日本で海外馬券が買える時代に—凱旋門賞の売り上げが41億円

社会

10月2日に開催されたフランスの凱旋門賞から、日本での海外競馬レースの馬券販売が開始された。日本ダービー馬・マカヒキの参戦もあり、売り上げは本国の倍以上となる41億円超を記録。日本競馬への世界的注目度は、ファンの馬券購買力という点でも高まりを見せている。

「果たしていくら売れるのか」——。競馬界内外で大きな注目を集めた海外主要レースの日本での馬券発売が10月2日、仏GⅠ、第95回凱旋門賞(シャンティイ・芝2400メートル)で幕を開けた。今年の日本ダービーを優勝したマカヒキ(牡3歳、栗東・友道康夫厩舎)が、欧州以外の馬としては初めての優勝を狙って遠征。従来は単に声援を送るだけだった国内の競馬ファンに、今回からは馬券購入という新たな「窓」から海外レースを見る機会が開かれたのである。

結果的には、このレースは「41億8599万5100円」という誰も予想できなかった売り上げを記録する。ただし、マカヒキは16頭中14着と惨敗。明暗を分ける形となった。レース結果は不本意だったが、今回の馬券の売れ行きは海外の競馬界に、日本市場の大きな可能性を示した。多くの馬が世界の主要競走で活躍し、存在感を増していた日本競馬界だが、今後はファンの旺盛な購買力も国際的な地位向上へのテコになりそうだ。

海外での活躍が発売に道開く

ここで、始まったばかりのこの試みについて整理しておこう。従来、競馬を含む各種公営競技の投票券は、競走を主催する日本中央競馬会(JRA)や地方自治体が自ら販売することが原則だった。投票券の販売を公共性の高い主体のみに担わせ、公正を確保するとともに、国内の賭事の総量を規制する意味もあった。

だが、昨年4月に成立した改正競馬法は、JRAと地方競馬主催者に海外主要レースの馬券販売を解禁。ギャンブルの「総量規制」緩和に踏み切った。1990年代後半以降、日本調教馬は世界各国のGⅠ競走に参戦し、98年のシーキングザパール(仏GⅠモーリス・ド・ゲスト賞優勝)から今年10月までに31勝。また、欧州最高峰と言われる凱旋門賞でも、99年のエルコンドルパサーと2010年のナカヤマフェスタ、12、13年のオルフェーヴルと4度の2着を記録した。

こうした中、一般のファンの間で海外レースの馬券を買いたいという希望者が増え、主催者側もスターホースの海外流失に伴う機会損失を意識し始めた結果、販売解禁に必要な法改正が動きだした。一方で、今世紀に入り、地方競馬の経営基盤強化やJRAの組織・ガバナンスの見直しを目的に競馬法が3度改正され、政府・与党の法改正への心理的ハードルも下がっていた。こうして政府は昨年の通常国会に、ほぼ海外馬券の販売解禁だけを目的とした競馬法改正案を提出。審議の結果、4月に全会一致で可決・成立した。

改正法は海外の主要競走のうち、日本馬の遠征実績や格式などを考慮して、農水相が事前に対象レースを指定。馬券販売を希望する施行者は、日本馬の遠征動向を踏まえ、レースの3カ月前をめどに農水省に申請し、認可を得る。

注目度高い凱旋門賞

具体的な動きは、当初から今年の凱旋門賞に照準が合っていた。昨年12月に農水省は同レースやドバイワールドカップ杯、香港国際競走など24の販売対象レースを決定。一方、JRAは馬券発行に向け、費用が約40億円と言われるシステム整備を進めた。海外競走は時差の関係で日本時間の深夜、早朝にレースが行われることが多く、現金を取り扱う事業所での販売はもともと困難で、インターネットによる販売は既定路線だった。また、日本馬の遠征が大前提で、「馬次第」の流動的な面があったが、今年5月にダービーを制したマカヒキの関係者は早々に遠征を打ち出し、お膳立ても整った。マカヒキの父ディープインパクトは2006年、凱旋門賞で3位入線後、失格の屈辱を味わっており、10年越しの雪辱を託された形である。

凱旋門賞は競馬ファンばかりか、一般にもブランド価値が認められてきた。日本馬初参戦は1969年のスピードシンボリで、ホースマンにとっては長年の目標だった。また、ディープインパクト、オルフェーヴルの遠征では、地上波テレビの視聴率が10%台半ばから後半と、国内のGⅠレースを上回る数値も出ていた。

インターネット投票加入者も急増

凱旋門賞の馬券は、10月2日の午前10時に発売された。当日は中山競馬場でGⅠのスプリンターズステークスが開催されたが、メディアの報道量は、凱旋門賞の方がむしろ多く、売り上げは1時間に1億円以上のペースで推移。JRAのレースが終了した午後4時半以降は加速がつき、午後9時台は約4億6955万円、午後10時台は15億9111万円と急伸。レース発走4分前(23時01分)の締め切り時点で41億8599万5100円に達した。

同日のスプリンターズステークスのインターネット売上髙が約76億円だったことを思えば、額の大きさが分かる。GⅡの中でも格の高いレースの売り上げに匹敵する。フランスの馬券販売の大半を占める場外発売公社(PMU)の売り上げは1565万8777ユーロ(約18億75万円)で、日本は実に 2.3倍。国内売り上げの3%前後が、現地主催者のフランスギャロへの手数料となったもようで、約1億2500万円と見られる。現地の売り上げと比べれば、日本がいかに魅力的かがわかる。

この波及効果は、インターネット投票の加入者増を呼んだ。9月10日から当日までに、会員数が2万3233人増加した(会員数 367万4485人)。現在はみずほを除くメガバンク2行やゆうちょ銀行などの口座があれば即日加入が可能で、当日のパブリックビューイング会場の東京競馬場にも、加入申請を受け付けるブースが設置された。

日本勢は「チーム戦」で苦戦?

レース結果は、名伯楽エイダン・オブライエン調教師(アイルランド)の管理するガリレオ産駒3頭が上位を占めた。優勝したファウンド(牝4歳)はライアン・ムーア騎手への支持もあって3番人気(7.8倍)だったが、残るハイランドリール、オーダーオブセントジョージ(ともに牡4歳)は人気の盲点となった。PMUと比べ、国内分では2、3着馬の絡んだ配当が高かった。欧州では一部の大手馬主が複数の有力馬を投入して、逃げ馬を使ってレースペースを調整したり、ライバル馬を封じ込めたりするチーム戦を展開する例が多いが、今回は典型的だった。

オブライエン厩舎(きゅうしゃ)のGⅠ優勝馬といえば、欧州では無条件に評価されるが、日本ではまだなじみが薄く、その辺も配当の差に表れた。マカヒキだけでなく、国内購入者も海外競馬に苦戦した形だ。

11月の2戦は悪条件下でも健闘

海外馬券販売の第2、第3弾は11月1週目に相次いで行われた。豪州伝統のGⅠ、第 156回メルボルンカップ(1日フレミントン、芝3200メートル)にカレンミロティック(セ8歳、栗東・平田修厩舎)が出走。24頭中23着と惨敗したが、売り上げは6億9737万1200円を記録した。同レースは発走時間が日本時間の火曜午後1時で、販売時間は1日午前7時から6時間弱。しかも、インターネット投票会員の約半数だけが購入可能な設定で、なじみの薄いオセアニア馬の出走が多い悪条件の下、「5億円なら上々」との予測を上回った。

第3弾の米GⅠ、ブリーダーズカップ・フィリー&メアターフ(5日サンタアニタ、芝約2000メートル)には、ヌーヴォレコルト(牝5歳、美浦・斎藤誠厩舎)が出走。同レースは農水省が当初、発表した対象リストに入っていなかったが、遠征決定を受けてJRAが発売を申請。同省も柔軟な対応を見せて実現した。販売は日本時間の5日午後7時半から6日の午前4時39分までの9時間余り。インターネット投票会員全員が購入可能で、メルボルンカップよりは好条件といえたが、発走が未明だったため売り上げは8億 596万3400円と伸び悩んだ。ヌーヴォレコルトは13頭中11着だった。両レースを見ると、現状の市場規模は7億円が「底」のようだ。

次回は12月11日の香港国際競走で、4つのGⅠ全てに日本馬が参戦する可能性がある。昨年は香港カップ、香港マイルを日本馬が制しており、戦いやすい舞台と言える。当日はJRAが3場開催で、GⅠ(阪神ジュベナイルフィリーズ)もあるため、海外が国内を食う懸念がある。

ともあれ、海外馬券の国内販売は順調なスタートを切った。日本の購買力は海外の競馬関係者の注目を集めている。米国のケンタッキーダービーの主催者が、国内の2競走を同レースのステップ競走(※1)に指定したのも、日本馬参戦へ道を開き、収益の確保につなげようという胸算用の表れだ。

今後は情報提供の充実に加えて、インターネット購入しかできない海外馬券を紙で記念に残すためのサービスも期待される。何より、日本馬の活躍が待たれ、新たな遠征馬への支援策も望まれている。

取材・文=ニッポンドットコム編集部

バナー写真:第95回凱旋門賞で14着に敗れた、クリストフ・ルメール騎乗の日本馬マカヒキ(14番)=産経ビジュアル

(※1) ^ 上位入線馬がGⅠレースなどの出走権利が獲得できる前哨戦

競馬