競馬騎手クリストフ・ルメール「僕が日本を選ぶ理由」
[2016.12.23] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS |

2016年の日本競馬界を大いに盛り上げたクリストフ・ルメール騎手。フランスから日本に拠点を移して2年目ながら年間最多勝争いでトップに立つ花形ジョッキーに、日本の競馬や暮らしについて話を聞いた。

クリストフ・ルメール

クリストフ・ルメールChristophe LEMAIRE1979年フランス生まれ。高校を卒業後、1999年にフランスの騎手免許を取得しデビュー。日本中央競馬会(JRA)の短期免許で2002年に初来日して以来、毎年3カ月の期間限定で日本のレースに出場。2015年、ミルコ・デムーロ(イタリア)とともに、外国人初の通年騎手免許を取得して日本に本格参戦。2年目の2016年は12月18日現在、181勝を挙げて最多勝争いのトップに立つ。

2016年の日本競馬は「ルメール・イヤー」

2015年に日本中央競馬会(JRA)の通年騎手免許を取得し、母国フランスから日本へ本格的に拠点を移したクリストフ・ルメール騎手。2年目となる2016年シーズンは大幅に騎乗回数を増やして勝ち星を重ね、12月11日には戸崎圭太騎手を抜いて、ついにリーディング(最多勝)争いの首位に立った。賞金総額、勝率、連対率(2位以内に入る率)、3着内率でもすべてトップ。2016年の日本競馬界は「ルメール・イヤー」だったと言っても過言ではない。

11月5日から6日にかけて、騎乗機会10連続連対(出場したレースで10回連続して2位以内)のJRA新記録を更新し、6日には武豊の記録(2002年)に並ぶ1日8勝の快挙を達成した。インタビューが行なわれたのは、その直前の11月4日。前日も川崎競馬に出場していたルメール騎手だが、終始笑顔で取材に応じてくれた。

第77回菊花賞(GI)、サトノダイヤモンドに騎乗して菊花賞を制し、喜ぶクリストフ・ルメール騎手=2016年10月23日、京都競馬場(時事)

——まずは10月23日の菊花賞制覇、おめでとうございます。ルメール騎手にとって、日本におけるクラシック競走(※1)の初タイトルで、外国人騎手が菊花賞を制するのも初めてでした。

ありがとうございます。馬にとって1度しかチャンスがないクラシックレースはやはり特別。他のレースとは注目度が違って、勝てば大きな自信になるし、ファンや関係者からの信頼を得ることができる。日本でこのタイトルが取れてとてもうれしい。歴史に名を刻むことができて誇りに思うよ。

——その前のクラシックレース、日本ダービー(※2)(5月29日)では同じサトノダイヤモンドに騎乗して惜しくも2位、だいぶ悔しかったのでは?

僅差でマカヒキに敗れてしまった。でも、全てのレースに勝つことはできない。サトノダイヤモンドは自分の力を最大限に発揮して、よく走ってくれた。大一番をあと少しで逃して悔しかったのは確かだけど、負けを引きずることはないんだ。一週間後には次のレースがあって、自然と気持ちが切り替わるからね。

——ダービーでは、そのマカヒキ陣営からも騎乗の依頼があったとか。 サトノダイヤモンドを選んだ理由は?

サトノダイヤモンドはデビュー戦からずっと乗ってきた。以前からマカヒキの馬主には、もし2頭が同じレースに出場する場合はサトノに乗るよと言ってあった。あのディープインパクトの馬主でもある金子真人オーナーがそれを理解してくれて、「では別の機会にぜひ」と言ってくれたんだ。

——それが凱旋門賞(10月2日)で実現したのですね。

うん、マカヒキとフランスに行くことができた。凱旋門賞はおそらく世界で最も重要なレース。過去にも出場したことはあるけど、今回は日本の馬に乗って日本からの初参戦だから、特別な感慨があった。残念ながら結果は出せなかったけど(14位)、その前哨戦(ニエル賞)では勝つことができた。来年また日本の馬で凱旋門賞に挑戦したいね。

凱旋門賞だけが目標じゃない

——日本に拠点を移して以来初の母国でのレースということで、フランスのメディアから注目されたのでは?

次から次へと取材が入り、まるでマラソン(笑)。競馬専門のメディアだけじゃなく、一般のメディアも話題にしてくれて、日本の競馬について理解を広めるいい機会になったと思うよ。

——日本の競馬は世界でどの程度認知されているのですか?

日本の馬の実力はすでに世界で証明済み。遠征のたびに大きな注目を浴び、誰もが敬意を払う。牧場にも定評があるし、馬主がサラブレッドの競りに巨額を投資することも知られている。海外の大きなレースに日本の馬が出場すれば、日本から多くのメディアがやってくるから、現地にとっていい刺激になる。今回もマカヒキはフランスのメディアから大いに注目された。

——1981年の第1回ジャパンカップで、外国馬に上位を独占されたとき、日本の競馬界は世界とのレベルの違いを思い知ったと言われています。

何事も下からの積み重ねだからね。日本は欧米に比べると競馬の歴史がそこまで古い国じゃない。ジャパンカップの創設はまさに、国際的なレースを日本で開くと同時に、日本の競馬を海外に広めることが目的だった。確かに当時、日本の馬のレベルは、欧米の馬に及ばなかったけれど、そこからの成長は見事と言うしかない。競走馬、牧場、種牡馬、繁殖牝馬、いずれも世界のトップレベルにある。競馬の国際化が進んで、外国のレースに出る日本の馬が増え、日本の馬主や調教師が自信を深めていった。競走馬の世界ランキングで日本の馬が1位と2位を独占した年もある。もう足りないものはないんじゃないかな。

——日本の馬が凱旋門賞を制するのも遠くないと考えますか?

うん。すでに2着は4回ある。最後の一段を上がるだけだ。その日はもう間もなく来るだろう。

——それを自分がやる、というのは大きな目標になりますね?

凱旋門賞を勝つのはあらゆるジョッキーの夢だし、日本の競馬関係者やファンが熱狂する中、日本の馬で勝てたなら、これほどの名誉はないだろうね。確かにそれは大きな目標にはなる。でも馬は生き物だし、レース当日まで何が起こるかわからない。僕にとって大事なのは、一つのレースだけに照準を合わせるのではなく、毎日をいつも通り平常心で過ごして、こつこつと練習を重ねていくこと。そしてレースが近づくにしたがって、徐々に集中力を高めていくことなんだ。

(※1)^ 3歳馬に限定した中央競馬の伝統的なGIレース。皐月賞、桜花賞、優駿牝馬(オークス)、東京優駿(日本ダービー)、菊花賞の5つ。

(※2)^ 毎年5月末~6月頭に実施される3歳馬対象のGIレース。正式名称は「東京優駿」。皐月賞、菊花賞とともに「三冠レース」のひとつ。

この記事につけられたタグ:
  • [2016.12.23]
関連記事
その他のインタビュー

ピックアップ動画

最新の特集

バナーエリア2
  • nippon.comコラム
  • in the news
  • シンポジウム報告