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当事者が語るひきこもりの気持ち:丸山康彦さんの場合

石崎 森人 (聞き手)【Profile】

[2017.12.12]

丸山康彦さんは7年かけて高校を卒業した後、20代半ばから30代前半までひきこもったという。今は、「ヒューマン・スタジオ」を設立し、相談業務や家族会を行っている。ひきこもりから抜け出したきっかけは何だったのか。執筆は、同じくひきこもり状態を経験し、現在は仕事のかたわら『ひきこもり新聞』の編集部員を務めている石崎森人氏。

丸山 康彦

丸山 康彦MARUYAMA Yasuhiko1964年東京生まれ。不登校で7年かけて高校を卒業。大学卒業後、高校講師、ひきこもり時期を経て、青少年支援の研修と活動ののちに、ヒューマン・スタジオを設立。現在は不登校/ひきこもり状態への相談業務や家族会を実践している。著書『不登校・ひきこもりが終わるとき』(ライフサポート社)

社会や大人への不信感でひきこもる

——ひきこもったきっかけはさまざまな原因やきっかけの積み重ねだとは思いますが、まずは簡潔に教えていただけますか?

丸山康彦 不登校で7年かけて高校を卒後した後、大学を卒業しました。しかし、その後、教員採用試験を目指していましたが就職がうまくいかなかったこと、親の対応や信頼していた人とのトラブルがあり、裏切られたという不信感で頭がいっぱいになったことでひきこもり始めました。20代半ばから30代前半までひきこもりました。

当時は頭がいっぱいになっていることを整理して、それを乗り越えたら社会に戻るという柔軟な発想ができずに、もう二度と社会に戻れないと思い込んでいました。今から思えば、安心して相談できる人がいたら、そうはならなかったと思います。

——ひきこもっていた時はどんなつらさや苦しさを抱えていましたか。

丸山 僕は長期間、家の中でうつうつとしていたわけではなく、月に一回は本を買いに出掛けるなど、多少は動ける方でしたが、それは何の慰めにもなりませんでした。「大人になったら仕事をするのが当たり前」という社会通念と価値観に苦しんでいました。社会不信と人間不信で社会に出られないことをマイナスに思っていたのです。

例えばその当時、通勤の人が定期で改札を出入りする中で、自分一人が切符でした。その違いにコンプレックスと負い目がありました。自分は仕事をしていないし、稼いでいない。自分が社会人ではないことがつらくて恥ずかしくて、なかなか動けない。本当にあの時は、足に重りがついた状態で動いているようでした。

どん底で絶望していた頃は、食事してテレビを少し見る以外は、横になりながら、うつうつとしながら、自責の念と絶望感が頭をぐるぐる巡っていました。

サバンナの野生動物のように生きる

——ひきこもりから出られたきっかけと、現在に至るまでを教えてください。

丸山 ひきこもり4年目に、あるきっかけがあり社会復帰したくなったのです。私は高校卒業に7年かかったのですが、毎年同窓会の総会に出ていたら卒業後10周年の同窓会の役員をやらされることになりました。それがある意味一つの仕事として楽しかった。この楽しさをずっと味わいたいと思って就職活動を始めました。それまでは、ひきこもりながらなんとか社会から目をそむけていました。自分が絶望のどん底まで落ちないように、社会から目を背けることで自分を支えていたのかな。

それが社会に正面から向き合わないといけなくなった。途端に「同世代の人達は、仕事をして結婚して子供を育てているのに、それに引きかえ、自分は何をやっていたんだ」と、いまさらのように強く感じました。自責の念と、社会の人に対する猛烈な嫉妬心です。就職活動も順調ならばまた違ったかも知れませんが、30歳過ぎていたから、当然のごとく(就活は)全滅でした。どんどん自分の存在意義が下がっていく。当たり前の人生が送れなくなってしまったという絶望感。人口が60億人いたとすると自分は60億番目の人間だ、誰からも顧みられずに死んでいくんだ、生きている資格がないと自分を責め続けていた時が、一番つらかったです。

そんなある日、アフリカのサバンナに野生動物がたくさんいる場面が、突然頭に浮かんできたんです。あの動物たちは、それこそ誰にも顧みられずに生きて、誰にも顧みられずに死んでいく。自然のままに生きて土に返って行くだけの一生。自分は人間としては最下位でまともに生きられない。でも野生動物としてなら生きられるんじゃないか。要するにやりたいことをやる、お金が尽きたら野垂れ死にする。その時の自然の成り行きに任せて生きていく。その場面を見たことで、それまで思いも寄らなかった人生観が浮かんだのです。

そのことで、それまで「人並み」「ふつう」にこだわり、縛られていたことから自由になり、気持ちが楽になり始めたのです。

僕自身の経験や、(人から)相談を受けている経験からも、気持ちが楽になることとエネルギーが増えていくことは、相関関係があると思います。気持ちが楽にならないとエネルギーが増えていかない。気持ちが楽になり始めたことで、エネルギーがこんこんと湧き出る感覚があって、ひきこもり当事者を集める自助会活動や仕事の模索を始めました。

私はひきこもる前に教職を目指していて、それまでは教育を良いことのように思っていましたが、教育を受ける子供にとっては、(教育も)抑圧やコントロールなど良くないこともあるなと考えるようになりました。その考えを生かそうと思い、青少年の支援、不登校やひきこもり、カウンセリングなどの勉強をして、「ヒューマン・スタジオ」という民間の相談機関を設立し、今に至ります。

私の場合は、もう自分の力ではもうどうにもならないような「底つきの経験」によって、何らかの神秘体験のようなものが自分の頭の中から生まれるというのか、天から降りて来ることが

ありました。そこから生まれた新しい人生観や生き方をつかんだ時に、それまで持っていた「普通に生きる」という人生観がいらなくなりました。それに代わる人生観がはっきりとつかめたわけですから。それが自分の本当の芯になっていくのだと思います。

——どうもありがとうございました。

ひきこもり経験者の林恭子さんと丸山康彦さん

(前回、林恭子さんのインタビュー

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  • [2017.12.12]

1983年生まれ。幼い時から生きづらさを抱える。24歳から2年半ほどひきこもる。ひきこもりから脱した経緯や試行錯誤を『不登校新聞』で「ひきこもるキモチ」として連載。現在は家族が起業した会社で社内情報システム、マーケティングや新卒採用の傍ら、「ひきこもりUX会議」や「ひきこもり新聞」の編集部員などの活動をしている。

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