格安航空会社(LCC)は日本に根ざすか?

経済・ビジネス

海外の格安航空会社(LCC)が相次いで日本に進出する中、日本の大手航空会社2社も海外LCCと合弁会社を設立した。果たして日本にLCCは根ざすのか。日本航空での勤務経験もある戸崎肇・早稲田大学教授が分析する。

2011年9月の訪日外国人数は、前年同月比24.9%減の53万9000人。7カ月連続の減少となったが、減少率は小さくなってきている。とはいえ、まだまだ震災の影響は大きい。

このように、日本への外国人旅行客の減少が続く中、海外の格安航空会社(LCC)の日本への進出、ならびに国内におけるLCC事業の活発化は、経済浮揚を図る上で、大きな期待をもたらすものである。しかし、本当に日本においてLCCが根ざすかどうかについては、疑問とせざるを得ない点も多い。

高い空港使用料とチケット流通コスト

日本航空、豪カンタス航空グループのジェットスター、三菱商事はジェットスター・ジャパンの設立を発表した。設立記者会見での日本航空の大西賢社長とジェットスターグループのブルース・ブキャナンCEO。(2011年8月)

まずは制度的な問題として空港使用料などのコストが国際標準から見てまだまだ高いことがある。ジェットスターグループの最高経営責任者(CEO)、ブルース・ブキャナン氏は、日本におけるグランドハンドリングチャージ(空港地上業務費用)の水準がオーストラリアの6倍、シンガポールの8倍であることを指摘し、これが旅客に転嫁されるならば、LCCへの需要にブレーキがかかるであろうと述べている。関西空港はLCC専用ターミナルの建設を開始したし、成田空港もその意向を示している。それがどこまでこうしたコスト引き下げ要求に応えることができるかが当面の注目すべき点となる。

また、LCCは基本的に利用客に対して自己責任の原則を求める。空港では自分でゲートにたどり着き、自分で飛行機のもとまで進んでいかなければならない。予約もインターネットを通じて自分で取るのが主流である。日本に進出するLCC側も、進出前のマーケティングから、日本市場の特異性を見て、他の市場よりも旅行代理店などを通じたチケット販売の割合を高めるとしている。しかし、それは流通コストを高めることになり、コスト増を嫌うLCCとしては、なるべく早くLCC市場の成熟を図りたいところであろう。それに日本人の感性が追いつくことができるかどうかである。

大手航空会社系LCCは成功するか

全日空とマレーシアのエアアジアは、エアアジア・ジャパンの設立を発表。設立記者会見終了後、客室乗務員らと撮影に応じる全日空の伊東信一郎社長とエアアジア・グループのトニー・フェルナンデスCEO。(2011年7月)

LCC自体のあり方についても難しい側面がある。

日本航空とジェットスターが組んだジェットスター・ジャパン、全日空とエアアジアが組んだエアアジア・ジャパン、そして全日空がもともと自社グループのLCCとして想定してきたピーチ・アビエーションのいずれも、その関与の程度に違いはあるにせよ、既存の大手航空会社が別ブランドとしてのLCCを立ち上げようとするものである。これは、日本の航空市場に対する海外からの参入障壁が高く、日本の航空会社との提携によって、その壁を乗り越えようとすることから必然的に起こってきたものである(もちろん、これは日本だけの特殊事情ではないが)。また、日本の航空会社にとっても、LCCの実力は無視できず、それに対する対応として、まずは提携しようということから選択された戦略といってよいだろう。

歴史的に見れば、このように大手の別ブランドとしてのLCCが成功を収めた例は極めて少ない。そのほとんどが失敗している。成功を収めているとされる数少ない例が、まさに、豪カンタス航空のLCCブランドとしてのジェットスターである。しかし、ジェットスターにしても、真の勝負は、今後路線などの営業規模が大幅に拡大したときに、現状のようなフレッシュで臨機応変な経営姿勢を組織内部で維持、向上させていくことができるかどうかにある。

独立性保証と路線競合問題

大手傘下のLCCが成功するかどうかを判断する上で、次の2つの視点がよく指摘される。それはコンタミネーション(contamination)とカニバリズム(cannibalism)である。

全日空は、エアアジア・ジャパン設立に先立ち、関西国際空港を拠点とするLCCとしてピーチ・アビエーションを設立した。ブランド名発表記者会見での写真撮影にパイロット姿で臨んだ井上慎一CEOは全日空出身。(2011年5月)

コンタミネーションとは、親会社である既存の大手航空会社とLCCとの間で人的独立性が完全に保証されているかということを意味する。もし、既存会社からの人材がLCCに出向、あるいはそうでなくても何らかの形で影響力を持てば、LCCとして最も重要な革新性、機動性は発揮できなくなる危険が極めて高くなる。この点、全日空グループのピーチも完全ではない。

一方、カニバリズムとは、既存の大手航空会社との間で路線の競合が起こり、十分なすみ分けが行われないことで需要の食い合いが発生し、最悪の場合には共倒れになってしまう事態をいう。例えば、エアアジア・ジャパンが事業許可の申請を行い、就航予定路線を発表したが、それによると、申請した5路線のうち、成田―釜山線を除く成田―札幌線、成田―福岡線、成田-那覇線、成田―ソウル線の4路線が全日空本体と競合している。ジェットスターはグループ会社の中でこうしたカニバリズムが起こらないように話し合いの場を随時設定し、経営判断を行っているというが、規模が大きくなっていった場合、これがどこまで有効に機能するかも、これから見極めていかなければならない。

ともあれ、ダブルブランド化はなかなか難しいものである。徹底した差別化を行うためには、双方の社員がお互いの関係を全く無視できるほどの職場環境まで構築していかなければならない。そこまでの徹底化が日本市場において果たしてできるだろうか。日本人は顧客のニーズに積極的に応えることを美徳としており、本来業務と関係のないところでも、顧客のリクエストに応えようとする傾向が強い。それが結果的には「余分」なサービスの提供となり、LCCが求めるコスト最小化の要求に反することになりかねない。

LCCが乗客にもたらすリスク

乗客にとって、LCCがもたらすリスクとしては、LCCは採算性の見極めが早く、就航路線からの撤退も早いということがある。もちろん、既存の航空会社も、これまでの政治的しがらみを離れ、こうした判断をより速やかに行うようになってくるだろう。でもLCCほどではないように思われる。

また、LCCは、収支上儲からない便を直前になって欠航にしてしまうことも多い。この点は、日本人にとって非常に重要な点である。例えばバカンスの取り方は欧米、特にヨーロッパと日本の場合では大きく異なる。ヨーロッパのバカンスの取り方は1カ月といった長い期間のものであり、1日や2日の予定変更を強いられてもそれほど大きな影響を受けない。しかし、日本人の場合には、極めて短期間の休暇を極限まで有効に生かそうというような休暇の取り方がまだまだ主流である。そのような状況で、予定されていたフライトがキャンセルされてしまえば日本人旅行者にとってはとんでもない事態を招いてしまうことになる。LCCのこれまでの実態が日本市場でも見慣れるようになれば、とても怖くてLCCを使った旅行はできないという層も増えてくることが予想される。

海外LCCを意識した営業戦略のスカイマーク

スカイマークは、成田発着路線を拡充している。2011年10月に北海道(新千歳、旭川)路線を就航させたほか、福岡路線(12月)、那覇路線(2012年2月)を就航させる。

一方、大手航空会社傘下でない国内発のLCCはどうなのか。その代表格であるスカイマークの例を見てみよう。10月30日、スカイマークは成田を基点とする国内線ネットワークの拡充を図る上で、北海道路線に対し、バス並みの低価格を提示して話題を振りまいた。これまでは、安いといっても大手の運賃の数割安い程度であり、それほど話題性はなかったが、ここに来て、かなり海外のLCCを意識したような営業戦略を取っている。ただ、スカイマークの場合、まだまだ規模の経済性を追求できていない。確かに新たな滑走路のオープンなど拡張はされたものの、一番収益性の高い羽田空港の発着枠に供給制約があることは依然として変わらず、ここで既得権を持つ大手航空会社の優位性は変わらない。羽田に比べて一般的に不便だと信じられている成田空港への旅客誘導をどのように図っていくかが問われる局面になっている。これは伊丹空港に比べて利便性の上で劣っているといわれている関西空港の場合も同様である。

経営者のリーダーシップがLCC成功の要因

最後に、LCCが成功するかどうかの大きな要因は経営者のリーダーシップであることを指摘したい。エアアジアのCEOであるトニー・フェルナンデス氏しかり、ジェットスターのCEOであるブルース・ブキャナン氏しかり。日本ではスカイマークの西久保愼一氏になる。国内大手との合弁で設立されたエアアジア・ジャパンやジェットスター・ジャパンにおいて、経営者がフェルナンデス氏やブキャナン氏のようなリーダーシップを果たして発揮できるような体制にあるのか、スカイマークにとっては逆に、IT企業経営から航空会社経営に転じた西久保氏の行動に対するアドバイザー機能がどこまで有効に働いているのかが注視されるべきであろう。

写真提供:産経新聞社

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