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採用する側、される側:上海と日本(下)

漆嶋 稔【Profile】

[2018.02.20]

<(上)から続く>

就活を巡る都市伝説

日本の就職活動とは、学生にとって社会(企業)適応性のテストのようである。特に面接試験にはさまざまな話がある。例えば「焼き魚定食を食べさせる(手先の器用さを見る)」「全国に出店すべき店舗数の算出方法の説明」「君は広く浅くか、深く狭くのいずれの人間か。99人が白、1人が黒の場合、どちらを選ぶか」など。極端な例では、面接以前に「試験場のドアを開けてから5秒以内で合否決定」する企業もあるという。就職までの経緯は多種多様なので、都市伝説も生まれやすいのである。

「蜘蛛の糸」のようなお誘い

上海では採用側だった筆者も、当然ながら若い頃は採用される側であった。高校生の時に妙な本を読んだ影響か、大学に入ったら講義には出ず、学外で活動するのが大学生であると思い込んでいた。当然ながら学業成績は最悪、取得単位も必要最小限だったので、成績で門前払いとなる場合も多く、就職活動は連戦連敗となり、心はすっかり折れていた。そこへ友人から某銀行の面接を受けてみよとの連絡が入り、微(かす)かな希望が見えた。「ただし、相手は銀行だ。普段のような軽口をたたかず、優等生的な受け答えを心掛けよ」「分かった」

1次面接では、以前喫茶店で「先輩の話を聞く」集まりで面識のあった先輩も面接官の中にいた。友人の助言に従い、終始模範的な学生を演じた。面接終了後、その先輩に確認した。

「どうでしたか?」
「あんな優等生的な受け答えは求めていない」
「では、どうすればよいのですか?」
「先日、見せてくれた素顔の君で臨むならば、上司に推薦してやる」

先輩の助言を踏まえ、2次面接では面接官を質問攻めにした。

「手紙を書くとき、縦書きと横書きでは心模様が異なるのはご存じですか」
「どういうことか?」
「縦書きでは真剣な話を書くのにふさわしく、横書きは気軽な内容を書くのに適しています」
「ほう、それは誰の説だね?」
「私です」

面接官は椅子から転げ落ちたが、内定は頂いた。

内定式は銀行員と憂国の志士と漫才師の集まりだった

次は内定式の光景である。本社の大ホールには内定者約120名がいた。各テーブルには、東京、関西、北海道・東北・九州など採用地別に学生が集まり、歓談していた。日本国内の同じ年頃の若者が一堂に会する機会は珍しい。そこで、左隣の東京採用組の会話を聞いてみた。「問題は日米の金利格差である」「日銀はFRB(米連邦準備制度理事会)に反論すべきだ」など、まるで銀行員のような話題に興じていた。右隣の九州などの採用組はどうか。「日本の将来はこのままでよいのか?」「ここは米国と一線を画し、独立路線を推進すべきだ!」など、幕末の志士のように憂国談義で盛り上がっていた。わが関西採用組は何を語っていたか。「あの彼女とは続いとんのか?」「あかん、振られてもうた」「そら当然やろ」「お前が言うな!」など、こいつら漫才師かと思うような光景であった。まさに奇観というべきである。

創業300年企業の経営思想―多様性重視

実は、企業を持続させるためには、このように多種多様な学生を採用するべきなのである。そう思ったのは、かなり後年のことであった。42歳で独立する直前、元人事部関係者から聞いた話だが、「君が採用された年では、東京は学業成績優秀な学生、九州や東北などは天下国家を語る豪放磊落(らいらく)な者、関西は銀行員らしからぬ変なやつを優先的に採用する方針だったらしい」。

これは一見奇妙な採用方針かもしれない。だが考えてみれば、これはなかなか筋が通っている。すなわち、銀行を取り巻く環境は誠に多彩である。大企業、中堅企業、中小企業、各種公共団体などの法人だけでなく、個人事業主や老若男女などの個人客もあり、業務的にも預金、融資、証券、為替、金融商品など多岐にわたり、海外にも拠点がある。

これに対し、銀行側が金太郎飴(あめ)のように画一的な人材ばかりを採用していると、多面的で広範な市場や環境が激変した場合、とても対応できなくなるのは明らかであろう。企業が長く存続していくには、冗長性あるいはハンドルの遊びの部分が必ず必要とされるし、筆者が採用されたような変人枠もそれなりに意味があったと思う。

当時の経営者は時代の要請に応じ、頭を悩ませながら生き残りを画策してきたのであり、人材採用方針もその一環として常に検討を重ねていたに違いない。そのような方針のおかげで、成績不良な筆者でも採用していただいた。ありがたいことだ。

最後になるが、旧職場の三井銀行はイングランド銀行よりも早い1683年に両替商として創業した日本最古の銀行であった。だが、この老舗銀行も武運拙く十数年前に他行と合併し、消滅してしまった。時代の潮流はかくも激しいのであり、人や組織が蓄積してきた知恵や知識をも簡単に飲み込んでしまうのである。

バナー写真:就職活動の本格スタート初日に開かれた合同会社説明会で、参加企業の説明を聞く大学生ら=2017年3月1日、千葉市の幕張メッセ(時事)

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  • [2018.02.20]

翻訳者。1956年宮崎県生まれ。神戸大学卒業。三井銀行(現三井住友銀行)上海支店を経て独立。訳書に『決定の本質I、II』『孫子 戦争の技術』『馬雲のアリババと中国の知恵』(以上、日経BP社)、『FRB議長』(日本経済新聞出版社)、『経験学習によるリーダーシップ開発』(日本能率協会マネジメントセンター)など。

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