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中国と日本の死生観:「不老不死」と「ピンピンコロリ」(上)

漆嶋 稔【Profile】

[2018.05.22]

隣国でも中国と日本の死生観には大きな違いがある。「上」では不老不死の仙薬を求めて日本にやって来た徐福を切り口として日本から見た中国の死生観を探る。

2018年4月、鹿児島県いちき串木野市では「徐福花冠祭」が開催された。徐福は不老不死の仙薬を求めて日本に来たはずだが、やはり見つからなかったようだ。その代わり、日本に稲作や五穀、医薬や焼き物の技術、織物や漁業を伝えてくれたので、今でも祭りが催されるほど各地で感謝されている。

秦始皇帝の来世観

司馬遷の『史記』によれば、徐福とは秦の始皇帝の命を受け、不老不死の仙薬を求めて童男童女各500人や各種技術者を含む総勢3,000人を伴い、五穀の種を携え、東方に船出した人物である。では、始皇帝という中国史上初の独裁者が徐福にこれほどの従者や食糧などを与えてまで仙薬を手に入れようとしたのはなぜか。換言すれば、なぜそれほど死を拒んだのか。

当時、究極の理想は神仙=仙人となって不老不死を得るという考え方があった。始皇帝は「仙薬を飲めば仙人になれる」という話を信じたのか。あるいは、中国統一までに犠牲にした無数の人々があの世で待っていることを恐れたのではないか。例えば、著名な兵馬俑の軍団が東方を向いているのは、かつての敵国を想定した防衛のためと思われる。また、陵墓の地下空間には宮殿などが作られ、天井には天体と思しき装飾が描かれ、文官や芸人の俑も発掘されたので、現世の生活を来世で再現しようと考えたはずである。

だが、これらはあくまで次善の策であった。その証拠に、徐福にはあろうことか二度も仙薬探しの旅を許した。さらには、始皇帝は宮廷の学者や医師らが仙薬と称した水銀入りの薬を服用した(水銀は毒であり、この薬で死に至ったという説もある)。だが、学者や医師も仙薬を作ったと言わなければ処刑されたであろうから、どうしようもなかったのかもしれない。

死んでも恥辱を与えられる恐怖

皇帝には帝王学が施される。過去の歴史も学ぶであろう。すなわち、現世の話もさることながら、自分の死後はどのように評価されるのかも学んだに違いない。中国史は英雄譚や悲喜劇の宝庫であるから、次のような事例を知れば、秦始皇帝も肝に銘じたのではないか。

春秋時代の呉の政治家、伍子胥(ごししょ)の逸話である。伍子胥は楚の旧臣であったが、楚王に父と兄を殺され、呉国に身を寄せた。その後、『孫子の兵法』の孫武(そんぶ)とともに呉国の隆盛に力を尽くし、楚国を陥落させた。伍子胥は既に死んでいた楚王の墓を暴き、その死体を300回鞭打って恨みを晴らした。「死者に鞭打つ」の語源になるほどの強烈な歴史である。

時代は下るが、死後に恥辱を加えられた有名な例は、南宋の宰相秦檜(しんかい)夫妻であろう。この夫妻の像は杭州の岳王廟(岳飛の廟)に置かれている。歴史的な英雄岳飛(がくひ)を謀殺するなど反対派を弾圧し、敵国に通じて恐怖政治を敷いたことで、人々から売国奴として軽蔑されてきた。そのため、以前はこの夫妻像に唾を吐きかける人が多かった(今は禁じられている)。

あの世は「この世2.0」

伍子胥や秦檜夫妻の事例を考えれば、中国では、あの世に行っても現世に召喚されるかもしれないのである。そういえば、中国大陸や香港で催される葬儀や法事では、飲食物をお供えするだけでなく、本物ではない紙幣(一億元札や百億元札、米ドルもあるらしい)、紙で作られたカメラ、自動車、豪邸などを燃やして死者を弔う。もちろん、死者があの世での生活に困らないようにするためである。

換言すれば、あの世は必ずしも別世界ではなく、この世の別バージョンに過ぎない。だからこそ、紙製ではあるが、金銭や家電製品や自動車などを燃やしてあの世に送り届けようとしているのである。日本ならば、故人が現世に戻ってくるのはお盆ぐらいであり、あの世は三途の川を境に全くの別世界と思われている。

考えてみると、「魚米之郷」と称えられる長江下流のような豊かな地域もあるが、広大な黄土高原は地味が痩せ、人々は生きていくだけで大変な地域も多かった。もはや飢餓という言葉は死語となった90年代前半でも、北京などでは挨拶代わりに「吃飯了嗎?(メシは食べたか?)」と声を掛けていた。相手が食事をしたか否かを確認することが礼儀だったのである。それほど苛烈な状況に置かれた人々には、観念的な地獄や極楽など考える余裕はなかったであろう。

また、中国には寺院が約3万しかないという(日本は7万7000)。あの広大な土地や膨大な人口を考えれば、日本よりも相当少ない。仏教寺院が少なければ、僧侶からあの世の話を聞いたり、地獄絵図と極楽絵図を見たりする機会は限られるので、地獄や極楽に馴染みが薄く、もっぱら現世に関心が向くのも道理である。

社会的「不老不死」

生物学的には無理でも、社会的な「不老不死」に近いことはできる。例えば、中国には「鶏口となるも、牛後となるなかれ」という成語がある。人に使われる立場では、仕事人としての寿命を他人に決められてしまう。だが、自分がボスであれば、仕事人としての寿命は自分次第である。従って、目指すは鶏口(できれば牛口)であろう。ひょっとして、中国人の旺盛な起業家精神はこの辺りに由来するのかもしれない。

<以下、下に続く>

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  • [2018.05.22]

翻訳者。1956年宮崎県生まれ。神戸大学卒業。三井銀行(現三井住友銀行)上海支店を経て独立。訳書に『決定の本質I、II』『孫子 戦争の技術』『馬雲のアリババと中国の知恵』(以上、日経BP社)、『FRB議長』(日本経済新聞出版社)、『経験学習によるリーダーシップ開発』(日本能率協会マネジメントセンター)など。

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