特集 巨樹をたずねて
巨樹をたずねて⑧~雪の巨樹

高橋 弘【Profile】

[2017.01.23] 他の言語で読む : FRANÇAIS | ESPAÑOL | Русский |

雪景色の中にそびえ立つ巨樹。春の訪れを静かに待つ峻厳な姿をじっと見つめれば、やがてあふれ出す強大な生命力が、堅牢な樹皮の内側にしっかりと蓄えられているのを感じることができるだろう。

樹木は、北へ行くほど落葉するものが多くなり、針葉樹が優占種となる。冬の寒さや雪から身を守るのに適しているのだろう。しかし雪の重みに耐えかねて、大枝を失ってしまうことも少なくない。中には、主幹までも失って命を落とす木もある。そんな過酷な条件の中を必死に生き延びた木々からは、今か今かと春を待ちわびる思いが伝わってくるかのようだ。

東北から北陸にかけての日本海側は、世界でもっとも積雪の多い地方の一つである。特に雪深い地に生息する巨樹は、集落の近くであっても、冬の間は雪に閉ざされて会いに行くこともままならない。それゆえにいっそう、雪の巨樹に出会う喜びは大きい。深い雪の中、一人じっと春の雪解けまで堪え忍ぶ姿は感動的ですらある。

羽黒山の爺杉(山形県)

樹種:スギ(Cryptomeria japonica ヒノキ科スギ亜科スギ属)
生息地:〒997-0211 山形県鶴岡市羽黒町手向字手向7 出羽三山神社内
幹周:8.3m 樹高:48.3m 樹齢:1000年
国指定天然記念物
大きさ ★★★
樹勢 ★★★★
樹形 ★★★★
枝張り ★★★
威厳 ★★★★★

羽黒山の表参道は、随神門から始まり全長約2キロメートル。2446段もの石段の両側には、樹齢300~600年といわれる杉並木が続く。その数は400本以上あり、昼なお暗く、神秘的な雰囲気を醸し出している。表参道全体が国の特別天然記念物に指定されており、日本を代表する景観の一つとなっている。近年ではスピリチュアルブームの影響もあってか、この神聖な空間が注目されつつあるようだ。

羽黒山の杉並木を登り始めて約10分、ちょうど足もこなれて周囲の景色を見る余裕が出てくる頃、平将門が創建したと伝えられる国宝の五重塔が杉木立の奥に見え隠れする。その五重塔の露払いを務めるかのように、どっしりと根を張っているのが「羽黒山の爺杉(じじすぎ)」と呼ばれる大スギである。明らかに周囲のスギよりも一回りも二回りも大きく、重量感豊かに天を突く姿に、見る者は感動をおぼえずにはいられない。

かつては近くにもう1本さらに巨大なスギがあり、羽黒山の神域を護っていたと伝えられている。江戸時代には「祖父杉」「祖母杉」という呼び名があったとも言われ、おそらく2本合わせて「夫婦杉」と呼ばれていたに違いない。

しかし1902年の台風で1本は倒れてしまった。このとき、伴侶を失った悲しみから爺杉は3日3晩泣き続けたと語り伝えられている。その後、残った大スギは国の天然記念物に指定され、その際に「爺杉」の名称で登録された。実は倒れてしまったのが爺杉で、泣き続けたのが婆杉であったという話もあるのだが、今となっては真偽を確かめる術もない。

四季折々に見どころの多い羽黒山杉並木であるが、冬の厳しい自然の懐で、静寂の中に凜として立つ大スギに会ってみるのもおすすめである。

最後に、羽黒山の石段を登る際の楽しみ方を一つ伝授しよう。石段に掘られたとっくり、杯、蓮などの、ありがたい掘り絵を探しながら登るのはいかがだろうか。全部で33個ほどの隠し掘り絵があり、すべて見つけると満願成就するのだとか。

銀南木の子安イチョウ(青森県)


樹種:イチョウ(Ginkgo biloba イチョウ科イチョウ属)
生息地:〒039-2561 青森県上北郡七戸町銀南木19
幹周:12.1m 樹高:25m 樹齢:700年
青森県指定天然記念物
大きさ ★★★★
樹勢 ★★★★★
樹形 ★★★★★
枝張り ★★★★
威厳 ★★★★

全国の街路樹には、ケヤキやクスノキ、サクラなどさまざまな樹種が植えられているが、もっとも多いのがイチョウだという。排気ガスや剪定(せんてい)にも強く、落葉樹ということで四季折々の表情を楽しむことができるからだろう。秋の黄葉の見事さが一役買っているのは言うまでもない。

「子安イチョウ」は青森県七戸町のほぼ中央に位置し、銀南木(いちょうのき)と呼ばれる集落内に、抜きん出て巨大な姿でたたずんでいる。特徴的な集落名も、このイチョウがあることから付いたと考えてよさそうだ。

大昔におそらく落雷に打たれ主幹上部を失っているのだが、それでもなお折れた部分から横に大枝を張り出し、いまだに成長を続けている。中には地面と接触し、親木から分離して独立した枝もあるほどで、圧倒的なパワーを誇示している。幹から垂れ下がる気根も、最大のものは長さ1メートル以上に達する。一部は地中に突き刺さり、新たな幹として主幹に取り込まれていく過程を見ることもできる。すさまじいまでのイチョウの生命力を感じざるを得ない。

周囲は広大な面積を誇る農村公園として整備されており、イチョウの景観を遮るものは何もない作りとなっている。あくまでもイチョウをメインとした公園で、どの方向からでも存分に樹形を楽しむことができるのがうれしい。11月後半の黄葉時には広大な樹冠一杯に葉が色づいて空を覆う。やがてそれらが根元に落ち、一面を黄金の絨毯に変えていく光景は必見だ。

冬になりすべての葉を落とすと、それまでと打って変わった姿が見えてくる。夏から秋にかけては旺盛な繁茂のために、こんもりとした半円形としか認識できないが、冬場はイチョウ本来の樹形がありのままにさらけ出される。冬に威厳が増すものもあれば、夏場の威勢のよさがすっかり消え失せてしまうものもある。古木の場合には樹皮のシワにも表情があり、葉を落としても迫力は健在だ。子安イチョウは特に樹形の美しさに優れており、遠方からの訪問客も絶えない名木である。

高森殿の杉(熊本県)

樹種:スギ(Cryptomeria japonica ヒノキ科スギ亜科スギ属)
生息地:〒869-1602 熊本県阿蘇郡高森町高森3341-1
幹周:約10.46m  樹高:38m  樹齢:400年
高森町指定天然記念物
大きさ ★★★
樹勢 ★★★★★
樹形 ★★★★★
枝張り ★★★★
威厳 ★★★★★

阿蘇の雄大なカルデラの南東麓、高森峠へと登る国道265号から分かれ、黒岩峠につながる細い道に入ってしばらく行くと、目の前に大きな牧場が突如として開けてくる。牧草地には牛が放牧され、のんびりと時間が過ぎていくような心洗われる風景だ。

車を降りて牧場の柵を通過し、さらに奥に進むと、やがて右手の谷間にこんもりとした「森」が見えてくる。この森のように見えたのが「高森殿(たかもりどん)の杉」。たった2本の杉が作りだす巨大な樹冠だったのだ。

高森殿の杉は雄木と雌木の2本で並んで立っているのだが、どちらも独特な姿をしており、長時間滞在するのがはばかられると言う人さえいるほどの不気味さを周囲に醸し出している。それもそのはず、この場所は高森城主・高森伊予守惟直と家臣の三森兵庫守能因が自刃した地として伝えられ、樹下には墓標とおぼしき板碑も建てられているのだ。

数本のスギが根元で癒着したような東側の雌杉(写真・右)は、名前の通り女性らしい優しげな姿をしている。西側の雄杉は太さこそ雌杉に劣るものの、地上3メートルより縦横無尽に張り出した無数の枝が巨大に広がっている。まるで怨念でも籠もっているかのような暴れた枝ぶりを呈し、この世に未練を残しながら自害した城主の魂が宿っているのではないかと思わせる。枝の中には地面にまで届いているものもあり、地面に触れた部分が新たな幹となって立ち上がり、尽きることのない執念のようなものを感じさせるのも、不気味さを増幅させているようである。

この2本のスギ、同じ場所に育ったにしてはあまりにも姿が違いすぎている。それぞれの過去に何が起きたのかは知る由もないが、何らかの因縁を感じさせる雰囲気が漂っているのは確かだ。

撮影時、にわかにかき曇っていきなりの吹雪となってしまった。阿蘇のカルデラ内は雪が結構降る地ではあるが、吹雪に見舞われるとは考えもしなかった。

文・撮影=高橋 弘

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  • [2017.01.23]

巨樹写真家。1960年、山形県に生まれ、北海道で育つ。1988年より巨樹の探訪を開始し、2016年現在まで撮影した数は3300本以上におよぶ。主な著書に『神様の木に会いに行く』(東京地図出版)、『日本の巨樹』(宝島社)、『千年の命 巨樹・巨木を巡る』(新日本出版社)など。奥多摩町森林館で解説員を務め、環境省巨樹データベースを管理するほか、「東京巨樹の会」を主宰。

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