中国主導AIIBをめぐる視点:日本は参加の是非に関わらず多角的アプローチを

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アジアインフラ投資銀行(AIIB)に対して日本は、アジア地域におけるインフラのグランドデザイン構築などに目を向けた包括的アプローチを進めるべきだ。 

AIIBは「一帯一路」を実現する手段の一つ

中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)への関心が高まる中、アジア開発銀行(ADB)の年次総会が5月上旬バクーで開催された。年次総会で、ADBは融資枠の拡大や官民連携の強化など改革をアピールした。

AIIBをめぐる議論は、米国が主導してきた国際金融制度に対する中国の挑戦という論点に加え、AIIBへの参加の是非など、わが国が今後どのようにAIIBに関わっていくかという点に焦点が当たることが多い。しかし、how(どのようにAIIBと関わるのか)とともに、what(どのようなアジアの姿を目指すべきか)を検討することも重要である。Whatの検討では、AIIB創設の背景となった中国の「一帯一路」構想を踏まえておくことが重要だ。その上で、アジアの発展に向けたADBとAIIBの関係性を整理してみよう。

一帯一路は、習近平主席が2013年に中央アジア・東南アジアを訪問した際に提唱した構想だ。この構想は、中国から中央アジアを経由し欧州に至る陸のシルクロード(一帯)と中国から東南アジア・インド洋・中東・アフリカを経由して欧州に至る海のシルクロード(一路)を軸に、陸と海の新シルクロードを網羅し、貿易・投資の促進や交通インフラ整備を目指している。中国からみると、AIIBはこの構想を実現するための手段の一つに過ぎない。

海外投資の拡大、人民元の国際化、資源確保が絡み合う

一帯一路の背景には、中国経済を取り巻く複数の事情が複雑に絡み合っている。中でも①中国国内の経済構造の変化と過剰投資抑制に対する対応としての海外投資の拡大、②巨額の外貨準備の運用多角化と人民元の国際化、③中国の資源確保問題の3点に筆者は注目している。

中国では、生産年齢人口の減少、過去の過剰投資の後遺症の克服に向け、経済構造改革が急務だ。同時に、国内の過剰投資を抑制しながら海外投資を拡大し、中国企業の海外進出を促進することで、安定成長フェーズへの移行を実現しなければならない。世界の海外直接投資に占める中国のシェアは年々高まっており、2007年の1.2%から2013年には7.2%まで拡大している。

一方で、中国政府は、巨額の外貨準備の運用多角化や人民元の国際化に取り組んでおり、一帯一路は、これらの取り組みにも合致する。国際決済などの通信データを扱うSWIFT(国際銀行間通信協会)によると、国際決済に占める人民元の割合は、国外や香港での取引が拡大し、2012年末の0.6%から2014年末には2.2%まで上昇している。欧州でAIIB参加の先陣を切った英国は、2013年に中国との通貨交換(スワップ)協定締結、人民元建て債券発行などを進めており、人民元の国際化は欧州勢からの関心も高い。

中国の資源確保の動向も注目点だ。高成長の結果として、粗鋼(生産)や石炭(消費)の中国の世界シェアは現在では約5割に達し、原油・天然ガス(消費)の世界シェアも年々上昇している。最近の成長鈍化で資源需要の拡大ペースは減速しているが、13億人の人口を養うための資源確保への取り組みは必須である。中国政府は資源国への投資や援助を積極的に行っており、インフラ投資も資源輸送ルートの確保という狙いもある。

多国籍の枠組みとして浮上したAIIB

一帯一路構想の実現に向け、中国政府は様々な枠組みを複線的に準備・活用している。その中で、AIIBは、既存の基金などの二国間の枠組みに加え、他の新興国や経済圏を巻き込んだ多国籍の枠組みへと対外戦略を多角化する象徴となっている。

二国間の枠組みとしては、外貨準備を運用する中国投資有限責任公司(2007年)に加え、東南アジア諸国連合(ASEAN)投資基金(2009年)や4月にパキスタンでの水力発電所事業への投資を決定したシルクロード基金(2014年)などがある。多国籍の枠組みとしては、中国、インド、ロシア、ブラジル、南アフリカの新興5カ国との間で、新開発銀行(NDB)の設立を2014年7月に合意済みである。

NDBは、2016年中の融資開始を目標としている。これらの動きと並行し、中国政府は2013年秋の東南アジア訪問時にAIIB設立を提案、早々にASEANや中東などの賛同を取り付け、主要メンバー国と設立準備を進めてきた。創設メンバー57カ国が確定後、4月27日には創設メンバーによる初の準備会合が北京で開催され、日本にも引き続き参加を打診しているともいわれる。

アジアのインフラ整備とADB・AIIBの関係

新興国では、インフラ資金不足が成長の足かせとなっており、AIIBの創設は総じて歓迎されている。ADBの試算に基づけば、2010年から2020年にかけてのアジア地域のインフラ投資必要額は約8兆ドル。既存の国際金融機関では到底賄えないことは周知の事実だ。AIIBのガバナンスや融資審査基準の問題については今後丁寧な議論が必要だが、AIIBの出現でアジア地域のインフラ投資が拡大することは、ADBにとっても望ましい。

貧困撲滅などを目標に掲げ1966年に設立されたADBは、67の国・地域が加盟している。ADBの資本金は約1600億ドル。AIIBは今後1000億ドル規模まで資本金を拡大させる予定であり、将来的にADBに迫る規模となる可能性もある。AIIBの融資対象はインフラ分野に特化する予定であるが、ADBの融資全体に占めるインフラ分野の割合は、2003〜07年の67%から2008~12年には72%と上昇しており、重点対象分野もオーバーラップしている。

インフラ融資の量的拡大、包括的な成長への配慮がカギ

AIIB主導のインフラ投資が今後拡大すると、ADBがプレゼンスを脅かされるのではとの危惧も聞かれるが、果たしてそうなのだろうか。結論を先取りすると、AIIBがインフラ投資を実施するためには、他の国際金融機関、特にADBとの協力関係は極めて重要と考える。もちろんADBも改革の必要性はあるが、AIIBとの協調の中でADBの役割はますます重要度を増す。

インフラ投資の量的な拡大のみでアジアの中長期的な成長を実現することは不可能である。国際金融機関は、近年、inclusive growth(包括的な成長)という目標を掲げ、ADBもインフラ投資をよりinclusiveな枠組みの中で取り組んでいる。例えば、ブータンでは、水力発電所の建設とともに、地元の電力供給網の拡大にも併せて取り組んできた。さらにインフラ投資を起点に、教育や金融、健康などの分野でもプロジェクトを実施し、地域の自律的な成長に向けた環境整備を促すことで、融資全体の効率性を高める努力を行っている。

一般に、官民問わず、新興国での投資パフォーマンスは、経済・社会環境、市場や政府の効率性などの影響を強く受ける。個々のインフラ案件のみに焦点を当て、プロジェクトの是非を判断することにはリスクが伴う。前提条件として、①融資相手国にマクロ経済環境や対外借入残高なども含め十分な返済能力があるのか、②各国や各地域の中長期的なインフラ整備のグランドデザインは適正か、③優先順位の高いプロジェクトかなど、多様な角度からインフラ投資の是非を判断することが求められよう。中長期的には、アジア地域における包括的なインフラ整備のグランドデザインをADBとAIIBが相互に共有することが望ましい。

わが国は多角的なチャネルでアジアの発展に貢献すべき

ADBとAIIBの関係性を踏まえると、ADBの最大出資国の一つであるわが国が貢献すべき点は多い。過去50年間、国際金融機関による融資や民間投資を通じてアジアの開発プロジェクトに関わった経験やネットワークを活用することで、アジア全体の中長期的な発展に貢献できる。

インフラ投資のみに焦点が当たることが多いが、インフラ整備後の運営管理を円滑に実施することも極めて重要だ。日本が強みを持つインフラの運営管理に関する人的支援や技術援助を通じ、インフラの投資効果向上をサポートすることも可能だ。

AIIBへの参加の是非のみに目を奪われることは得策ではない。アジア地域の持続的な成長に向け、ODA、技術援助、人的支援、官民連携の強化、ADBやその他国際金融機関との連携など多角的なチャネルを活用し、新しい国際金融の枠組みづくりやアジア地域におけるインフラのグランドデザイン構築・実現に日本は積極的に関わるべきであろう。

(2015年5月15日 記)

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