東アジアに芽生える戦略的空白:トランプ初来日を読み解く

政治・外交

米国のドナルド・トランプ大統領は一連の東アジア歴訪にあたって、最重要の同盟国、日本を最初の訪問地とした。日米の両首脳は一連の会談を通じて、核・ミサイルの開発にひた走る北朝鮮に最大限の圧力をかけ、自由で開かれたインド・太平洋を目指して、日米同盟をさらに強固なものにしていくとうたいあげた。だが、「海洋強国」中国が年ごとに存在感を増す中、超大国である米国の影響力には陰りが出ている――と同盟の最前線で取材してきた外交ジャーナリストは指摘する。

北朝鮮頼みの日米首脳会談

トランプ大統領一行を乗せた大統領専用「エアフォース・ワン」は5日、ハワイの真珠湾にある太平洋軍司令部に立ち寄った後、横田の在日米軍司令部の滑走路に降り立った。朝鮮半島が戦火に見舞われた時には、最前線の米軍部隊を指揮する2つの司令部をまず訪れることで、北朝鮮の金正恩政権への厳しい姿勢を示したい――トランプ大統領のそんな意向をくんでこの旅程が組まれたという。

「いかなる独裁者も、国家も、アメリカの決意を過小評価してはならない」

空軍のジャケットに身を包んだトランプ大統領は、横田基地を埋め尽くした日米の将校、兵士を前に高揚した面持ちでこう語った。

「米軍と自衛隊が互いに肩を並べ、自信に満ちて結束し、かつてないほどの能力を備えてこの地に立っている。同盟国の心に自信を吹き込み、敵の心に恐怖心を与えているではないか」

日米の両首脳は「北に一層の圧力をかけ、核・ミサイルの開発を阻むことを最重要のテーマとしよう」と事前の電話会談で申し合わせていた。実は北朝鮮問題を除けば、日米両国が直ちに合意できそうな案件は見当たらない。経済・通商問題では、トランプ政権がTPP(環太平洋パートナーシップ協定)から政権発足直後に離脱し、日本は「アメリカなきTPP11」のとりまとめに動きつつある。米国は自動車、農業、創薬などの分野でFTA交渉を望み、日本側に不利となる二国間交渉に持ち込もうとしている。これらのテーマを真っ向から取り上げれば、先の麻生・ペンス協議のように日米の隔たりの大きさを際立たせてしまう結果となる。

対北戦略に潜む日米同盟の活断層

首席戦略官を務めたスティーブン・バノン氏は、政権の中枢を去ったが、今なおトランプ大統領の思想的な屋台骨であり続けている。米国の国益を何より優先し、政権の支持基盤である「プア・ホワイト」の経済的利益を守り抜く。そのためには膨大な貿易赤字を抱える中国、次いで日本に譲歩を迫るべきだと主張する。

「アメリカ・ファースト」主義の代表的イデオローグ、バノン氏は「中国との経済戦争に較べれば、北朝鮮の問題などほんの座興にすぎない」と言い切る。実は通商問題だけでなく、対北朝鮮戦略にも、「アメリカ・ファースト主義」が見え隠れしている。

今回の首脳会談で、日米両国は北朝鮮に結束して最大限の圧力をかけていくことを確認した。だが、トランプ政権は、北米大陸を射程に収めるICBM(長距離弾道ミサイル)が完成に近づきつつあることに危機感を募らせている。トランプ政権の支持率が30%台に落ち込む中、米国への直接の脅威を取り除いて世論に訴えたいと考えている節がうかがえる。金正恩政権と独自に交渉し、その見返りに現体制の存続を黙認する可能性は否定できない。

だが、米本土は北のミサイルの脅威を免れても、日本列島は中距離ミサイルの射程にすっぽりと収まったままだ。「日米同盟を引き裂く活断層」といわれるゆえんだ。安倍首相は、トランプ大統領を迎えた一連のやり取りで「安保政策のアメリカ・ファースト」を阻止するためにいかなる布石を打ったのだろうか。

米国のブッシュ共和党政権も、対北朝鮮政策では重大な失策を犯している。2008年、北朝鮮を「テロ支援国家」のリストから除外し、核・ミサイルの開発資金に充てられる巨額のドル資金をロシア経由で返還してしまった。その後、北朝鮮はテロ組織を支援するどころか、自らがクアランプールで金正男氏を毒殺し、イランとミサイルを共同開発し、イスラム過激派の組織に武器を売却している。米政府はようやく「テロ支援国家」の再指定に向けて動き出したが、遅きに失したというべきだろう。

「トランプ先制攻撃」はあるのか

2001年9月、経済と国防の中枢を自爆テロ機に襲われた米国は、持てる軍事力の全てを注ぎ込んでアフガン戦争からイラク戦争、さらにはIS戦争へと突き進んでいった。この「ブッシュの戦争」によって、朝鮮半島と台湾海峡を抱える東アジアに巨大な力の空白を生じさせてしまった。

超大国の米国が招いた抑止力の劣化に北の独裁者ははるかに敏感であり、この機を捉えて核・ミサイルの開発を着々と進め、強権体制の守り札とした。そして米本土と太平洋の米軍基地を新鋭ミサイルの射程に収めつつある。

こうしたさなかに誕生したトランプ政権は、外科手術的空爆やサイバー攻撃を含めた「あらゆる選択肢がわがテーブルにある」と言い切った。反発を強めた金正恩氏が「米国へは今後も大小の贈り物を届けてやる」と挑発すれば、トランプ氏も「これまでにない炎と怒りに直面するだろう」と応じ、米朝の「言葉の戦争」はエスカレートしていった。

だが、ティラーソン国務長官は一貫して対話による事態の打開を主張し、米軍首脳部も、外科手術的な限定空爆であっても北朝鮮側の反撃を招き、ソウルや在韓米軍とその家族に甚大な被害が出る、として先制攻撃には慎重な姿勢を崩さない。今回の安倍・トランプ会談では、北朝鮮側の先制攻撃を招くことなくどこまで圧力を加えることが可能か、究極の選択として先制攻撃は現実的か、有事の際に韓国にいる米国や日本の民間人の輸送はどうするのかなど、かなり踏み込んだやり取りが交わされた模様だが、機微に触れる部分は会見では明らかにされていない。

超大国、米国のプレゼンスに陰り

安倍首相は米国、インド、オーストラリアとの連携を念頭に、自由で開かれたインド・太平洋構想を提唱してきた。今回の首脳会談でもトランプ大統領は、この構想を出発点に日米共通の戦略に高めていくことに賛意を表した。「海洋強国」を目指す中国が南シナ海で海上基地を次々に建設し、「一帯一路」構想を打ち上げていることが日米による対抗策の背景になっていることは言うまでもない。東アジアで中国が存在感を増していることに危機感を募らせているのだが、これは受け身の構想の域を出ていない。

マクマスター国家安全保障補佐官は、トランプ大統領のアジア歴訪に触れ、「米国は『力による平和』の実現に努め、敵や潜在的な敵に、軍事力の行使によって目的を達成することは出来ないと悟らせたい」と述べた。同氏は安全保障分野の優れたプレーヤーであり、深い教養と広い見識で知られた軍人だ。しかしながら、トランプ政権が抱える問題は「力による平和」の実現が達成できていないことにあるのではない。

「トランプの米国」は、軍事力の衰えの故に東アジアで影響力を弱めている訳ではない。米国を米国たらしめてきた民主主義の理念、自由貿易の旗、そして道義の力の衰えの故に、超大国の存在感を減じていることを自覚するべきだろう。崇高な理念と道義の力によって、アジアの若い国々を引きつける大国であれ――トランプ大統領のアジア歴訪が、そんなアジアの声に耳を傾けるきっかけになればと思う。

バナー写真:儀仗(ぎじょう)隊を巡閲する米国のドナルド・トランプ大統領(右)と安倍晋三首相=2017年11月6日、東京・元赤坂の迎賓館(時事)

安倍晋三 北朝鮮 日米関係 ドナルド・トランプ