アベノミクスの死角:日銀「財政ファイナンス」の危険性

経済・ビジネス

アベノミクスに一定の評価を下す筆者だが、膨張する財政赤字を日銀がファイナンスする危険を指摘。日本に金融不安が起きると、全世界が混乱に陥ると警鐘を鳴らす。

経済の長期停滞、デフレの危険、累増する財政赤字…、2007年夏、欧州市場を発端に起きた世界金融危機から9年もたった今なお、多くの先進国がこれらの課題を解決できないまま対応に追われている。しかし、今から四半世紀も前から日本は同じ課題に直面してきた。バブル景気崩壊後のその時代は「日本の失われた20年」と言われてきた。

当時、日本経済の苦境は日本独特のものと見なされた。その原因を少子高齢化・人口減少に求める専門家の意見も、また、「出る杭は打たれる」ということわざに代表される日本の平等主義、革新性を嫌う風土が問題だという意見もあった。今となっては日本独特の事象とはいえなくなった経済問題ゆえに、過去に日本が何を間違えたのか、また現在「アベノミクス」によっていかにこの問題を解決しようとしているのか、検証する価値があるだろう。

日本の「失われた20年」

不動産市場、株式市場で大きなバブルがはじけた1990年以降、日本経済は輝きを失い、時にはマイナス成長に陥った。90年代後半には、大手金融機関が相次いで破綻する状況下で、デフレ経済に突入し、そして2000年代にはデフレが定着した。緩やかなデフレの下で実質金利が高止まりし、円高圧力が強まる。このような状況では現金や銀行預金、国債が選好され、株や不動産などリスクの高い投資は敬遠された。 この結果、リスク資産の価格は下落し、債券価格は上昇した。そうした状況下、民間部門の投資意欲が低調である一方、名目金利が低かったため、政府の資金調達は容易であり、結果的に日本の財政赤字は世界最高レベルまで積み上がった。

この間、政府・日銀はことあるごとに財政政策、金融政策を通じて景気を刺激したが、経済成長の波には乗れず、デフレ退治も果たせなかった。バブル経済後の最初の10年、つまり1990年代、日本の銀行は不動産、株式価格の暴落により、多量の不良資産を抱えるに至った。銀行が不良債権処理に追われる状況下では、金融、財政政策による景気刺激策に狙い通りの乗数効果は期待できない。しかも政府はできるだけ早く景気刺激が出ることを狙い、通行量の少ない所に道路をつくるとか、船舶の少ない場所に港を建設するという、安易な投資を進めた。住民を説得して混雑した地域から退去してもらい、そこに生産的な社会基盤を整備するには、時間がかかるからだ。日本はこの点に関し、明らかに中国よりも非効率的であったというと、皮肉に過ぎるだろうか。

90年代にはまた、労働市場において賃金の下方柔軟性を高める政策がとられた。現実にも賃金と物価が相乗的に下落することによって、デフレ均衡が定着する一方、失業圧力は緩和されることとなった。

金融システムが健全さを取り戻した2000年代半ば、日本ではより力強い経済成長とデフレ終焉の兆しが見えた。その背景には外国為替市場における円キャリートレードの活性化とともに、米国住宅市場、欧州のソブリン債務市場、新興国経済などにおける世界的信用バブルがあった。しかし、2007年にはこのバブルがはじけ、その後の数年間、日本の金融政策が米国に比べて厳し目であったため、為替市場で円高圧力が生じた。そして、日本はデフレに逆戻りし、リスクテイクの意欲がそがれ、産業構造改革や技術革新の動きは停滞した。

デフレ脱却目指したアベノミクス

安倍政権の経済政策「アベノミクス」は2012年12月、デフレから脱却し、日本経済を年2%のインフレ目標により安定成長に載せることを目標に打ち出された。政策の柱は大胆な金融政策、弾力的な財政政策、成長促進型の構造政策で、このパッケージは「3本の矢」と呼ばれる。その根幹は、デフレ要因を取り除くことにある。すなわち、低い実質金利と円安、株式、不動産投資などへの投資の活性化とそれらの価格上昇、その下での民間部門の積極投資によるイノベーション、経営資源の再配分を刺激することを狙いとする。経済構造政策も以前とは違い、賃金上昇と労働市場への参加促進を目指す内容となっている。

アベノミクスはこれらの点全てで成功を収めつつあるが、目標達成率としてはまだ半分といったところだ。日本の消費者物価指数はマイナスからプラスに転じたが、まだ2%には届いていない。

労働市場は四半世紀前のバブル期と同程度にひっ迫しており、また企業収益は、売上高利益率、資本収益率ともに過去最高レベルを記録した後、16年前半には円高の下で若干低下した程度だ。それでもなお賃金と物価のいずれの側面でも強いインフレ圧力はみられない。

このような状況下で日銀は金融緩和をさらに進め、政府は財政支出を増大している。日銀は大量の国債を低利、さらにはマイナス金利で購入。この動きは政治家の財政赤字に関する感覚のみならず、将来の危機を感知する市場の機能をもまひさせているようにみえる。

軟着陸はできるのか

日本の公債残高は国内総生産(GDP)の250%に達し、これは世界で最悪の水準だ。政府の持つ金融資産を差し引いたとしても、債務比率はGDPの130%に上る。2016年半ばまでに日銀が購入した国債は、全体額の実に36%を占め、日銀供給通貨量は日本のGDPの80%にもなる。米国、欧州ともに20%ほどなのに。この日銀の国債購入による大規模な流動性供給は、短期と長期の金利をともに抑制している。市場での長期国債利回りがゼロないしマイナスとなっている現実は、金融市場が危機感知機能を喪失していることを示している。

しかし、これは驚くにはあたらない。市場が近視眼的だった例は、これまでの歴史を見ても枚挙にいとまがない。例えば、後知恵ではあるが、米投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻とギリシャ債務危機の前、それらの債券価格は明らかに実力以上に買われていた。借り手に関する市場の信頼感は、シャルル・ド・ゴール仏大統領がかつて言い放った国際条約と同じなものだったのかもしれない。「バラか若い娘のようなもの、盛りの間だけの生き物」と。

通貨の健全性維持を負託された中央銀行にとって、事実上政府債務を肩代わりすることは、その信認維持とは矛盾する。米国や欧州、日本の過去の例をみても、「財政ファイナンス」が成功裏に軟着陸した例はまずない。ほとんどの場合ハイパーインフレが起き、時には政治の混乱を引き起こした。

日本政府が持つ現在の公債残高、日銀の国債保有量を勘案すると、そこには激震の芽が生まれつつあるに違いない。長期金利がゼロないしマイナスの状態は、インフレ率2%の持続的経済成長とは両立しない。2%のインフレが市場参加者の視野に入ってきた時、債券利回りは不安定さを増幅させつつ急激に上昇する可能性が高い。金融市場のグローバル化に伴い、日本で金融ショックが起きれば、その影響は公債残高が積み上がっている他国の市場をたちどころに巻き込むだろう。つまり、世界中で。

(原文英語。英語版は2016年10月14日公開)

バナー写真:経済金融政策についての会談後、取材に応じる日本銀行の黒田東彦総裁=2016年8月2日、東京都千代田区(時事)

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