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日本を味わう:フードライター、マイケル・ブース

暮らし

日本と日本料理をこよなく愛する英国のライター、マイケル・ブース氏。日本での食べ歩きの記録をまとめた著書は『英国一家、日本を食べる』(亜紀書房)として日本でも出版された。来日したブース氏に東京の居酒屋で、食と旅行にまつわるさまざまなエピソードを語ってもらった。

マイケル・ブース Michael BOOTH

英国のフード・トラベルライター、作家。日本、フランス、北欧を中心に食と旅行に関する著書を執筆する傍ら、「ガーディアン」、「インディペンデント」などの英国の新聞に寄稿している。主な作品は『英国一家、日本を食べる』、『限りなく完璧に近い人々:なぜ北欧の暮らしは世界一幸せなのか?』など。2010年に英国で出版されたブース氏の『Sushi and Beyond: What the Japanese Know About Cooking』。これを邦訳した『英国一家日本を食べる』が2013、14年に2冊に分けて出版されると、日本でたちまちベストセラーになった。日本の読者の共感を呼んだこの本は、ブース氏が妻と2人の息子とともに日本中を食べ歩いたグルメ紀行。コミック化やアニメ化もされ、テレビアニメはNHKで放映された。東京・赤坂の居酒屋でくつろぎながら、ブース氏が和食を通じてどのように日本を見つめてきたのかをじっくり語ってもらった。

日本の食と旅への愛

——『英国一家、日本を食べる』の取材で特に思い出深かった体験は?

相撲部屋で食事をしたのは貴重な体験でした。子どもと旅をして良かったと思うのは、まず、子どもの目を通して世界を見ることができる点です。子どもには大人と全く異なる世界が見えているからです。また、子ども連れだと、周りの反応も全然違ってきます。息子たちが相撲部屋で力士に遊んでもらっていた光景も忘れられません。お昼に、ちゃんこ鍋とスパムソーセージが机に並んでいるのを見たときには驚きました。意外にヘルシーでしたが、量は半端じゃなかったですね。

——最も印象に残っている日本の食べ物は?

旅の最後に訪れた沖縄で、生まれて初めて食べた海ブドウという海藻です。強烈でした。今でもあの食感が忘れられませんし、海ブドウについてもっと知りたいと思いました。実はちょうど新作を書き終えたばかりなんです。日本全国を回るのは同じですが、今回はルートを逆にたどってみました。再び訪れた沖縄では、海ブドウの養殖所を見学してさらに詳しく調査しました。ゆばも独特な食感がありますが、好きな食べ物の1つです。もちろん、みそ、日本酒、かつお節も大好きですし、うなぎの骨も食べましたよ。

——何でも挑戦してみたんですね。

でも、一度食べればもういいかなというものもありました。例えば納豆です。何度か食べてみましたが、好きというほどではないですね。すりおろした山芋とモズクもそうです。

——旅先で感銘を受けた料理人はいますか?

幸運なことに、東京・銀座にある「すきやばし次郎」ですしを食べる機会がありました。そして残念なことに、私が今まで食べた中で最高のすしでした。というのは、びっくりするほど値段が高くて予約を取るのがほぼ不可能だからです。でも素晴らしい体験でした。すし職人の次郎氏はとても厳しい人で、すしを握っているときは一言も話しません。でも仕事が終わった後の彼は、とても親しみやすくておしゃべりでした。本当においしいすしで、魚を熟成させて旨味やこくを引き出すのですが、それがまさに職人技でした。濃いめの酢飯との相性も抜群で、これほどパンチのきいた味になるとは思っていませんでした。日本で味わった最高の料理の1つです。

作家からシェフ、そして再び作家に

——作家になったきっかけは?

大学で英文学の学位を取った後、すぐにテレビ業界に入ったのですが、仕事が好きになれずタイのバンコクに逃げ出しました。バンコクでは英語雑誌の記事を書いていたのですが、結局英国に戻り、ジャーナリズムの大学院課程を修了した後、フリーランスのライターになったんです。しばらくしてデンマーク人の女性と結婚し、彼女に説得されてコペンハーゲンに移り住みました。

最初の仕事は「タイムアウト」というシティガイドの記事を書くことでした。レストランコーナーを担当していたのですが、料理のこともシェフの仕事もろくに知らない自分に、批評したり書いたりする資格があるのかと悩みました。それでパリに行ってシェフの修行をしたのです。

——今でも料理をしますか?コペンハーゲンのご自宅で日本料理を作ることはありますか?

日本料理ではありませんが、和食の食材を使って料理を作ることはあります。みそを使って鶏肉をマリネしたり、シチューに入れたりしますし、ニンニク、ショウガ、しょうゆのマリネードに酒とみりんを加えることもあります。カルパッチョに生わさびを入れると、とてもおいしいですし、ユズはチョコレートにとても合うんですよ。また、パルメザンチーズとゴマとポン酢で作ったソースは、何にかけてもおいしいです。靴だって食べられますよ!

——『英国一家、日本を食べる』は、日本の読者や視聴者からどんな反響がありましたか?

あの本は日本の読者を念頭に書いたものではなく、タイトルにある通り、すし以外の日本料理を英国人や米国人に紹介するのが目的でした。ですから英国で出版されてから3年後に出版社から引き合いが来たときは、とても驚きました。しかも日本でベストセラーになったのです。びっくりしましたし、とてもありがたかったです。

その後NHKワールドのアニメーション制作部から「アニメ化に関心がある」というメールが届き、プロデューサーがデンマークまでやって来て熱心に説得されました。アニメはあくまでもフィクション。架空の要素がかなり盛り込まれていて、身長が8メートルぐらいありそうな「ゴスロリ」ファッションの少女が登場する回もあります。この番組は大好評でした。予想外の成功に正直戸惑っています。

世界最高の料理

——最近、また日本を旅行をされたそうですね。詳しく聞かせて下さい。

近々また本を出す予定です。『The Meaning of Rice(邦題未定)』というタイトルで、日本での食体験を30ほどのエピソードに分けて紹介しています。長野県で昆虫料理を食べたり、北海道で漁師とウニ漁に出かけたり、日本で最高級ののりと言われる浅草海苔についても学びました。東京で開かれた「ワールド・スシ・カップ」の審査員を務めたのは不思議な体験でした。製麺機の操作を誤り、事故で片腕を失ったラーメン職人との出会いもありました。

——日本でさまざまな経験をしてこられましたが、日本でよく食べる料理は何ですか?

欧州に住んでいると、なかなか手に入らない日本の食材があります。例えば豆腐やゆばです。アンコウの肝や白子も見かけません。売っている魚の種類や品質が限られているのです。先週大阪で食べた刺し身は本当においしかったですし、2日前に食べた蒸したアマダイの握りも最高でした。でも、今住んでいるところ(デンマーク)では、タラや養殖サケしか手に入りません。

——屋台で食べるような庶民の味と、懐石のような高級料理を比べた場合はどうですか?

私が一番好きなのは居酒屋です。料理の質が高く、メニューも豊富で、季節に合った料理を出してくれます。常にシェフの創意工夫が感じられて、行くたびに新たな体験ができるからです。

——世界の料理をランク付けすると日本料理は何位ですか?

私の中で世界の5大料理と言えば、メキシコ料理、中華料理、フランス料理、イタリア料理、そして日本料理です。日本料理は大好きです。パリのル・コルドン・ブルーで1年間修行をしたので、フランス料理にも多大な敬意を抱いています。日本料理の素晴らしいところは、地域や季節の多様性を理解した上で、そこから最高の味を引き出していることです。これまで日本に関する本を2冊書きましたが、内容を重複させずにさらに3冊書ける自信があります。先日初めて大分県を訪れて「ふぐ」料理を堪能し、本場の温泉卵も食べました! 日本に旅行に行く人に私がいつも勧めているのは、なるべく地方を旅してみることです。もちろん東京は面白い街なので、楽しい時間を過ごすことができるでしょう。それでもやはり私としては、東京以外の日本の姿も知ってもらいたいのです。

グルメな旅行者たちへのアドバイス

——日本を訪れる美食ブロガーたちに3つアドバイスをするとしたら?

まず、グーグルの翻訳アプリを活用することです。そうすれば、このような居酒屋でメニューを指さして注文できます。ささいなことに思えるかもしれませんが、外国人にとって英語が使えない店に入るのは勇気が要ることなんですよ。他人が食べているものを指差して「あれと同じものを下さい」と言うのは恥ずかしいですからね。また、ポータブルのwi-fiルーターを持っていれば常時ネットに接続できるので、街を歩いていて、何を提供する店か分かります。その方が断然楽しめますよ。

——マイケルさんは日本に来る前に料理研究家の辻静雄氏の本を読み込んでいたそうですが、日本料理についてある程度学んでから日本に来た方がいいと思いますか?

修学旅行ではないのですから、しっかり予習しなければならないということはありません。どういうところか知っておくために、ネットでいくつか記事やブログを読んでおいた方がいいかもしれませんが、私のように詳しく調査する必要はないと思います。でも、もちろん私の本はチェックしてください!

写真=本野 克佳
撮影協力=まるしげ 夢葉家

原文英語。バナー写真:東京・赤坂の居酒屋「まるしげ 夢葉家」でお酒を楽しむマイケル・ブース(2017年3月22日)

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