ってしまう」

今回「調査して初めて明らかになった3つの理由」として土井氏が挙げるのは、制度や利権、行政に対する容赦ない批判だ。

「第1に、日本では、実親の利益が子どもの利益より優先されます。自分は育てられないのに、子どもが自分以外の人になつくのがいやという親が多い。親が施設に入れると言えば子どもは施設へ入れられます。そうした親権の乱用ともいえる状況を乗り越えるのは日本の法制度では簡単ではない」

「第2に、施設運営者側の抵抗。施設は助成金で運営されているので、子どもを収容していないとビジネスとして成り立たない。自分たちの存続を子どもの幸せより優先しています」

「第3に行政・政治の怠慢。里親制度はマッチングやフォローに手間がかかりますが、施設に送るのは楽だし、責任逃れができる。その一方で、児童相談所に十分な人員を割いていません」

調査結果を踏まえて、この2年間は厚生労働省や政治家へのロビー活動に注力し、世論を喚起するために、メディアの取材にも積極的に応じている。

児童福祉法改正で子どもの権利を明記

目指すのは児童福祉法の改正だ。土井氏の働きかけなどが実り、塩崎恭久厚労相は児童の家庭養護推進の熱心な提唱者となった。3月末、塩崎大臣など厚労省のイニシアチブで、政府は児童福祉法の一部改正案を閣議決定し、国会に提出。児童福祉法上にはじめて、子どもの権利条約にのっとり、子どもが権利の主体であることが明記された。子どもを実親が養育できない場合は、養子縁組や里親などの家庭養護が原則であることも条文上明記された。それが不適切な場合のみ、施設養護が許されることとなっているが、その場合でも「できる限り良好な家庭環境」を確保することとなった。日本の社会的養護行政の実態を根本から変えることになる条文だが、これをどうやって真に実現するのか、骨抜きにするような動きがあればそれとどう闘うかが次の鍵になると土井氏は語る。

「子どもを権利の主体としてみなさず、世界から30年遅れている日本」がようやくスタートラインに立ったと土井氏は言う。

土井氏が現在、特に強く主張しているのは、「すべての乳児院を閉鎖する」ことだ。「多くの国で過去の遺物となっている乳児院のあること自体が、世界では驚きの的です。業界の抵抗も強いし、乳児院は良いものだという勘違いが社会で横行している。子どもは声を上げられないので、誰かが正論を言わないと、状況は決して変わりません。乳児院の建物やスタッフは、子育て支援や里親子支援の場など、本当に社会に必要とされるサービスに有効活用してほしい」。

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