「異次元緩和・マイナス金利」の効果は?:総括検証迫られる日銀

経済・ビジネス

黒田日銀の「異次元緩和」発動から3年、マイナス金利導入から半年。目標の物価上昇は果たせず、その政策効果が問われる局面に入っている。筆者はマイナス金利が実体経済に混乱を与えているとし、金融政策の総括的な検証が必要だと提言する。

マイナス金利発動から半年:常識逸脱の取引が横行

金融政策を巡って、神経質な局面が訪れている――。7月28、29日に開催された日銀金融政策決定会合が導き出した結論から得られる第一印象である。金融緩和を催促し続ける市場関係者が不満を募らせる内容だったが、金融政策の本質を改めて考える契機とはなった。

黒田東彦日銀総裁の異次元緩和、俗にいう黒田バズーカが初めて発射されてからほぼ3年が経過し、さらにマイナス金利政策の発動から約半年が過ぎた。その効果が問われてよいタイミングである。結論的に言えば、円安の進行とそれに伴う株価上昇がもたらされたものの、当初見込みでは達成されていたはずの物価上場率2%は、いまだに遠い目標である。

「予期せぬ原油価格の下落などがあった」。黒田総裁は、目標未達の理由をこう述べるが、民間エコノミストには「どだい、2%の物価上昇率という目標設定が現実的ではない」という厳しい見方が少なくない。なかには、国債購入を通じて巨額のマネーを供給し続ける「量的・質的緩和」自体の効果を疑う声すらある。それでも、異次元緩和については「本質は円安誘導策」と現在の金融政策の狙いを位置付ける向きは、一定の評価を下している。

これに反して、今年2月発動のマイナス金利政策については否定的な評価が多数を占める。理論的には「実質金利を引き下げる」ためであり、日銀は日銀当座預金から銀行バランスシートに回帰したマネーが企業向け貸し出しにシフトするというシナリオも描いた。だが、この二つの効果は一向に上がっていない。むしろ、実体経済面に発生しているのは混乱であり、金融面では一般常識を逸脱した取引の横行である。

外貨供給枠拡大、ようやく示された正しい処方

そうした中で、29日に発表された日銀の決定内容はマイナス金利の深掘りもなく、量(国債購入額)の拡大もなかった。現状維持である。それが市場の期待に対する肩透かしという評価を生んだが、その一方で、さほどメディアの話題に上らなかったのが外貨供給枠の倍増(120億ドル→240億ドル)である。しかし、これは大きな意味を持っている。なぜか。

マイナス金利発動後、邦銀はドル資金調達面で大幅なコスト高に直面していたからだ。多くの邦銀がドル資金調達のために活用しているのは円とドルを交換する通貨スワップ取引だが、邦銀のドルスワップコストはベースレート(基準金利)を大幅に上回るプレミアム状態になっていた。具体的には、5年物のスワップでベースレートプラス100ベーシスポイント(1%)という状態である。これでは、米国債投資のメリットは失われ、リスク資産であるクレジット投資に傾斜せざるを得ない。足元の収益悪化に加えて将来的な信用リスクも増大するわけであり、極めて懸念される事態だった。

今回の外貨資金供給拡大は、この状況を緩和する効果がある。黒田総裁は5月の定例会見の場で、金融業界に広がるマイナス金利への悪評を「金融政策は金融機関のためにやっているわけではない」と突き放した。この発言は正しい。しかし、二つの条件が付いてこそ正しさは成立する。一つは、将来的な金融システムの安定がある程度見通せることであり、もう一つは金融機関経営の安定を背景にして金融政策が民間の金融機能を通じて実体経済に波及するメカニズムが働くことである。

残念ながら、この二つの条件は整っていないのが現実である。これまで日銀が金利を下げ続ける中で、世の中には金利先安観が醸成されて企業の資金需給は喚起されず、銀行は信用リスクを軽視した冒険的な融資行動に傾きつつある。また、金融政策が銀行の収益の圧迫要因となって、本来の金融機能を弱体化させていた。

今回の外貨資金供給拡大は、ようやく、日銀がこの二つの問題に対する処方を部分的ではあれ、提示したという意味がある。

極論を抑え冷静な総括を

その上で、日銀は9月の政策決定会合に向けて、これまでの量的・質的緩和、マイナス金利政策の効果を総括的に検証する。これも歓迎されるべきことである。日本では、国債購入型の量的緩和にマイナス金利が加わったことによって、世界で類例がないほど、イールドカーブがフラット化した上に、金利のマイナスゾーンは15年まで拡大した。これは病的と言えるほどの異常事態である。

政治に近い立場にある向きは、それを軽視して一段の量的緩和、マイナス金利の深掘りを主張するが、経済を重視する向きはさらにイールドカーブのフラット化が深刻化しかねない追加緩和には恐怖感を強めている。後者の立場からすれば、日銀はこれまでの政策効果の検証を冷静に行うべきであるという結論になる。

国際通貨基金(IMF)が8月2日に発表した対日審査の年次報告書もこの立場にあると言っていい。「金融緩和が長期化すれば金融システムへのリスクが増大する」という見方だからだ。

加えて指摘したいのは、7月末の日銀政策決定会合の直前にベン・バーナンキ前連邦準備制度理事会(FRB)議長が訪日し、安倍晋三首相、黒田日銀総裁と会談して以後、急速にヘリコプターマネー論議が台頭したという経緯である。急速な論議の激化は明らかに冷静を欠いていた。それを正常化させるためにも、日銀は従来の政策効果を総括すべきである。日銀もそれを意識したに違いない。

問われる経済合理的な複合政策

その作業を通じて、緩和政策は維持しつつ、イールドカーブを立たせるような選択肢が手繰りだされることが現状におけるベストシナリオと言える。期間の長い国債の金利が上昇すれば、保有先には損失が生ずるが、今であれば、その損失処理への耐久力はまだ備わっている。いったん金利が上昇し、そこから投資すれば多少なりともリターンが得られるようになる。年金資産などの運用も改善され、将来不安は解消されて国民の消費行動も改善するだろう。期間の長い国債金利が上昇すれば、企業間にある金利先安観は打ち消されて資金需要が喚起されることを期待できる。

危機を叫び続ける政治メカニズム一辺倒の経済運営から、金融機能が働く経済メカニズム重視の局面への移行ができるかどうか。それができなければ、わが国の異次元緩和政策に出口を見出す可能性はなくなる。本当の意味でのポリシーミックスの構築が日銀には問われている。

バナー写真:金融政策決定会合に臨む日本銀行の黒田東彦総裁(中央奥)ら=2016年7月29日、東京・日本橋本石町の日銀本店(時事)

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