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老舗の本質(上)
中国と日本で考えてみた

漆嶋 稔【Profile】

[2018.08.09]

悠久の歴史を持つ中国には数百年単位の老舗は無数にあると思っていたが、ある料理店の創業年を調べたことを契機に、その実態を知ることになった。

意外と新しい老舗

30年ほど前、筆者は広東省広州市に所在する駐在員事務所に勤務していたが、重要な仕事の一つが顧客接待であった。その際、特に重宝していたレストランが「泮溪酒家(ばんけいしゅか)」である。この店は動物点心(ウサギの形のえび餃子など)が有名だが、その高雅な建物は湖に面し、広大な庭園を有している。過去にはキッシンジャー米国務長官、サマランチ国際オリンピック委員会(IOC)会長などの有名人が数多く訪れ、VIP部屋には中国の文学者郭沫若(かく・まつじゃく)の書が掲示されている。さまざまな逸話や見どころを顧客に紹介できるので、接待には絶好の料理店であった。

さぞや何百年の歴史ある老舗に違いないと思い、スタッフに創業年を聞いてみた。すると、意外に新しく、創業は1947年との答えが返ってきた。せっかくなので、広州市内の他の老舗店も調べてみたところ、「陶陶居」(1880年)、「蓮香楼」(1889年)、「広州酒家」(1939年)など、いずれも創業140年にも満たない。これはどういうことなのか。

老舗が少ない背景

だが、中国は広大なので、数世紀の歴史を有する老舗が他に数多くあるに違いないと調べてみた。その結果、最古参としては北京の漬物店「六必居」(1530年)、北京の漢方薬局「同仁堂」(1669年)、杭州の刃物店「張小泉」(1663年)など数えるほどであった。ちなみに、創業100年以上の企業も全国で約1000社、企業の寿命に至っては、相当規模の企業で7~8年、中小企業では3年未満という。ますます当惑するばかりであった。

では、なぜこれほど老舗が少なく、企業の寿命も短いのか。そこで、中国の歴史では、必ずしも平穏な時代が続いたわけではないことに思い至った。

まず、王朝単位ではどうか。漢族の中華人民共和国と中華民国の前は、清(17~20世紀、満族)、明(14~17世紀、漢族)、元(13~14世紀、蒙古族)、北宋・南宋(10~13世紀、漢族)、金(12~13世紀、女真族)などのように数世紀ごとに支配層が交代していた。

20世紀に入ると、さらに世情は騒然となった。1911年辛亥革命、12年中華民国成立、24~27年第一次国内革命戦争期(中国国民党と中国共産党が協力して帝国主義と軍閥に抵抗した時期)、27~37年第二次国内革命戦争期(中国国民党と中国共産党の内戦)、31年満州事変、32年上海事変、37~45年日中戦争、49年中華人民共和国成立、50~53年朝鮮戦争、58~61年大躍進運動、60年中ソ論争公然化、66~76年文化大革命、76年第一次天安門事件、79年中越戦争、89年第二次天安門事件。

このように、王朝交代も大変な動きであるが、20世紀に入ると、10年に1回は大規模な内乱や戦争が起きており、とても老舗が生き残れる状況ではなかったのである。具体的には、市街戦があれば、その町の老舗(≒金持ち)は略奪の憂き目に遭わざるを得ない。

一方、世情不安が続く時代では、親の心情として、子女に商売を引き継がせるよりも、海外に留学させるか、海外企業に就職させる方を選ぶであろう。あるいは、親が自分の苦労を子女にさせたくないと思えば、親の代で企業は終わる。実際、「富不過三代(富は三代続かず)」という言葉まで生まれているほど、中国で商売を何代も存続させるのは難しいのである。

華僑・華人—商売上手の本領発揮

ひと昔前、戦乱などのために国外に移住した人々(華僑、華人)は「三把刀(さんばとう)」と呼ばれる仕事に従事することが多かった。すなわち、ハサミや包丁などの刃物を用いる料理人、理髪師、仕立屋である。これらは常に安定した需要が見込まれ、少額の資本で簡単に開業できるからだ。日本における典型的な例は150年以上の歴史を持つ横浜中華街であろう。すでに「聘珍樓」(1884年)、「萬珍樓」(1892年)などの老舗があり、500以上の店舗が盛況を極めている。中国の人々は商売に専念できる環境があれば、十分活躍できる人々なのである。

一方、現在の東南アジアを見れば、華僑・華人の存在感は圧倒的である。もちろん「三把刀」に従事する人は依然多いが、他業種でも力を発揮している。例えば、香港の企業長江実業グループ(不動産開発・投資、テレコム、ホテルなど)、タイのCPグループ(食品、農業、金融、通信、流通、不動産など)、インドネシアのサリムグループ(銀行、農園、自動車、食品など)など巨大企業集団を率いる経営者も輩出しているのである。

老舗が意味するもの

上述の通り、老舗が存在するには、国内情勢が安定し、人々が安心して暮らせるという信頼感の醸成が不可欠である。また、中国では口コミの威力が絶大である。例えば、上海ではレストランが新規開店しても、評判が芳しくなければ3カ月も持たないという。すなわち、中国の老舗は厳しい世間の評価に何代も耐えてきた稀有な存在であるととともに、老舗の増加は安定した国家運営に成功しつつある証左の一つと考えてもよいであろう。

<以下、下に続く>

バナー写真:横浜中華街の関帝廟(神奈川県横浜市)=時事通信

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  • [2018.08.09]

翻訳者。1956年宮崎県生まれ。神戸大学卒業。三井銀行(現三井住友銀行)上海支店を経て独立。訳書に『決定の本質I、II』『孫子 戦争の技術』『馬雲のアリババと中国の知恵』(以上、日経BP社)、『FRB議長』(日本経済新聞出版社)、『経験学習によるリーダーシップ開発』(日本能率協会マネジメントセンター)など。

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