暴力団を離脱する人たちとその理由

廣末 登【Profile】

[2017.12.04]

暴力団の構成員数が減少する一方、離脱者の社会復帰は困難な状態が続いている。筆者は「追い詰められた離脱者は犯罪に走り、その度合いをエスカレートさせる」と指摘。社会的な「受け皿」の充実が必要だと訴える。

減少一途の暴力団人口

全国の指定暴力団構成員数が2016年末時点で約1万8100人となり、前年末から1割減ったことが、2017年3月の警察庁のまとめで分かった。2万人を割ったのは、統計が残る1958年以降初である。2010年から全国の自治体で暴力団排除条例(以下、暴排条例)が制定された後、暴力団離脱者数は、年平均600人で推移している。

暴排条例は法律ではないが、全国的に施行されているため法律同様の効果がある。この条例によって、暴力団のシノギ(資金獲得活動)が制約され、暴力団では「食えない」時代になっている。

筆者は、14年から約1年間、日工組社会安全研究財団の助成金を受け、西日本の暴力団離脱者、元親分など11人を対象に「なぜ離脱したのか」「いかに離脱したのか」を知るために、刑務所以外の場所で聴き取り調査を行った。

その結果、「子どもができた」「(子どもに会えないことによる)自由刑の忌避」、「親分の代替わり」などを契機に暴力団を離脱していることが分かった。加えて、暴力団を離脱する際、組織の制裁などは課されなくなっており、離脱自体は容易であることが確認できた。

暴排条例制定以降、暴力団離脱者が増加した理由は、単純に暴力団では「食えない」「(家族を)食わせられない」ことも一因であろう。そもそも、1991年に制定された「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」(暴力団対策法)により、一般社会と暴力団との間に壁が生じた。この壁をより強固にしたものが暴排条例である。現在の日本において暴力団員であることは、憲法で保障された「健康で文化的な最低限度の生活を営む」権利すら保障されない。これでは、妻子持ちの暴力団員が辞めたくなることは首肯できる。暴力団である当人以外に、その家族にまで不利益が及ぶから、離脱者が増え、暴力団人口が減少の一途をたどることは当然であるといえる。

難しい離脱者の社会復帰

現在は暴力団大量離脱時代であるが、離脱者は真っ当な生活を送って(送れて)いない。暴排条例が全国的に施行されてから7年間で、離脱者数は4170人である。このうち、当局が把握している就職者数は90人であり、全体の2%ほどであるから、98%はどうなったのかという疑問が生じる。さらに、就職した90人にしても継続的に就業しているかを知り得るデータは存在しない。

まず離脱者の社会復帰においては、企業社会がはらむ問題が指摘される。2016年7月に北九州市暴力追放推進会議が企業に対してアンケート調査を実施したところ、約60%の企業から回答がなかった。さらに、回答した企業の8割は、暴力団離脱者を雇用したくないと答えている。このことからも、離脱者雇用に消極的な企業の姿が見て取れる。

たとえ離脱者が就職できたとしても、懸念される問題がある。それは、職場におけるいじめであり、それが離脱者の社会復帰における障がいとなる可能性がある。

拙著『ヤクザと介護――暴力団離脱者たちの研究』(角川新書)において紹介している介護士の小山氏も、介護士職業訓練中に同期生からどう喝されたほか、職場で睡眠剤が紛失した際に疑われるなどのいじめに遭っている。

16年12月27日付の西日本新聞に「元組員更生に苦しい現実・職場になじめず『苦しかった』」という見出しの記事が掲載された。この離脱者は、知人の紹介で電気工事会社に就職した。しかし、職場の備品が紛失したことで同僚から疑いの目を向けられ、「犯罪者に仕事ができるのか」「このヨゴレが」などの面罵を3年間我慢したが、最終的には上司を殴って退社している。こうした職場でのイジメが離脱者の社会復帰を阻む事例は、筆者が知るだけでも枚挙にいとまがない。

「元暴5年条項」の見直しを

次に、暴排条例が離脱者の社会権を制約しており、離脱者の社会復帰を困難なものにしている。条例には「元暴5年条項」と言われる項目が存在する。この条項により、暴力団を離脱しても、おおむね5年間は暴力団関係者とみなされ、組員同様に銀行口座を開設すること、自分の名義で家を借りることができない。だからといって、暴力団員歴を隠して履歴書などに記載しなければ、虚偽記載となる可能性がある。現在、企業の体質に照らしても、こうした問題は社会復帰における高いハードルとなっている。

2016年、福岡県をはじめとする14都府県で広域連携協定が締結され、離脱者を雇用した企業に助成金を支払うなど、社会復帰を支援する施策が始まった。この施策をより実効的なものとするためにも、社会の意識改革や元暴5年条項適用条件の見直し検討などを同時並行的に行うべきであろう。

最後に、わが国においては、社会復帰という概念自体が曖昧である。当局は、離脱して就業すれば社会復帰したと判断しているようであるが、肝心なことは就業が継続しているかという点である。暴力団が社会に受け入れられていた1970年代から80年代にかけては、科学警察研究所により暴力団離脱者の追跡調査に基づく研究が行われていた。しかし、昨今、こうした研究はなされてはいない。

社会復帰の成否は、誰が、どのようにして判断するのか――この問題を行政任せにすることに筆者は違和感を覚える。暴力団離脱者問題が社会で注視される今こそ、研究者、民間団体、そして地域社会に暮らすわれわれ一人ひとりが、議論を深めるべきである。

受け皿制度の必要性

既述した通り、現在の日本社会では、暴力団員も離脱者も、暴排条例などでがんじがらめに縛られており、社会権が著しく制約されている。さらにいうと、彼らの家族までもが不利益を被る事態となっている。

暴力団員や離脱者の社会権制約に関しては、2012年に参議院の又市征治議員が平田健二議長に対し、「暴力団員による不当な行為の防止等の対策の在り方に関する質問主意書」を提出した。その中で、又市議員は「『暴力団排除条例』による取り締まりに加えて、本改正法案が重罰をもってさまざまな社会生活場面からの暴力団及び暴力団員の事実上の排除を進めることは、かえってこれらの団体や者たちを追い込み、暴力犯罪をエスカレートさせかねないのではないか。暴力団を脱退した者が社会復帰して正常な市民生活を送ることができるよう受け皿を形成するため、相談や雇用対策等、きめ細かな対策を講じるべきと考える」として、離脱者の社会復帰に資する「社会的受け皿の形成」に言及している。

しかし現時点では、離脱者が社会復帰したくても許容しない現実がある。そうなれば、彼らは生きるために、違法なシノギを続ける選択肢しか残されていない。筆者は調査過程において、社会に受け入れられなかった離脱者がアウトローとして違法なシノギを選択するさまを目にしてきた。それは例えば覚せい剤の密売、恐喝、窃盗、強盗、詐欺行為などである。又市議員が指摘した通り、社会的に排除され、追い詰められた離脱者は犯罪をエスカレートさせている。

ここで注意すべきは、社会復帰できなかった離脱者が、社会の表裏両方でアウトローとなっていることである。暴力団に在籍していれば掟が存在した。覚せい剤の密売をシノギとしていても未成年に販売しないなど暴力団内部のルールがあったが、アウトローに掟という楔(くさび)は存在しない。どんなことでもシノギにする危険な存在である。

排除ではなく、社会的包摂こそ、暴力団離脱者問題を好転させると確信する。1974年になされた科学警察研究所の調査では、離脱者の約3分の1が社会復帰しているからである。

わが国では、暴排という「北風の政策」が優勢である。しかし、アウトローを生まない社会実現のためには、地域社会が受け皿となり、離脱者を包摂する「太陽の政策」をも念頭に置く必要がある。「北風と太陽」の協働施策を実現するには、社会復帰の成功事例を積み重ね、社会で共有すべきである。その主体は行政に加え、企業や地域社会に生きるわれわれである。離脱者に限らず、更生者を受け入れる健全な社会なくして、安心・安全な社会の実現は難しいと考える。

主な参考文献

警察庁組織犯罪対策部暴力団対策課「暴力団員の社会復帰対策に関する警察の取組」『再犯防止推進計画等検討会資料』2017年

星野周弘「暴力団員の離脱過程に関する研究――暴力団員の追跡研究(Ⅱ)――」科学警察研究所報告15(1)、81-98頁、1979年

星野周弘、原田豊、麦島文夫、「暴力団からの離脱者の社会復帰に関する研究」科学警察研究所報告23(1)28-40頁、1982年

又市征治 第180回国会〈常会〉質問主意書第116号、「暴力団員による不当な行為の防止等の対策の在り方に関する質問主意書」

山之内幸夫『日本ヤクザ「絶滅の日」――元山口組顧問弁護士が見た極道の実態』徳間書店、2017年

 

バナー写真:(yoshi/PIXTA)

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  • [2017.12.04]

作家、久留米大学文学部非常勤講師。1970年福岡市生まれ。北九州市立大学大学院社会システム研究科博士課程修了。博士(学術)。専門は犯罪社会学。暴力団員とその関係者を多く取材・調査している。著書に『ヤクザと介護』(角川新書、2017年)『ヤクザになる理由』(新潮新書、2016年)など。

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