原子力規制と科学技術イノベーション政策はどうあるべきか

政治・外交 経済・ビジネス 科学 技術

カナダからのシェールガス輸入で日加首脳合意

9月24日、安倍晋三首相は、カナダの首都オタワで同国のスティーブン・ハーパー首相と会談した。会談では、自衛隊とカナダ軍が共同で国際人道支援をする場合に備え、物資、輸送作業を融通できる物品役務相互提供協定(ACSA)で実質合意するとともに、シェールガスのカナダからの輸入についても合意した。

毎日新聞(9月26日付朝刊)によれば、日本政府としては、シェールガスの早期輸出を目指し、カナダの輸出関連事業を積極的に支援する考えで、パイプラインの敷設促進などの具体策を閣僚レベルで協議するという。輸出は早ければ2019年から始まり、輸入量は最大で日本の年間輸入(約8700万トン)の1割に当たる800万〜900万トンとなる。カナダからのシェールガス輸入は、パナマ運河経由の米国産と比べ輸送費が割安のため、米国産シェールガス(100万BTU[英国熱量単位]当たり10〜12ドル)よりさらに1~2ドル程度安く、約17ドルのカタール産液化天然ガス(LNG)の半分程度となる可能性もあるという。

2011年の福島第一原子力発電所の事故以来、火力発電のための石油、ガスの輸入が激増し、貿易収支はすでに赤字となっている。今年はその追加コストが3.8兆~4兆円に達すると見込まれる。カナダからのシェールガスの輸入によって、天然ガス供給源が多様化され、長期的に日本のエネルギーコストが削減されることは大いに歓迎である。

エネルギー政策の決定を“誰”が担うのか

ただし、これはあくまで“長期的に”日本のエネルギー供給に意味のあることで、いま現在、日本が直面しているエネルギー問題を克服するものではない。安倍首相は今年2月28日の施政方針演説で「東京電力福島第一原発事故の反省に立ち、原子力規制委員会の下で、妥協することなく安全性を高める新たな安全文化を創り上げます。その上で、安全が確認された原発は再稼働します」と述べた。しかし、9月15日に関西電力大飯原発(福井県おおい町)が定期点検のために停止したことで、9月30日現在、日本にある50基の原発はすべて停止している。原子力規制委員会が再稼働を急がないからである。

では原子力規制委員会の任務とはなにか。設置法本文第1条にはこうある。

原子力利用における事故の発生を常に想定し、その防止に最善かつ最大の努力をしなければならないという認識に立って、確立された国際的な基準を踏まえて原子力利用における安全の確保を図るため必要な施策を策定し、又は実施する事務(原子力に係る製錬、加工、貯蔵、再処理及び廃棄の事業並びに原子炉に関する規制に関すること並びに国際約束に基づく保障措置の実施のための規制その他の原子力の平和的利用の確保のための規制に関することを含む。)を一元的につかさどるとともに、その委員長及び委員が専門的知見に基づき中立公正な立場で独立して職権を行使する原子力規制委員会を設置し、もって国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とする。

原子力規制委員会設置以来、同委員会が「確立された国際的基準を踏まえて」原子力利用における安全確保のために必要な施策を策定し実施しているかどうかは大いに議論のあるところだろう。特に、今年7月に施行された発電所敷地内・周辺の活断層に関する規制基準に定められる規定(「将来活動する可能性のある断層等の露頭が無いこと」、およびその認定にあたって「後期更新世以降(約12~13万年前以降)の活動が否定できないものとする」とともに、「後期更新世の活動性が明確に判断できない場合には、中期更新世以降(約40万年前以降)まで遡って地形、地質・地質構造及び応力場等を総合的に検討した上で活動性を評価すること」)については、国際的にもすでに疑問が呈されている。

しかし、ここで重要なことは、設置法が原子力規制委員会の任務を原子力利用の安全確保と明確に規定し、その結果、日本のエネルギー政策が事実上、原子力規制委員会の決定に委ねられていることである。それをよしとするか、それともそれでは困るというか、これは高度の政治的判断による。金融政策について、安倍首相は昨年12月、日本銀行が1月の金融政策決定会合で物価上昇率目標(インフレターゲット)の設定を見送れば日銀法改正に踏み切る考えを明らかにし、さらに3月には黒田東彦氏を日銀総裁に任命して、首相が望ましいと考える政策を実現した。「安全が確認された原発は再稼働します」との施政方針に従い、規制委員会にその意思を明示して、エネルギー政策を実施するのか、それとも原子力規制委員会に事実上、その決定を委ねてしまうか、判断が求められている。

政府における「科学技術顧問」創設を前向きに考えよ

7月31日、政府の総合科学技術会議は、2014年度概算要求に向けて、安倍内閣の「日本再興戦略」(成長戦略)と「科学技術イノベーション総合戦略」に基づく資源配分方針をとりまとめ、これまで実施してきたアクションプランなどによる政策誘導、予算の重点化を踏まえ、科学技術イノベーション政策の司令塔機能強化の新たな施策として、「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」を立ち上げ、総合科学技術会議の独自予算517億円を科学技術イノベーション創造推進費として要求することとした。

「科学技術」と「イノベーション」は、2011年に閣議決定された第4次科学技術基本計画以来、「科学技術イノベーション」としばしば一括されるようになっているが、来年度から内閣府に一元的にそのための予算が措置されるためだろう、科学技術コミュニティーでは、その是非をめぐって最近、活発な議論が行われている。これについて2点述べておきたい。

その一つは、政府における科学技術顧問の創設である。総合科学技術会議は、同会議が6月6日にとりまとめた「科学技術イノベーション総合戦略―新次元日本創造への挑戦——」にも見る通り、「科学技術イノベーション政策の二元性」への懸念から、科学技術顧問の創設には消極的との印象を受ける。しかし、総合科学技術会議と科学技術顧問の役割は違う。総合科学技術会議の役割は科学技術イノベーション政策(policy for science and innovation)の策定にある。一方、科学技術顧問の役割は、政策のための科学(science for policy)について首相を補佐することにある。あるいは、もう少し具体的に言えば、安全保障政策、防衛政策から医療政策、科学技術イノベーション政策、環境政策まで、あらゆる政策について、(1)これを科学技術の観点から見るとどう考えることができるか(例えば、ロボティックス、ブレイン・マシン・インターフェース、情報通信技術[ICT]の進歩は防衛政策にどのような意味を持つか)、(2)各政策分野における施策が科学技術にどのような意義を持つか、首相に助言することが科学技術顧問の役割であり、その創設についてはもっと前向きに考えた方がよい。

もう一つは、科学技術コミュニティーの反応である。科学者の中には「科学は基礎的なことがわかっても、社会に役立つまでに大体100年かかる」と言って、政府が科学技術振興の一環としてイノベーションを重視することに反発する人がいる。確かに、電波に関する法則を英国の物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルが明示したのは1864年、電波が自由に扱えるようになったのは1940年頃で、法則の発見から80年近くかかっているし、同じことはオランダの物理学者カメルリン・オンネスによる超伝導現象の発見、アルバート・アインシュタインの相対性理論とその応用などについても言える。しかし、こういう議論は、誰がそのための資源(科学技術研究費)を負担するのか、なぜ国民の税金が投入されなければならないのか、という問いに答えない。2011年の福島第一原発の事故以来、国民の科学技術コミュニティーに対する信頼は大きく低下している。「何も言わず、黙ってお金だけ出してくれ」というのでは、もう説得力はないと思う。

3年目を迎えたnippon.com、ロシア語版がスタート

さて、nippon.comは2013年10月で創刊3年目を迎える。また、同時にロシア語版を開始する。nippon.comの読者はこの2年、着実に増加してきた。一層、読者の期待に応えることができるよう、これからも大いに努力したい。

(2013年10月1日 記)

白石隆 外交 シェールガス エネルギー 科学技術