尖閣国有化から5年: 日中の新たな関係の在り方は
仙谷由人・元官房長官に聞く(下)

川島 真(聞き手)【Profile】

[2017.11.23]

仙谷由人・元官房長官インタビューの後編。nippon.comの川島真・編集企画委員会委員長が、習近平政権2期目の中国が直面する課題や、今後の日中関係の展望について語り合った。

仙谷 由人

仙谷 由人SENGOKU Yoshito元内閣官房長官、弁護士。1946年徳島市生まれ。東京大学法学部在学中に司法試験に合格し、中退して司法修習生に。弁護士として活動後、1990年に衆議院議員に初当選(社会党)。2014年まで衆院議員を6期務め、09年からの民主党政権では国家戦略担当相、内閣官房長官(10年6月~11年1月)、法相などを務めた。

「共有できる価値観」まだ示せない中国

仙谷 トランプ政権になって、米国が世界のリーダーシップを取れない状況が生まれてきている。軍事力と経済力だけで他国の賛意なり同意を取っていく手法で、民主主義や人権を尊重する文化(ソフトパワー)という面では、特に欧州諸国は米国から距離を置いてしまっている。中国の掲げる「一帯一路」路線を考え、G2(米中2つの超大国)というのであれば「おカネと軍事的パワー」以外にも、特に途上国に向けて「共有の価値観」というものを示せないと難しいのではないか。

川島 今回、共産党大会の習近平氏の演説を聞いても、まだ「ウィンウィン」「パートナーシップ」「運命共同体」などがキーワードで、まだ経済と軍事以外の話はなかなか出てこない。中国の統治体制や「貨幣を使わない生活スタイル」などが徐々に東南アジアに広がる兆しはあるが、「あの国に行きたい」とか「ああいう国になりたい」というモデルに必ずしもなってはいない。

中国はまだ「パワー」で、価値とか文化、共感という部分はまだまだ弱い。中国からすれば、そこが一番ほしいのだけれども、なかなかできない。習近平氏は今回、その「強国化」の目標を2050年に設定した。まだまだ時間がかかるということは、指導部も理解しているということだ。

「習近平思想」は大きな転換点

仙谷 日本の戦後成長、明治維新の成長と対比して考えると、経済的な施策が満たされると「より自由へ」と向かうはずだが、中国は「より金持ちに」という方向なのかと見える。

川島 今回の党大会で習近平氏が提起した話は非常に興味深い。なぜ「習近平思想」という新たな思想になるかというと、中国という国家が抱える根本的な矛盾というものを再定義したからだ。鄧小平以来の1981年からの共産党の綱領では、「人々が求めている物質的な欲求に対し、生産が間に合っていない」、これが根本問題ということになっていた。ところが、今回習近平は「美しくてよい生活」、つまり豊かさがある程度達成された先にある生活を想定し、そうするとまだ均衡のとれた発展はないし、発展そのものが十分でないということになった。だから、これからはより均衡のとれた、充実感のある生活に変えようと提起した。

普通に考えれば、ここからは自由な、民主主義のもとでポストモダンに行くはずなのだが、中国は「多文化主義で、自由に行ってください」とは言えない。にもかかわらず、物質的には充足した社会になろうとしているというところに、根本的な矛盾があるようにこちらからは見える。現在の政治体制のまま社会の豊かさが実現するとするなら、それは壮大な挑戦だ。

ここで、これまでにない先進国にはないモデルを追及できれば、それは今、民主化していないような国々にとっては影響を及ぼすモデルになるのかもしれない。豊かになっても、権威主義的な体制が維持されたままで発展していくということだ。それはかなり難しいことだとは思うが。

「ODAなき時代」の将来像見えず

仙谷 1972年の日中国交正常化に至る過程では、廖承志さんと高碕達之助さんのLT貿易(編集部注:60年代に行われた準政府間貿易の通称)とか、スポーツの分野であるとか、いろんな方々がご苦労されて、法的な関係がない中で実体的な関係を築いてきた。「古い井戸を掘ってくれた人を最も大事にすべきだ」と、かつて言っていたのに、それは少々変わってきているのではないか。日本の経済人が中国に対して抱く複雑な思いは、かなり強いのだと思う。

例えば、現在の中国の大きな課題は、世界の半分の生産能力があり、余剰に生産される鉄鋼をいかにさばくかということ。だが、中国の鉄鋼業の近代化は、日本が技術供与した宝山製鉄所(上海)がスタートだった。日本の大手製鉄企業は「過去あれだけ協力したのに今はダンピング輸出、これでは立ち行かなくなってしまう」と思っている。

竹下内閣のころ、1990年ごろから対中国のODA(政府開発援助)をやめる、または形を変えたものにするという話が出てきた。日本のODAは巨額で、総額3兆円以上が入っていった。もちろん、中国は円借款をきちんと返済している。こういうことを日本も中国も、政府レベルではあまり言わない。

川島 中国に対する新規のODAは2008年に終わった。2008年というのは(日中関係がうまくいっていた)ちょうどピークで、福田、麻生政権で1年間に首脳交流が十数回行われたはずだ。その後ODAがなくなって、民主党に政権交代ということになった。

ODAを通じて日中間の様々な人の往来があって、そこにある種のパイプというか、ホットラインができた。「ODAなき時代」を初めて担われた民主党政権で、仙谷先生は中国側とのパイプづくり、人間関係づくりをずいぶんやられた印象がある。

仙谷 私が国会議員になった1990年、初めて中国本土に行った。周恩来の生地である江蘇省淮安(わいあん)で、小規模無償援助で井戸を掘って上水を得る活動を友人の弁護士が取り組んでいて、その水の開通式に来てほしいと。それが最初の中国との関係だ。

しかし人脈づくりといっても、中国はとにかく広いし、人間も政府関係者の数もものすごく多くて、ネットワークづくりが難しい。となると、やはり中連部(中国共産党中央対外連絡部)の党官僚の方々ということになるが、にこやかに話はしてくれても本音のところはもうひとつ分からない。

川島 社会党時代から続く中国共産党との関係など、政府のレベルでない政党の外交もこれまではあった。

仙谷 自民党では二階俊博幹事長がそのような役割を果たしてきたが、ここまで習近平政権が江沢民時代の主要幹部の方々を押しのけてしまうと、日本はそこのパイプで動いてきた人が多いので、現時点でどれだけ有効に働くのかなという気はする。

川島 先に話があったLT貿易のような「文書化しないウェットな日中友好時代」があって、その後にODAを含めた「経済に基づく関係」があって、現在はおそらく、その後の第3期に入っているはずなのだけれども、どのような関係を構築していくのかがまだ見つかっていない。その出発点が2009年からの民主党時代だったということなのかもしれない。

医療・介護分野で、真の豊かさに向けた協力を

仙谷 最近思っていることがある。日中の長い友好関係の中で、何十年も前から日本が中国に病院を寄付したり、医師を派遣したり看護師の研修を受け入れたり、医療・介護の分野でさまざまな取り組みをしてきた歴史がある。しかし、やはり人口が多いこともあって、中国には日本の国民皆保険のような制度、お金を持っている人もそうでない人も、いつでもどこでも医療にアクセスできる状況にはない。この部分は日本がもう一度、中国に対して大きく貢献できる分野ではないかと思う。モノでなくノウハウを提供する。

川島 先ほど話したように、習近平政権はここにきて国家の目標をリセットした。物質的な豊かさから、言ってみれば中国的な意味での真の豊かさというものに切り替えた。これは日本にとってチャンスかもしれないと思っている。1980年代に中国が物質的豊かさを求めていく際、日本を「経済の師匠」と言った。自らが豊かになって徐々に日本を下に見るようになったが、本当の豊かさに向かっていくなら医療・介護だけでなく環境問題への対応も含めてもう一回日本を評価していくようなことが出てくるかもしれない。

仙谷 日本は現在、豊かで安全な社会をつくり上げ、アジアや中国の人々にとってプラスのモデルというか、あこがれの対象となっているのではないか。そうであるなら進んだ医療システム、それを支える医療人材の育成、養成に協力させていただく。そうなると、一人一人の人間の価値が上がってくる。その結果、市民の声がより反映される社会が必要だという認識が広まれば、さまざまな問題を打開していく契機になるのではないか。

川島 それは素晴らしい考え方だ。中国の人たちも豊かになり、命の価値は以前よりは重くなっている。命の問題は無視できないはずだし、医療はよい方がいいのは自明だ。この分野での交流を通じて人間の尊厳のレベルを上げていくことにより、どんな政治体制であるにしても人権というものに話が及んでいくということになるかのしれない。

たんなる医療技術支援ということではなく、包括的な発想の中でやっていく。そこから始めていけば、日中間のいろいろな問題がほどけていくのかもしれない。

(インタビューは2017年10月26日に行った)

構成:nippon.com編集部
写真:川本 聖哉

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  • [2017.11.23]

nippon.com編集企画委員会委員長。東京大学大学院総合文化研究科教授。専門はアジア政治外交史、中国外交史。1968年東京都生まれ。92年東京外国語大学外国語学部中国語学科卒業。97年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学後、博士(文学)。北海道大学法学部助教授を経て現職。

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