学校におけるいじめ対策の課題:情報共有と組織的対応がカギ

社会

LINEやツイッターといったインターネット上の悪口など、最近のいじめは表に出にくく、陰湿化、深刻化している。子どもたちをいじめから守るためには何が重要で、どのような仕組みが求められるのか。

大津事件が法制定のきっかけに

2013年に「いじめ防止対策推進法」が施行されてから4年が経過した。同法が制定された背景には、いくつかのいじめ事件がある。まず1986年に「お葬式ごっこ」などのいじめによって東京都の中学生が自殺した事件だ。それ以降、幾度かいじめ問題が大きく取りあげられてきたにもかかわらず、有効な手立てを講じることができなかった。

しかし2011年に起きた大津でのいじめ自殺事件が法制定の決定的な引き金となった。いずれの場合もいじめと「死」が結びつき、学校や教育委員会が非難されるような状況があった所に共通点がみられる。特に大津事件においては、組織的対応の不備や隠蔽(いんぺい)体質が翌12年になって社会問題化し、批判と反省を招いたのだった。

従って、法の制定は、本来私的な責任領域の事柄であるいじめが子どもや学校の自律性に頼るだけでは解決が難しいほど深刻化し、制御のために公的介入が行われることになったものと捉えることができる。つまりいじめ防止に対して社会総がかりで取り組む決意を表明したものとも言える。しかし子どもの間で生じるいじめを大人の働き掛けによって防止し解決するという視点ばかりが強調されると、子ども自身がいじめの解決主体となる力をそぎ落としてしまうのではないかという危惧もある。法の下で、子どもの主体性と大人の関与とのバランスをどう取るかが課題であろう。

同法に基づき、各学校は主に以下の3点が義務付けられた。

①いじめ防止のための基本方針の策定
②いじめ防止のための実効性のある組織の構築
③未然防止・早期発見・事案対処における適切な対応

重大事態への対処(背景調査を含む)においては公平性・中立性を確保し、学校や教育委員会にとって不利な事柄が出てきても、再発防止に向けてしっかりと事実に向き合うことの重要性が指摘されるなど、いじめ対策の質的転換が迫られることになった。

いじめ防止対策の見直し

しかし、2015年度の小・中・高等学校及び特別支援学校におけるいじめの認知件数は22万4540件(前年度18万8072件)、1000人当たりの認知件数は16.4件と、極めて深刻な状況にある(※1)。いじめを苦に命を絶ったり、学校に行けなくなったりする児童生徒は、今もなお後を絶たない。法には施行後3年で見直しを検討する規定があり、文部科学省の有識者会議である「いじめ対策協議会」において、法の施行状況に関する議論が行われ、16年11月に今後の対応の方向性が示された。

主な論点として、主に以下の7点が挙げられた。

①いじめの認知に関する法の定義の明確化
②学校いじめ防止基本方針の意義の再確認
③実効性のあるいじめ対策組織の構築と情報共有の徹底
④いじめの未然防止・早期発見のための取り組みの充実
⑤いじめ解消の定義の明確化
⑥保護者・地域との連携の強化
⑦重大事態の範囲の明確化

また、教職員のいじめに取り組む基本姿勢として、児童生徒からの相談や訴えに正面から向き合い、被害児童生徒を守り通すために、日常の業務において自殺予防及びいじめへの対応が最優先事項として位置付けられた。

被害にあった児童生徒の主観を重視

次に、対策の見直しにより浮かび上がってきた、情報共有と組織的対応を進める上での重点課題について考えてみたい。

法によるいじめの定義が学校現場に十分に浸透していないため、個々の学校、教職員によっていじめの捉え方に差があり、いじめの認知と対応に混乱が生じている。法は、いじめの要件を「児童生徒間で心理的または物理的な影響を与える行為があり、行為の対象者が心身の苦痛を感じていること」とし、いじめられている児童生徒の主観を重視した定義に立っている。

非常に広範な捉え方であるため、社会通念上のいじめの捉え方(力のアンバランス、意図性、継続性などがみられる行為)とのギャップから、明らかに法のいじめに該当するものがいじめとして扱われないケースも散見される。校内研修などで具体的事例に則して法のいじめの定義を皆で理解し合い、被害者の立場に立って、どんな小さないじめも初期段階から見過ごさないという姿勢を、教職員間で共有することが求められる。

なお、いじめ対策において重要なことは、認知し解消することである。学校(教職員)も家庭(保護者)も地域も、掘り起こしによって件数が増えることは教職員の感性と学校の組織的な対応力の現れであると肯定的に捉えることが、抱え込みを防ぎ、情報共有を進める上で大切である。

学校自らの問い直しが必要

学校基本方針は文字通りの方針というよりも行動計画に近いものだ。いじめ対策の達成目標を設定し、どのような取り組み(いじめ防止プログラムなど)を実施するかを年間計画として定め、学校評価においては目標の達成状況を評価することが重要である。特に、道徳教育をはじめとし、人権教育や法教育、体験活動など、教育活動全体を通して、児童生徒が主体的に参画し、いじめ防止に向けた方策について議論し、実行するような取り組みを推進することが未然防止につながると考えられる。

学校基本方針の策定・見直しに当たって大切なことは、子どもたちの声を聞き、保護者の意見に耳を傾け、地域や関係機関と連携を図りながら、自校の取り組みの成果と課題を真摯(しんし)に検討する姿勢である。教職員が校内研修などで見直しのために学び合うことは、各学校における基本方針の共通理解の徹底を図る上で不可欠であるとともに、自校の生徒指導体制およびその基盤にある組織文化を問い直す契機となり、学校の組織力を高めるための「省察」へとつながることが期待される。

地域や外部機関との連携を

日本のいじめの特徴として、主に以下の3点が挙げられる。

①暴言や嫌がらせ、無視などコミュニケーションによる心理的ないじめが多い
②教室で発生することが多い(休み時間など)
③いじめの加害者と被害者がクラスメートであることが多い

日本のいじめは受けた傷が外から見えにくいため、担任はいじめを早期に発見したり、被害者をケアする一方で加害者を厳しく指導したりするという難しい対応を迫られることになる。また、学級でいじめが起こると、担任が自分の責任と考えて一人で悩んだり、指導力不足が原因とみられることを恐れて抱え込んだりする場合も少なくない。最近では、LINEやツイッターを介したインターネット上の誹謗(ひぼう)中傷、仲間外しなど、さらに表に出にくいケースが増え、学校だけでは認知することが極めて難しくなっている。

いじめは、見えにくくなればなるほど深刻化する。いじめが見え隠れし始めた時に、問題を学級内のこととしてとどめるのではなく、学校全体の問題としてとらえ、最終的にいじめをなくすための道筋を考えていくことが重要である。そのためには、教職員一人一人がいじめの情報を学校のいじめ対策組織に報告・共有する義務があることを改めて認識する必要がある。その上で、いじめ対策組織が管理職のリーダーシップのもと、情報共有のために方法やルートを明示し、特定の教職員で問題を抱え込むことがない風通しのよい組織となることが求められる。

また、構成メンバーがそれぞれの持ち味を相互に理解し、強みを生かし、弱みを補い合いながら協力関係を作ることも組織を機能的に動かす上で不可欠である。生き辛さを抱えた児童生徒を一人の教職員が抱え込むのではなく、チームで組織的に支援することではじめて、丁寧な関わりが可能になる。

さらに問題を学校だけで抱え込まずに、保護者の思いに応え、地域の力を借り、医療、福祉、司法といった関係機関と連携していじめ防止に取り組むことも重要である。そのためには、「子どもの危機は社会の問題」という認識を共有することが前提となる。関係する者同士が日頃からコミュニケーションを密接に取り合い、互いの縄張り意識を排して歩み寄ることが求められる。

これまで教職員個人が一人で抱え込み苦しんでいた問題に組織で取り組むことができるようになれば、また、学校だけでは抱えきれない問題をめぐっては地域や関係機関と連携できるようになれば、日本の学校が、子どもたちも教職員も元気に過ごせる、いじめを生まない場になるのではないかと考えている。

バナー写真:いじめを受けていた大津市立中学2年の男子生徒が自殺してから2016年10月11日で5年となったことを受け、黙とうをささげる越直美大津市長(右)ら=滋賀県・大津市役所(時事)

(※1) ^ 文部科学省「平成27年度児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」(2016年)

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