トランプ大統領のアジア歴訪と日本の戦略

小原 雅博【Profile】

[2017.11.20] 他の言語で読む : Русский |

トランプ米大統領のアジア歴訪が終了した。北朝鮮の核・ミサイル問題と地域秩序の行方が見通せない中、日本が取るべき当面の外交戦略は何か。元外交官の筆者は、米国との緊密な関係維持に加え、中国との対話・協議の積み重ねの重要性を指摘する。

先の見えない北朝鮮の核・ミサイル問題

トランプ大統領はアジア歴訪が「とてつもない成功を収めた」と自画自賛したが、全体的に見れば日韓訪問が北朝鮮を念頭に置いた手堅い同盟国外交となったのに対し、その後の中国、東南アジア諸国連合(ASEAN)訪問は戦略と理念を欠く「米国第一主義」外交に終わったと総括できよう。この総括から、日本の安全にとって最大の脅威となった北朝鮮の核・ミサイル問題と、国際政治のより構造的な問題としての強大化する中国との関係、および中国主導の地域秩序づくりについて考えてみたい。

トランプ大統領訪日の2週間前、安倍晋三首相は総選挙で勝利し、史上最も長い在任期間(2021年9月まで)の首相となる可能性が高まった。それを後押ししたのが北朝鮮の脅威の高まりである。その行方は、日本の憲法論議にも影響を与える。そんなタイミングでのトランプ訪日は、米国の拡大核抑止(「核の傘」)を含む日米同盟にいささかの揺るぎもないことを内外に示す機会となった。

問題は、北朝鮮が非核化に応じる姿勢を見せないことだ。また、非核化では一致する中国の習近平国家主席も、米中首脳会談後に「安保理制裁決議の全面的かつ厳格な履行を継続する」とは述べたが、石油の禁輸など北朝鮮の崩壊を招きかねない制裁には応じていない。

一方、安倍首相は日米首脳会談後、「全ての選択肢がテーブルにあるとのトランプ大統領の立場を一貫して支持している」と述べたが、軍事オプションは北朝鮮の反撃を招くリスクを伴う。日本人が1万人以上長期滞在し旅行客も多いソウルは、38度線北側に展開する北朝鮮軍の長距離砲やロケット砲の射程範囲にある。ソウルが火の海となるだけでなく、日本に核ミサイルが飛来する可能性も否定できず、先制攻撃は日本として受け入れ可能な選択肢とはなり得ない。

日米首脳は「圧力を最大限まで高めていく」ことで一致したが、その先に非核化への道が見えているわけでもない。この間も北朝鮮は核・ミサイル開発を続けており、米国本土に到達する核弾頭搭載ICBMを完成させて国内配備する「Xデー」まで時間は余り残されていない。しかし、それはトランプ大統領が軍事カードを切る「Xデー」となるかもしれない。

両者のチキンゲームが続く中で、トランプ大統領は北朝鮮に対する中国の圧力に期待をかける。しかし、中国外交部の反応を見る限り、トランプ大統領の理解とは異なり、中国は対話を重視し、(北朝鮮の核・ミサイル開発の停止と米韓合同軍事演習の停止という)「2つの停止」が「現状では最も実現可能で、公平で、賢明な策」であるとの立場を変えてはいない。対話と圧力をどう使い分け、どう協働させるのか、不透明な朝鮮半島情勢の行方は、いよいよ習近平と金正恩、そしてトランプの3人の次の一手にかかってきた。

極めて重要な日米首脳の信頼関係

政治・外交の経験がなく不確実性を漂わせるトランプ大統領だけに、北朝鮮をはじめとするアジアの問題については、安倍首相がアジアで最重要な同盟国としての立場から現状分析や外交・安全保障政策を説く必要があり、そのためには両首脳の信頼関係構築が前提となる。

安倍首相は昨年11月の大統領選直後にトランプ氏と会談したほか、今年2月の大統領就任以来5回の首脳会談と16回の電話会談を行うなど緊密なコミュニケーションを持ち、ゴルフを通じた特別な時間も共有してきた。安倍総理は、日本での歓迎晩餐会で、「半世紀を超える日米同盟の歴史において、首脳同士がここまで濃密で深い絆に結ばれた1年間はなかった」と述べている。

情報化とグローバル化が進む今日、首脳外交の役割は極めて重要だ。特に、世界最強の軍の最高司令官である米国大統領と、長期政権への基盤を固めた日本の首相がいつ何時でも意思疎通が可能な関係を築いていることは、日米同盟の信頼性と抑止力の向上につながるのみならず、アジア太平洋の安定にも資する。21世紀の日米同盟は日本の安全のみならず、アジア太平洋地域の平和と安全の礎でもあり、日米首脳がそのことを確認し協働することが北朝鮮の変化を促し、中国の協力を求める上でも重要だ。

「米中」に負けない日中関係構築を

その中国との関係は、トランプ大統領も重視する。4月のフロリダの私邸での夕食会で「友情が生まれた」と述べ、10月の共産党大会直後には習近平氏に祝賀の電話も入れた。今回の訪中でも、習近平夫妻が故宮を案内するなど親密ぶりを演出し、トランプ大統領も「私達は非常に相性が良い」「米中関係は最重要だ」と応じている。

もちろん、米中関係は親密な首脳関係だけで片付けられるほど甘くはない。特に、中国の台頭によってパワー・バランスや地域秩序が変動するアジアにおいて、トランプ政権のアジア戦略及び対中戦略が見えないのは深刻な問題である。

他方、日本、米国、中国の3カ国首脳の間では、日中首脳の関係が取り残された格好にある。日米中三角形の日米の一辺が一番強く太いことが日本にとって重要であるが、同時に少なくとも米中の一辺には負けないだけの日中の一辺を築き上げておくことが、両国の狭間で揺れるアジア諸国からしても、またアジアにおける日本の役割を高めることからしても必要である。その意味で、今回実現した2つの日中首脳会談は評価できる。

40周年の節目、日中首脳の相互訪問に期待

来年は日中平和友好条約締結40周年であり、中国の改革・開放40周年でもある。日本は中国の改革・開放を支援するため、有償資金協力(通称「円借款」)、無償資金協力、技術協力からなる政府開発援助(ODA)を累計で3兆6千億円以上供与してきた。今年9月、青海省の植林や砂防ダムなどの総合環境整備事業を最後の貸し付けとして円借款は終了した(既存事業への貸付であり、新規円借款は2007年以降行われていない)。

歴史的節目の年に、中国の改革・開放がアジアと世界の平和と繁栄に資する形で進展し、「恒久的な平和友好関係を発展させる」ことを確認した日中平和友好条約の原点に立ち返ることを願う。そして、08年の「『戦略的互恵関係』の包括的推進に関する日中共同声明」で合意された首脳の相互訪問が実現され、両国が共通の課題に取り組む環境が醸成されることを期待したい。

中国は日本の最大の貿易相手国であり、海外進出日本企業の約45%に当たる3万2000社が中国に進出している。政治・安全保障のリスクを最小化し、経済の利益を最大化することが日本の国益に資する外交である。まずは、14年11月の関係改善に向けた「4つの合意」を踏まえ、対話と協議を積み重ねていくことが肝要だ。

「自由で開かれた」地域秩序に向けた日本の役割

最後に、トランプ大統領のアジア歴訪から見えてくる地域秩序の行方について触れておこう。

「米国第一主義」を掲げるトランプ大統領の政治・外交スタイルには、普遍的価値や自由で開かれた国際経済システムを重視してきたオバマ前大統領など歴代の基本政策とは本質的な違いがある。すなわちトランプ外交は、民主主義や人権といった価値ではなく商業的な利益を追求し、中長期的な戦略より短期的な「ディール(取引)」を優先する。

そんな大統領は、西側の価値の浸透を警戒してきた中国共産党指導部にとってはくみしやすいかもしれない。今回のトランプ大統領訪中では、中国は米企業との2500億ドルにも上る商談を演出した。それが構造的な貿易不均衡の是正につながるのか、そして、そのうちどれだけが「真水」なのかは議論があるが、増大する経済力を外交カードとして国際的影響力を広げる中国は、米国との対等な大国関係の構築にも自信を深めている。リベラルな国際秩序の維持に関心の薄いトランプ大統領に代わって、党大会で「一強体制」を盤石とした習近平国家主席が「一帯一路」を推進し、中国主導の地域秩序構築に動く。

これに対し、トランプ大統領はアジア太平洋経済協力会議(APEC)の場で、日米が主導する「インド太平洋戦略」を表明し、法の支配や航行の自由などに触れたが、スピーチの基調は「公正で互恵的な」二国間貿易協定の締結であり、国益優先を説くものとなった。

米国のアジア関与姿勢は打ち出されたが、環太平洋連携協定(TPP)から離脱し、世界貿易機関(WTO)を批判するなど、国際秩序の守護者としての戦略的外交は漂流する。日本としては、「自由で開かれたインド太平洋戦略」の具体化やTPP11の実現を通じて、リベラル秩序擁護の旗を高く掲げ、志を同じくする諸国との連携・協力を強め、米国外交の「正常化」を促すべきである。

中国は党大会で、共産党による全面的指導を打ち出した。「社会主義市場経済」が国有企業の役割強化など社会主義の市場経済への優越という方向に進むなら、中国経済のみならず、中国の主導する「一帯一路」にも質の高いルールや透明性といった観点からの懸念が強まるだろう。日本としては、中国経済のダイナミズムを取り込みつつ、中国の影響力が強まる地域秩序が自由で開かれた法の支配に基づくものとなるよう、「一帯一路」や東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の中において役割を果たしていくべきである。

バナー写真:人民大会堂での夕食会に臨むトランプ米大統領と習近平・中国国家主席=2017年11月9日、中国・北京(ロイター/アフロ)

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  • [2017.11.20]

東京大学大学院法学政治学研究科教授。専門は現代日本外交。1955年、徳島県生まれ。東京大学文学部卒業後、外務省に入省。アジア大洋州局審議官、シドニー総領事、上海総領事などを経て、2015年から現職。著書に『東アジア共同体』(日本経済新聞社、2005年)、『国益と外交』(日本経済新聞社、2007年)、『日本走向何方』(中国・中信出版社、2009年)、『境界国家論』(時事通信社、2012年)など。

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