日韓関係の重要性確認のため、関係冷却化も我慢を

政治・外交

日韓パートナーシップ共同宣言は破棄された

1998年10月、当時の小渕恵三日本国内閣総理大臣と金大中(キム・デジュン)大韓民国大統領が「日韓共同宣言―21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ」に合意して、この10月で14年になる。この宣言にはこうある。

「両首脳は、過去の両国の関係を総括し、現在の友好協力関係を再確認するとともに、未来のあるべき両国関係について意見を交換した。」

「この会談の結果、両首脳は、1965年の国交正常化以来築かれてきた両国間の緊密な友好協力関係をより高い次元に発展させ、21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップを構築するとの共通の決意を宣言した。」

「両首脳は、日韓両国が21世紀の確固たる善隣友好協力関係を構築していくためには、両国が過去を直視し相互理解と信頼に基づいた関係を発展させていくことが重要であることにつき意見の一致をみた。」

「小渕総理大臣は、今世紀の日韓両国関係を回顧し、我が国が過去の一時期韓国国民に対し植民地支配により多大の損害と苦痛を与えたという歴史的事実を謙虚に受けとめ、これに対し、痛切な反省と心からのお詫びを述べた。」

「金大中大統領は、かかる小渕総理大臣の歴史認識の表明を真摯に受けとめ、これを評価すると同時に、両国が過去の不幸な歴史を乗り越えて和解と善隣友好協力に基づいた未来志向的な関係を発展させるためにお互いに努力することが時代の要請である旨表明した。」

この共同声明は21世紀の日韓関係の基礎となるはずだった。しかし、最近の李明博(イ・ミョンバク)大統領の言動を見ると、韓国は、この宣言も、その精神も、未来志向の関係を発展させようという政治的意思も、すでに完全に放擲(ほうてき)した、と判断せざるをえない。韓国は、日本にとって、地政学的にも経済的にも、極めて重要な国である。しかし、同時に、21世紀の日韓関係の基礎となるべき共同宣言が、金大中大統領退任後、大統領が2回交代しただけで、事実上、完全に破棄された事実は極めて重く受け止める必要がある。日韓関係は重要である。それだけに、12月の選挙で大統領が交代しても、すぐに関係修復を試みようとはしない方がよい。そんなことをすれば、またすぐにこういう事態となる。日韓関係がどれほど重要か、ここは、政治家も国民も、日韓双方、じっくり確認した方がよい。それには、当分、関係が冷却することも我慢するほかない。

野田首相はTPP交渉参加を決断して選挙に臨め

8月25日から9月1日まで、今年の東南アジア諸国連合(ASEAN)議長国カンボジアのシェムリアップでASEAN経済閣僚会合と関連諸会合が開催され、8月30日のASEAN+6(日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランド)の経済閣僚会合では、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)について、交渉の目的、原則などを明示した「交渉の基本指針」が合意された。これを受けて、今年11月の首脳会議では、ASEAN+6の16カ国でRCEPの交渉立ち上げ、2015年末までに妥結を目指すこととなった。基本指針によれば、RCEPでは、物品貿易・サービス貿易・投資に加え、知的財産、競争なども交渉対象として包括的協定を目指すこと、また、既存のASEANとの自由貿易協定(FTA)を上回る包括的で質の高い協定を目指すこととされた。ASEAN+6を枠組みとする経済連携は、東アジアに生産ネットワークを維持する日本の企業にとって、通関コスト削減など、さまざまなメリットがある。その意味で、RCEP交渉が年内にも立ち上がるのは歓迎である。

しかし、これがTPP交渉参加決定引き延ばしの口実となってはならない。野田佳彦首相は9月8日にロシアのウラジオストクで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議でも、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉参加を表明しなかった。21世紀の世界の経済成長センターであるアジア太平洋で、自由で公正で開かれた自由貿易秩序を維持・発展させる、そのモデルとなるのがTPPである。交渉において、何を譲り、何を守り、何を得る、ということを考えるのは当然である。しかし、戦略的な決定として、日本が21世紀のアジア太平洋における通商のルール作りに参加しないという選択はあり得ない。しかも、日本のTPP交渉参加は首相の決断一つでできる。時間をかければ、反対論者が賛成に転ずるということもまずない。野田首相は消費税増税を実現した。その功績は大きい。次はTPP交渉参加を決断することである。その上で、選挙に臨めばよい。そうすれば、首相は「決められる政治」をテーマに国民に信を問える。

政府の南海トラフ地震「想定」は無責任

内閣府は、8月29日、太平洋の南海トラフを震源とする巨大地震の死者が最大32万人に達するという想定を公表した。これまで国は、1707年の宝永地震の調査結果を基礎に、東海、東南海、南海の3領域が連動した場合、最大でマグニチュード8.8の地震が起こるとしてきた。しかし、昨年の東日本大震災のような、数百年から千年に一度しかおきない大地震は想定してこなかった。そのため、発生周期が極めて長いものでも、また過去に起きた証拠がない場合にも、科学的に起き得る地震であれば、被害想定や長期予測を行うことにしたという。それで今回の南海トラフ地震の規模と被害の推計が発表された。つまり、ブッシュ政権の国防長官ドナルド・ラムズフェルドの物言いを借用すれば、ここで内閣府の言う「想定」とは、いままで知らなかったことを今回知りましたということではなく、いままでも科学的にはあり得ると知っていたけれども、これまでは政策の策定の際に「想定外」として考えないことにしていたのを、今回は「想定内」として考えることにした、ということである。

ベキ分布のモデル図

しかし、ここで注意すべきは、発生の確率である。東南海地震、南海地震の今後30年以内の発生確率はそれぞれ70%、60%程度という。それに比較して、南海トラフ地震の発生確率はずいぶん低いはずだ。統計的に見て、地震の発生確率は「ベキ分布(ベキ乗則)」になるはずである。この分布では、地震の規模(図の横軸)が大きくなればなるほど、その発生確率(図の縦軸)は限りなく0に近づいていく。この横軸の「しっぽ」のところをどこまで政策策定の際に「想定」するか、それによって政策のコストは大きく変わる。それを明示せず、ただ巨大地震とその被害を、いま、こういうタイミングで「想定」したといって発表するのは、政府としてあまりに無責任ではないかと思う。

(2012年9月10日 記)

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