巨樹をたずねて

巨樹をたずねて①~青葉の季節

文化 暮らし

巨樹と言えば屋久島の縄文杉が有名だが、全国にはさまざまな種類の個性的な名木が数々存在する。巨大さに加え、形や枝ぶりの見事さも備わった選りすぐりの巨樹を紹介していこう。第1弾は初夏に向かい青葉が鮮烈な3本。

巨樹の魅力

南北に長い日本は、多種多様な巨樹が生育できる環境を持つ世界でも希有な国といえる。

白神山地(青森県/秋田県)、屋久島(鹿児島県)の世界自然遺産登録(1993年)によって巨樹に注目が集まることとなり、その主役は何といっても屋久島の縄文杉だった。巨樹といえば縄文杉と言われるほど有名になり、日本を代表する巨樹に違いないとはいえ、縄文杉はその太さでは日本でようやく20番目にランクされる存在に過ぎない。

日本国内においては、特にクスノキが大きくなる樹種として知られており、日本最大といわれる「蒲生の大クス」(鹿児島県)は、その幹周りなんと24メートル余り。根元に立って目の前に樹冠(幹から伸びる枝や葉を総合した部分)を見上げれば、その巨大さにしばし呆然とすることだろう。縄文杉よりも一回り、いや二回りほど大きいのだから納得だ。

巨樹の定義についてだが、一般的には幹の太さで決まる。幹周りが3メートル以上に達したものを一般に巨木、5メートルを超えるものを巨樹と呼ぶことが多いようである。樹齢1000年の木があったとしても、樹高がいくら高くても、幹が十分に太くなければ巨樹とは呼べないのだ。

日本で巨樹となる代表的な樹種は、スギ、クスノキ、ケヤキ、イチョウのほか、スダジイ、イチイガシ、カツラ、ナラ、マツ、ムクノキ、エドヒガンなど。アメリカの西海岸にはセコイアデンドロンと呼ばれる世界最大クラスの巨樹が林立するが、他の樹種が一緒に並び立つような森に出会うことはほとんどない。日本の場合には、同じ社寺の境内にスギやケヤキ、イチョウなど、数種類の巨樹を見ることも珍しくない。日本の温暖で湿潤な気候が豊富な種類の巨樹の生育を支えているのだ。

巨樹は地球上の生命で最大、かつ最長寿の存在でもあり、当然人間の一生とはスケールが一桁も二桁も違うこととなり、そこに畏敬の念が生じる。一度その場所に根を張ると、一生その場で生きていかなければならない定めを負い、1000年を生きてきた巨樹であっても、周囲の環境が変化すれば瞬く間にその命を終わらせるはかない存在でもあることを忘れてはいけない。

寂心さんのクス(熊本県)

樹種:クスノキ(Cinnamomum camphora クスノキ科ニッケイ属)
生息地:〒861-5531 熊本県熊本市北区北迫町618
幹周:17.1m 樹高:30m 樹齢:伝承800年
大きさ ★★★★★
樹勢  ★★★★
樹形  ★★★★★
枝張り ★★★★★
威厳  ★★★★★

九州の中でも熊本県は「巨樹王国」とも呼べるような、多種多様な巨樹が見られる地である。その熊本を代表する巨樹が「寂心さんのクス」。大きさ、樹勢、樹形、枝張り、威厳、どれをとってもクスノキの中では一級品で、総合バランスでは間違いなく日本最高のクスノキであろう。1991年の台風19号、別名リンゴ台風によって相当数の枝を失うなどの被害を受けたが、旺盛な樹勢にも後押しされて現在ではほとんど傷も癒え、訪問するたびに葉の数が増えており、驚異的な生命力を見せつけてくれる。

樹冠の広大さに関しては、もはや説明の必要もないほどの迫力で、樹下に憩う人の姿がまるで豆粒のように見えてくる。

樹名の由来は、加藤清正(1562-1611)が熊本を治める以前、隈本城を中心に勢力を張っていた豪族「鹿子木親員入道寂心(かのこぎちかかずにゅうどうじゃくしん)」の墓があるためと伝えられる。今では、その墓石も旺盛な成長を続ける根に呑み込まれてしまった。

かつてクスノキの周囲は一面の畑だったが、1989年より「ふるさと創生事業」によって「寂心緑地」と呼ばれる公園として整備が始まった。広い芝や満開のコスモス畑、どこからでも雄大な樹冠が見渡せる環境は見事というほかない。そしてその保護の手厚さからは、地元の方々のクスに対する思い入れが強烈に伝わってくる。訪問するごとに心を癒され、活力を分け与えてもらえる、そんな心の拠り所でもあるのだろう。

西善寺のコミネカエデ(埼玉県)

樹種:コミネカエデ(Acer micranthum Sieb. et Zucc. カエデ科カエデ属)※イロハモミジとの説もある
生息地:〒368-0072 埼玉県秩父市横瀬町横瀬598
幹周:3.8m 樹高:7.2m 樹齢:600年
埼玉県指定天然記念物
大きさ ★★★
樹勢  ★★★★
樹形  ★★★★★
枝張り ★★★★★
威厳  ★★★★

西善寺は正長2(1429)年に開山した長い歴史を持つ寺院で、武甲山のなだらかな裾野の北側に位置し、秩父盆地を見下ろす高台にある。秩父三十四観音霊場の八番札所として数多くの巡礼者で賑わいを見せるが、一般には札所としてよりも、モミジの名木があることで知られる。コミネカエデは山門をくぐると目の前に現れ、本堂前の庭いっぱいに枝を広げており、とてもモミジとは思えないような広大な樹冠を誇る。寺の作りもこの名木を優先して建てられたのか、本堂正面にモミジが正対し、四季折々の景色を本堂から眺められるようになっている。

秋の紅葉シーズンも大勢の参詣客で賑わいを見せるが、梅雨時には他では見られない素晴らしい光景を楽しむことができる。このモミジは全身を苔に覆われており、雨に濡れて苔の緑がさらに深い色となるのだ。そのビロードに覆われているかのような姿は必見だ。根元にも緑のじゅうたんを敷き詰めた神秘的な世界が広がっている。

秋も深まり11月に入ると、コミネカエデも葉の色を紅に変化させ見頃となる。全身が一度に染まるのではなく、一部に黄色い色づきの葉が混じるため、素晴らしいグラデーションが楽しめる。何時間見ていても飽きのこない本当に素晴らしい巨木で、まさに関東有数のモミジの名木といえる。

菩提寺のイチョウ(岡山県)

樹種:イチョウ(Ginkgo biloba イチョウ科イチョウ属)
生息地:〒708-1307 岡山県勝田郡奈義町高円1532
幹周:11.9m 樹高:30m 樹齢:900年
国指定天然記念物
大きさ ★★★★
樹勢  ★★★★★
樹形  ★★★★
枝張り ★★★★
威厳  ★★★★★

かつて菩提寺は無住の寺で荒れ放題だった印象があったが、近年は境内の手入れが行き届き、駐車場も整備され、以前とは見違えるばかりにきれいな寺院へと変わった。過去の姿を知る者にとっては驚きだ。

境内の右奥に控えるのが、中国地方では最大とされる雄株のイチョウの巨樹。浄土宗開祖の法然上人が学問成就を祈願して挿した杖が芽吹き、生長したものだと伝えられる。その真偽はともかく、このイチョウの最大の特徴とされるのは多くの気根(幹や枝から空中に伸びる根)が垂れ下がっているところだ。一般にはこれを「乳」と呼ぶ。また小枝の生育も盛んで、まるで枝から無数の針金が生えているかのように見える。太い幹や横枝のまわりを乳と針金が縦横無尽に覆い尽くす姿は一見に値する。それほどまでに樹勢は旺盛で、まさに老いてますます盛んといったところだろう。

根元部分よりも、上部の方が太くなるというイチョウ独特の樹形の持ち主であり、幹周りの数値以上に迫力を感じさせる。西日本では有数の大イチョウの一本だ。

文・撮影=高橋 弘
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