14人が辞職した富山市議会:地方メディア記者たちの闘い

社会

14人もの議員が辞職した富山市議会の政務活動費不正。これを明るみにした地元のチューリップテレビと北日本新聞の報道に対し、2017年に多くの賞が贈られた。“保守王国”の政治の闇を突き崩した記者たちを取材した。

富山の人々は、自らの県民性を「とにかく真面目で実直」と語る。日本海側では最大の工業集積地で、医薬品、化学などの優良企業が目白押し。富山市から岐阜県高山市を結ぶわずか90キロの沿線から5人のノーベル賞受賞者が生まれ、その国道41号線は「ノーベル街道」ともてはやされている。立山連峰を望む豊かな自然と、強い地域経済。「持ち家率が全国一」「地元就職率がトップクラス」という統計もある。

そんな富山で2016年、その「真面目で実直」というイメージが崩壊するような不祥事が明るみに出た。富山市議会で、政務活動費(政活費、1人最大月15万円支給)を不正に受給していた14人もの議員が相次いで辞職。いずれも地元の記者が情報公開制度を使って支出伝票のコピーを取得し、「領収書のねつ造と改ざん、水増し」を見破って不正を報道したことが引き金となった。

富山市役所展望塔から見た市街(上)と市役所庁舎(左下)、2017年12月開催の市議会本会議(右下)

この一連の報道で、チューリップテレビが日本記者クラブ特別賞、日本ジャーナリスト会議(JCJ)賞、民間放送連盟優秀賞(テレビ番組報道部門)、菊池寛賞など、北日本新聞は新聞協会賞、JCJ賞を受賞した。

深夜まで支出伝票と格闘

2016年7月中旬、チューリップテレビ報道制作局記者の砂沢智史とデスクの宮城克文の2人は、書類の山と格闘していた。目の前に積まれたのは市議40人の13年度の政活費伝票4300枚。「議員たちは何にお金を使っているのか」を洗い出すため5月31日に情報公開を請求したが、40日余り経ってようやくコピーが届いた。

政活費は議会の会派ごとに支出されるため、領収書には支出した議員個人の名前は記されていない。「最初は雲をつかむような作業だと思いながら、伝票をめくっていた」と砂沢は振り返る。チューリップテレビは社員わずか約70人の地方局で、番組の制作・報道を担当するスタッフは20人ほど。2人は通常の仕事が終わる午後8時ごろから作業を始め、日付が変わってから帰宅する毎日を過ごしていた。何が彼らを突き動かしていたのか。宮城は「こんなに物事を隠したまま政治が進んでいいのか。このままでは本当にいけないという思いが強かった」と語る。取材のきっかけは4月にさかのぼる。

支出伝票をチェックする砂沢記者(左)と宮城デスク(チューリップテレビ提供)

たくさんの付箋が付いた支出伝票

強引な手法で議員報酬アップ決める

市議会議長が市長を突然訪問し、議員報酬(月60万円)を10万円程度増額するよう要請した。この時、地元メディアにはわずか20分前に情報が知らされ、市役所の目の前に局舎のあるNHK以外は撮影が間に合わなかった。市長は報酬等審議会に諮問し、5月にわずか2度の会合で「10万円引き上げ」を答申した。審議会は非公開。内部でどのような議論が行われたかもすぐには明らかにされなかった。

北日本新聞の社会部部長デスク、片桐秀夫は「10万円もの報酬アップは庶民感覚とずれているし、あまりに議論が拙速だった」と話す。同社は審議会の議事録を情報公開請求で入手。6月定例会会期中の9日に1ページをまるまる使って全文掲載した。その内容は、反対する委員がいたものの、10万円アップの根拠があいまいなまま多数決で押し切った経過を伝えるものだった。

これと同じ日に、市議会自民党会派会長、中川勇による「取材妨害事件」が発生した。議員控室で取材していた同社の女性記者を怒鳴り、押して倒した上に取材メモを奪った。質問に応じていた議員にも「答えるな」とどう喝したという。この事件は全国ニュースで大きく報じられたが、中川は「控室での取材は会派会長の許可が必要」と主張。メモを奪ったことに対しても「奪ったのではなく、回収しただけ」と意味不明の説明で突っぱねた。

議員報酬の引き上げ条例は6月15日、自民党をはじめとする議員の賛成多数で可決した。

市議会の“ドン”の不正をスクープ

「市政報告会の回数があまりに多い。それに1回の参加者が300人なんて、そんなに人が集まるのだろうか」。チューリップテレビの砂沢と宮城は、市議会を仕切る“ドン”と言われ、6月の取材妨害の当事者でもある中川の支出伝票に着目していた。書類上は13年度に報告会を8回開き、100万円を超える政活費を受け取っている。支出は資料コピー代で、いずれも同じ印刷会社の領収書が添付されていた。

この頃、宮城は「中川が白紙の領収書を使っている」との情報を入手。裏付けのため、報告会を開催したとされている市立公民館の使用記録を調べたところ、そのような会合が開かれた記録は全くなかった。8月18日に砂沢と宮城は、中川を直撃取材した。市政報告会の有無に関して、中川は「別の場所で開いた。資料の印刷も実際にしている」と説明。しかし、代わりの会場になったという料理店に聞くと、店主は「そのような会合はその日なかった」と証言した。チューリップテレビは翌19日夕のニュースで「自民党の市議が実際とは違う内容の報告をし、政活費を受け取っていた」とスクープした。

中川は30日に議員を辞職。31日に記者会見し、以前付き合いのあった印刷会社にもらった白紙領収書の束を使用し、政活費を不正に得ていたことを認めた(その後の調査で、過去5年間で約787万円の不正が判明)。使途については「誘われたら断れない性分で、飲み代に使った」と述べた。

開いたパンドラの箱、辞職ドミノに

チューリップテレビは続けて9月1日、中川に近い自民党市議、谷口寿一の不正をスクープした。中川が使ったものと同じ印刷会社の領収書で政活費を報告していたことが端緒になった。取材に対し、谷口は不正を率直に認めた。そして「中川に頼まれて」自分が実際に使った印刷代を偽の領収書で水増しし、差額を中川に現金で渡していたことを明らかにした。

チューリップテレビの局舎(左)と、夕方のニュースを終えて打ち合わせをする報道制作局のスタッフら=2017年12月5日撮影

これを機に、取材合戦がヒートアップする。チューリップテレビによると、2013年度分に続き8月16日には14年度分、10月17日には15年度分の支出伝票が開示された。他の報道各社もこぞって情報公開請求に走り、8月下旬からはほぼ先行した社と同じタイミングで資料を受け取ることになった。

北日本新聞の片桐はこう話す。「われわれは7月の段階で1人の県議の政活費不正をスクープ。県議会についてはかなり調べたが、広がりは見られなかった。しかし富山市議会の伝票は、調べれば調べるほどほころびが出た。全国紙も応援の記者を多数富山に派遣して、毎日のように“抜いた、抜かれた”のスクープ合戦が続いた」

同じ筆跡の領収書が何枚も見つかったことで白紙領収書の使用が疑われたり、後から数字を書き加えて金額を水増しした疑惑のある領収書が多数見つかったりした。議員の視察旅行の記録を裏付け取材したところ、全くのカラ出張と判明した例もあった。9月だけで議長を含む10人が辞職に追い込まれ、これまでに計14人が議員バッジを外した。いったん可決された議員報酬を引き上げる条例は、16年12月の市議会で廃止された。

富山市議会政活費不正を巡る経過

2016年4月 議長が市長に対し、議員報酬(現行月60万円)を70~73万円への引き上げるよう求め、市長は諮問機関にかける考えを示す
5月10日 特別職報酬等審議会の初会合(非公開)
13日 審議会が2回目の会合で、月70万円が妥当と結論
19日 審議会会長が報酬増額を市長に答申
5月31日 チューリップテレビが13~15年度の全議員の政活費支出伝票を情報公開請求
6月1日 市が6月定例議会に、報酬を月70万円とする議案を上程
9日 自民の中川勇市議(会派会長)が北日本新聞記者の取材を妨害
15日 市議会が報酬増議案を可決
7月13日 北日本新聞が、矢後肇県議の政活費不正疑惑をスクープ
15日 チューリップテレビの砂沢記者が13年度分の支出伝票コピー約4300枚を受け取る(請求の45日後)
8月19日 チューリップテレビが中川市議の架空請求疑惑をスクープ
8月30日 中川市議が辞職
9月1日 谷口寿一市議が、中川氏の不正に荷担していたことをチューリップテレビがスクープ
これ以降、五月雨式に議員の政活費不正が明るみに出て、10月3日までに12人が辞職
11月6日 市議補選が投開票され、欠員分1人を含む13人の新人議員が当選

(その後、さらに2人が辞職し、辞職議員は計14人に)

チューリップテレビは同年12月30日、一連の経過と報道をまとめたドキュメンタリー番組を放送した。そのタイトルは『はりぼて~腐敗議会と記者たちの攻防』。見かけは立派に見えるものの、実際の中身はからっぽだった議会、そしてその議会となれ合う行政の体質を赤裸々にする内容だ。

市民の怒りを地方自治への関心に

市議補選からほどない2016年11月、北日本新聞は富山市内で「議会は変われるか」をテーマに公開シンポジウムを実施。会場には800人を超える市民が詰め掛けた。17年1月からは大型の連載企画『民意と歩む 議会再生』をスタート。政活費のずさんな管理とチェック機能の欠如、自民会派の派閥支配、議員らが独自につくった「経費水増しの裏ルール」などを次々と明らかにした。

第5部まで57回を重ねた連載では、県外の議会改革先進地での取り組みや、市民の議会傍聴を促すために議論を聞くノウハウを紹介する内容まで盛り込んだ。「一連のドミノ辞職は、不正を見つけては議員の首を取る『捕物帳』ばかり。これだけではだめで、市民の怒りや憤りを議会、地方自治の関心に昇華させたい」(片桐)との意図があった。

公開シンポジウムの内容を詳細に報じた、2016年11月13日付の北日本新聞の紙面

富山市議会はこれまで、全国47の中核市の中で唯一、本会議のケーブルテレビ・インターネット中継が未実施。全戸に配布される『市議会便り』に、個々の議員の議案に対する賛否の結果さえ記録されないなど、きわめて閉鎖的な体質だった。一連の不祥事の反省から、議会の「透明化」はこの1年でかなり進んだ。政活費の使途は第三者機関で審査され、現在は領収証がホームページで公開されている。

一方で、有権者の反応は今ひとつだ。16年11月の市議補選の投票率は26.9%、市長選と重なった17年4月の市議選でも47.8%と低調だった。

「つまり、まだキャンペーンは終えられないということ。市民の怒りをプラスの行動に変え、『お任せ民主主義』をいかに脱することができるかが今後の課題」と片桐は言う。チューリップテレビの宮城も「ただ不正を暴き、議員を辞職させるためではない。地方政治はもっと市民の身の回りの問題を解決していくべきだ、というのが自分の問題意識だった」と一連の報道を振り返る。富山の記者たちの挑戦は、これからも続く。(本文敬称略)

取材・文:石井 雅仁(ニッポンドットコム編集部)

バナー写真:情報公開で入手した富山市議会の政務活動費支出伝票(チューリップテレビ提供)

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