のしかかる奨学金という名の教育ローン

岩重 佳治【Profile】

[2017.10.06] 他の言語で読む : ENGLISH | FRANÇAIS |

奨学金は、大学生の2人に1人、2013年度では177万人の「教育」を支えている。しかし、右肩上がりに給料が増えることを前提にした奨学金制度には、雇用状況が不安定な今、さまざまな矛盾が生じてきている。時代の要請に応えた奨学金制度の見直しが求められる。

過酷な取り立てに苦しむ

学びたいと思う気持ちは、若者にとって何よりも大切なものであるはずだ。しかし、その学びのために信頼して利用した奨学金が、奨学金とは名ばかりの学資ローンと化し、その後の人生の大きな負担となって利用者を苦しめる事態が多発している。その結果、奨学金制度を利用した人々の気力や体力、さらに結婚や出産など大切な人生の選択肢を奪い、人としての誇りや尊厳までをも傷つけていく。そんな悪循環が、「日本学生支援機構」の公的な奨学金利用者の間で起こっている。

現在、学費の高騰と家計の困難のため、奨学金を借りる若者が急増している。今や、卒業と同時に数百万円の借金を抱え、マイナスからのスタートを余儀なくされる若者も少なくない。その一方で、非正規労働などによる低賃金・不安定労働の増加で、奨学金を返したくても返せない状況が生み出されている。そのような中で、いわゆるブラックリストへの登録、債権回収会社への委託、裁判所を利用した督促手続きなど、同機構による回収圧力がどんどん強化されている。どんなに頑張っても追い詰められる人が多数出るのは当然だ。

「救済」にならない救済措置

そもそも、貸与型の奨学金が他の借金と違うのは、将来の仕事や収入が分からない状態で利用する点にあり、滞納の危険は最初から制度に内在している。従って、滞納に陥った場合にその者を救済するのは、制度の根幹であるはずだ。しかし、残念なことに、救済措置は極めて不十分であると言わざるを得ない。

例えば、機構の奨学金では、経済的困難者には、年収300万円以下などを目安にして、返還を先延ばしにする「返還期限の猶予」という制度があるが、利用できる期間は10年に制限されている。つまり、10年を過ぎたら、収入が少なくても利用できない。さらに問題なのは、このような利用制限が、「運用」によってもなされていることだ。例えば、延滞がある人は、延滞している元金と延滞金を全て支払うなどして解消しなければ、救済制度の利用が制限される。返せないから延滞が生ずるのに、延滞を解消しなければ救済しないというのは矛盾以外の何物でもない。

このような運用には以前から批判が多く、2014年4月からは、年収が200万円以下など、ごく限られた場合ではあるが、延滞があっても、それを据え置いたままでの返還の猶予が認められるようになった。しかし、同年12月、機構は、この新たな制度の利用をも制限するようになった。「裁判を起こした人や、返済義務の一部が時効にかかっていると主張した人には、延滞据え置き型の猶予制度を使わせない」と機構が言うのである。困っていることに変わりはないのに、裁判になったら利用を制限するとか、正当な権利であるはずの時効を主張したら、救済が制限されるというのは、不当である。機構は、「返還猶予などの救済をするかしないかは、あくまで自分たちの裁量であり、利用者の権利ではない」と説明しているが、貸し手の裁量でどのようにでもできるのなら、およそ救済制度としての意味がない。

給付型や無利子奨学金の充実を

このように見てくると、機構の奨学金の実態は、奨学金とは名ばかりの「学生ローン」となってしまったことが分かる。奨学金の負担に苦しむ人の多くは、実は、自分の力ではどうしようもない理由で、制度の仕組みによって生み出されている「被害者」なのだ。

奨学金被害は、個人の力では防ぐことができない。その根本的な救済方法は、制度を根本的に変えること以外にはない。筆者は以下の改革を行うべきでだと考える。

  • 世界的に見ても極めて高額になってしまった学費を下げる
  • 給付型の奨学金を充実させる
  • 貸与型奨学金は無利子とする
  • 返済能力に応じた柔軟な返済制度を実現する

一定の前進はみられるが‥

極めて問題の多い制度だが、世論の高まりを受けて、少しずつではあるが、制度改善に向けた動きが出てきた。

第一に、ようやく、給付型奨学金が導入されたことである。

2017年度から、児童養護施設を巣立った子ども、非課税世帯の子どもなど、進学により困難を抱える子どもに、国の奨学金としては初めて返済不要の給付型奨学金が導入された。しかし、その規模は、1学年約2万人、給付額も2~4万円と極めて限られており、貸与を併用せざるを得ない。また、高い学習成績などの推薦基準を設けているが、困難を抱えた中で育つ子どもは、そもそも勉強ができる環境にない場合が多く、このような基準を設ければ実効性がなくなる。著しい成績不振の場合には返還を求められる可能性があるが、基準があいまいであり、返還の負担を恐れて利用を回避する人が出る可能性がある。給付型奨学金の導入は、一歩前進ではあるが、その制度設計にはさまざまな問題がある。

第二に、奨学金の無利子化への動きである。

機構の奨学金には無利子と有利子があるが、これまで無利子の奨学金は枠が限られていたため、基準を満たしても受けられない「残存適格者」の存在が問題となっていた。これについて文科省は、同年度から基準を満たす全ての希望者が無利子奨学金を受けられるようにするとしている。文科省は、「残存適格者」を2万4000人としているが、これに対しては、現場の感覚からは少なすぎるという声が上がっている。そもそも、これまで無利子を利用するための所得と成績の基準は厳格化されてきており、それに伴い、残存適格者数も大きく減少してきた。2万4000人という数字は、その上でのものであることにも注意する必要がある。

第三に、所得に応じた返済制度の導入である。

17年度から、所得に応じて毎回の返済額を決める「所得連動返還型奨学金制度」が導入された。しかし、その制度設計は、予算が限られているなどの理由で、収入がゼロの人も含めて非課税の人に対しても、毎月2000円ずつ支払いを求めるなど、本来の目的とはかけ離れたものになっている。所得の少ない人には返還の猶予制度があるとしているが、これまで述べたような救済制度の問題点については、何らの解決策も示されていない。また、毎回の返済額が少額になることによる返済期間の長期化への対応もなされていない。さらに問題なのは、毎回の返済額を決める基準となる所得に、本人の所得だけでなく、契約当事者でない扶養者の所得を合算するとしていることだ。

「学び」を社会全体で支える

政策立案者は予算がないと言うが、予算について言うなら、日本は、教育分野に極めて限られた予算しか配分しないことこそ問題にすべきだ。教育への公財政支出の対国内総生産(GDP)比は、経済協力開発機構(OECD)の各国平均が5.4%であるのに対し、日本は3.6%に過ぎず、高等教育にいたっては0.5%と、加盟国中最下位である。そして、このような現実の背景にあるのが、教育を受ける者が費用を負担すべきであるという、誤った「受益者負担論」である。しかし、教育は、単に個人のためではなく、社会を支える根幹であって、受益者は社会全体であるはずだ。親の経済力によって、学びのために多額の借金をしなければならない現状は、「誰にでも平等に教育を受ける権利を保障する」という日本国憲法の理念に反し、公正ではない。

教育にOECD加盟国並みの予算を確保して、子どもや若者の育ちと学びを、社会全体で支える体制作りに向けて、国民的な議論を急ぐべきだ。

バナー写真=大学の授業風景(ロイター/アフロ)

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  • [2017.10.06]

弁護士(東京弁護士会所属)。1958年生まれ。早稲田大学卒業。97年、東京市民法律事務所入所。多重債務や子どもの貧困に取り組むうちに奨学金問題の深刻さを知り、2013年に「奨学金問題対策全国会議」を設立。事務局長として返済困難な利用者の支援を続けている。日弁連貧困問題対策本部委員、国民生活センター客員講師なども務める。著書に『日本の奨学金はこれでいいのか』(あけび書房、共著)、『「奨学金」地獄』(小学館新書)など。

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