イチゴ栽培が切り拓く新たな日・ロ関係

佐藤 優【Profile】

[2017.12.21] 他の言語で読む : Русский |

安倍・プーチン首脳会談が山口県で開かれて一年、北方領土に新たな制度を設けて、日ロ共同のプロジェクトが始動しようとしている。外務省の元主任分析官の佐藤優氏は、今は新たな制度を巡って議論を交わすより、まず北方領土で具体的なプロジェクトを始めるべきであり、「イチゴの栽培に挑むことが日ロ関係を動かす」と指摘する。日ロ関係をどのように切り拓けばいいのか聞いた。

安倍・プーチン会談の意義

私は2016年12月に安倍総理の地元である山口県長門市、続いて東京で行われた一連の安倍・プーチン会談は基本的に成功だったと評価しています。北方四島の元島民が故郷を訪れる自由訪問に合意し、そして何より北方四島を日ロ両国の特別な制度のもとに置いて、共同経済活動を活発化するとの方針を示した意義は大きいと考えています。18年3月に大統領選を控えていたプーチン大統領がロシア国内にあった抵抗を抑え込んで、新たな合意に踏み込んだのですから。何もせずに、日ロ双方が、従来の原則論を繰り返していたのでは、両国の関係は滞ったままだったはずです。

具体プロジェクト先行を

しかしながら、新時代の日ロ関係を動かす手法については、双方のアプローチが異なっています。日本の外務省は、双方の法的、政治的な立場を毀損(きそん)しない大枠をまず作ってから、共同のプロジェクトを進めようとしています。しかしながら、これでは事態はなかなか動かないでしょう。なぜなら日ロが五分五分の議論をしている場合、北方領土を実効支配している側が有利になるからです。今は発想を大胆に変えて、基本的な枠組み作りからではなく、具体的なプロジェクトを先行して進めることが重要です。まず両国の首脳で決めて、プロジェクトを動かすことだと思います。安倍政権になって元島民の故郷への自由訪問を飛行機で実施すると決めたのは、その成功例と言えるでしょう。実質的に双方の立場を毀損しない方法でビザなし訪問に道が開かれたのですから。

新しい日ロ共同事業を進めよう

今後、こうした手法で進めていく具体的なプロジェクトとしては栽培漁業が挙げられます。ウニやホタテなどの栽培を手掛ける事業です。もちろん、大掛かりな栽培漁業が実現するかどうかは、日本国内の漁業関係者との関係もありますから、慎重に進める必要はあります。しかし、プロジェクト自体は、両首脳がリーダシップをとって決断すれば十分に可能です。

さらに環境に配慮した「エコツーリズム」、インターネットを駆使した「遠隔地医療」のプロジェクトも実現可能だと思います。実は北方領土には最新の医療施設はあるのですが、きちんとした運営ができない実態が指摘されています。「遠隔地医療」については、日本最北端の医科大学である旭川医大がとても積極的に取り組んでいます。こうした日本の先端医療の技術を借りて進めていけばよいと思います。具体的なプロジェクトを進めるに当たっては、ロシア側が出してきた規制に、たまたま日本の出した規制が一致していたという形を取ればいい。要は一種の「擬制」が成り立てばいいわけなのです。

両首脳の先行合意で、官僚組織に圧力を

航空機を使った交流、ウニやホタテの栽培漁業、エコツーリズム、遠隔地医療などは、具体的なメニューを決め、期限を定めて実施の作業日程を作って進めるのがいい。いま現地の要望がとても強いのがイチゴの栽培です。仕組みを作るのは少し難しいかもしれないが、やってみる価値はあると思います。次の日ロ首脳会談でわずか15分ほどでもいいから時間が確保できたら、そうしたプロジェクトの合意を取り付けることができます。それを内外に高らかに発表してしまえば、双方の外務省だってやらざるを得なくなりますよ。両首脳から官僚機構に圧力をかけなければ、新しい事業は前には進みません。

今はイクラが高騰していますが、これもサケ・マスの流し網漁ができなくなったのも原因の一つです。排他的経済水域(EEZ)を考えると日本は本来、ロシアから入漁料を取る立場にあります。しかし、従来の発想を少し変えて対応してみてはどうでしょうか。ロシアに対して暫定的に一定期間、入漁料を払ったとしても、北方海域で漁ができるようになれば、日本の業者も消費者もハッピーになれるはずです。ロシア側の生活を保全してあげる仕組みも並行して進めなければいけません。しかし、現状では、日本側は少しぼんやりしている印象を受けます。どのような事態が想定されるのか、ちょっと勘を働かせて機敏に対応していかなければいけません。

水産庁を巻き込んで平和条約の布石を

歯舞群島、色丹島を日本に引き渡してもらう交渉を本格的に進めるなら、早く農水省、とりわけ水産庁を巻き込む必要があると思います。プーチン大統領は日ロ平和条約がまとまっても、それに合わせて日米安全保障条約を改定することなどできないことは分かっているはずです。ですから、日米合同委員会で歯舞群島と色丹島にアメリカ軍基地は造らないことを申し合わせればいい。そう思っているはずです。日本側は見通しが甘くて、平和条約がまとまれば、EEZがそのまま帰ってくると思っている節がある。ロシア側は、既得権益としての漁業権を持っているから、ロシア漁民たちはそれを簡単に手放したりしないはずです。生活がかかっている問題で、日本に引き渡すと自分たちの生活圏が侵害される。そうなれば交渉は頓挫してしまう。このリスクを日本は気付いていないのです。だから早く農水省、水産庁を巻き込んで漁業関係の議論を重ね、問題の解決を急がなければなりません。

安倍首相が主導する対ロ外交は、基本的にはうまく運んでいると思います。しかしながら、そうした政治主導の流れに事務方がついていけないのが実情です。うまく流れ始めている日ロ外交を、オールジャパンでいま少し下支えしなければいけません。今は、ちょっとテンポが遅くなっているので、目に見えるかたちでいくつか成果を出していく必要があると思います。日ロ外交当局の奮起を促したいです。

バナー写真:日ロ両政府が進める共同経済活動をテーマに、島民と意見交換する国後島ビザなし訪問団=2017年5月21日、国後島(時事)

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  • [2017.12.21]

1960年東京都生まれ。作家・元外務省主任分析官。日本外務省切っての情報分析のプロフェッショナルとして各国のインテリジェンス専門家から高い評価を得た。イギリスの陸軍語学学校でロシア語を学んだあと、モスクワの日本大使館に勤務し、クレムリンの中枢に情報網を築きあげた。著書に『国家の罠』『自壊する帝国』(いずれも新潮文庫)など多数。

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