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日本のお金、中国のお金(下)

漆嶋 稔【Profile】

[2017.12.28]

<(上)から続く>

“Change Money?”

1985年ごろの北京では、外資系ホテルや友諠(ゆうぎ)商店(外国人向け百貨店)の出入り口付近には、怪しげな風体の人物が外国人観光客に対し、“Change Money?”(両替しませんか)と問い掛ける光景がよく見られた。いわゆる闇両替屋であった。

当時のお金には、一般市民が使う「人民元」と主に外国人が使う「外貨兌換(だかん)券」の2種類があった。発行元は前者が中央銀行の中国人民銀行、後者は外国為替専門銀行の中国銀行。この2つは額面価値こそ同じであったが、後者は外貨に両替可能であり、人民元では買えない外国製品も買えた(外国製品はホテルや友諠商店にあった)。そこで、外貨兌換券1元=人民元1.5~1.8元という闇交換レートが生まれ、闇両替屋の暗躍する余地が生まれたのである。

もちろん、「闇」両替は違法行為なので、この両替に応じてしまった外国人が当局から摘発されたといううわさは何度も耳にした。「欲深ければ身を滅ぼす」と肝に銘じた次第である。

人民元切り下げがもたらした「上海ドリーム」

85年当時、「中国は97年の香港返還を見据え、人民元と香港ドルの通貨価値を同じにするらしい」という話が聞こえてきた。当時、1香港ドル=0.4人民元前後だったのに、それを12年のうちに同等の価値にするという。だが、そのためには、外貨兌換券を廃止し、さらに人民元を香港ドル並みに大幅に切り下げる必要がある。しかしながら、それほどの切り下げをしたら、国際的に大きな批判を招くのは必至である。これはまず無理筋の願望であろうというのが大方の予想であった。

ところが、その予想は見事に裏切られた。人民元はそれまでも徐々に切り下げを行っていたが、94年1月には50%以上の大幅な切り下げを断行。米国もこれを容認したため、国際的な反発も小さく、結果としてほぼ香港ドル並みに落ち着いたのである(外貨兌換券も95年に廃止された)。これにより、中国の輸出競争力は格段に高まり、急速な経済成長を遂げることができたのである。

ご参考までに、急成長の一端を紹介しておこう。96年3月、上海市内を走るタクシーは木製の床が割れて道路が見えるような古ぼけた車が多かった。それが翌年以降には(外資系自動車工場の操業体制が整ったためか)タクシーが次々とピカピカの新車に衣替えしていったのである。また、路上で商売していた地元の中年縫製職人は、当初こそ邦人居住者の注文をほそぼそと取っていたが、その手際の良さとセンスの素晴らしさが評判を呼び、数年後には車を保有し、何人もの従業員を雇用する立場になっていた。まさに「上海ドリーム」現象が起きていたのである。

中国各地の起業精神旺盛な人々は、この経済成長期に夢のようなドリーム現象を次々と実現していたはずである。さもなければ、この巨大国が短期間でこれほどの経済大国になることは難しかったに違いない。実際、この頃の人々は、「明天更好」(明日はもっと良くなる)という言葉にふさわしい希望に満ちた表情をして歩いていたのである。

文具店で買えた偽札鑑定機

筆者が銀行員だった30年前のある日、取引先の部長と雑談していたとき、次のような話になった。

「君はスーパーKとかスーパーノートという言葉を聞いたことがあるか?」

「何のことでしょうか?」

「偽の100米ドル札のことだ。実は米ドル札だけでなく、人民元紙幣にも偽札があるらしい」

「本当であれば大変ですね。そういえば、100元札で買い物すると、店側が何かの機械で紙幣に光を当てて確認していますね。それほど多いのでしょうか」

「僕にも分からない。そこで宿題を出そう。偽札鑑定機を手に入れてくれ」

雑談とはいえ、取引先からの興味深い宿題なので、知人や部下から情報を仕入れ、南京路を探し回ると、果たして見つかった。意外なことに、そこは筆記用具や各種用紙を販売しているごく普通の文具店であった。箱に書いてある説明書によれば、紙幣の真偽を鑑別するポイントは5カ所あるという。知らなかった。市内の文具店で手軽に購入できるのだから、偽札は世の中に相当出回っていたのであろう。最近では、紫外線ライト付LED(発光ダイオード)ライトという安価な鑑定器具も手に入る。一方、偽札問題はさらに深刻化しており、例えば銀行のATM(自動現金預払機)からも明らかな偽札(通し番号がすべて同じ)が発見されたという。

中国の現金消滅は時代の要請

中国でスマホ決済などのキャッシュレス化が急速に進んでいる背景には、上述の通り、偽札が猖獗(しょうけつ)を極めていることが挙げられる。加えて、紙幣の紙質は上等とはいえず、ボロ雑巾のように草臥(くたび)れた紙幣を出すと受け取りを嫌がられる。従って、現金払いが敬遠されてきたのも道理である。世の中から現金が姿を消すに伴い、大半が取引記録の残るキャッシュレス決済となるので、犯罪を助長するマネーロンダリング(資金洗浄)防止にもなり、「ご同慶の至り」である。もはや紙幣の時代に戻ることはないであろう。

バナー画像:PIXTA

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  • [2017.12.28]

翻訳者。1956年宮崎県生まれ。神戸大学卒業。三井銀行(現三井住友銀行)上海支店を経て独立。訳書に『決定の本質I、II』『孫子 戦争の技術』『馬雲のアリババと中国の知恵』(以上、日経BP社)、『FRB議長』(日本経済新聞出版社)、『経験学習によるリーダーシップ開発』(日本能率協会マネジメントセンター)など。

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