都市と地方をかき混ぜる—『東北食べる通信』の挑戦

社会

情報誌『東北食べる通信』は、生産者の人となりや仕事への思い入れなど、食べものの裏側にある物語を徹底的に取材し、読者に届ける。巨大な流通システムによって分断された生産者と消費者を結び付け、地縁や血縁を超えた新たなコミュニティを作るのが狙いだ。

止まらない一次生産者の減少

私が生まれる少し前の1970年に日本に1025万人もいた農家は、2016年には200万人を下回った。そのうち65%が65歳以上の高齢者だ。40歳未満の若い農家はたったの11万人しかいない。漁師に至っては、同じ1970年に57万人いたのが、今や16万人。そのうち6万人は65歳以上の高齢者で、40歳未満は3万人を割り込んでいる。

背景にあるのは生産物の買い取り価格の安さだ。消費者と生産者が大きな流通システムによって分断されてしまったこの国で、私たち消費者が得られる食べ物の情報は、値段、見た目、食味、カロリーなど全て消費領域に偏っている。そのため消費者は生産現場の苦境を知るよしもなく、少しでも安くて良いもの買おうとする。そして価格交渉力の弱い生産者は、常に価格競争のしわ寄せをくってきた。農家漁師の子どもたちは親から「ここでは食っていけない、都会に出ろ」と言われて育ち、郷里を離れていくのだ。

復興支援で見出したヒント

衰退著しいと言われる農漁村だが、東日本大震災支援を通じそこに駆け付けた多くの都市住民は、復興支援活動に従事し、温かい地域コミュニティと交流する中で、「人、地域、自然との関わり」や「生きる実感」という、都会で渇望していたものがそこにあることを発見した。被災地を訪れた支援者たちは、都会に帰っても被災地の特産品などを取り寄せて食べ、折りに触れて被災地へ足を運んでいる。被災地側でも、ITやマーケティングなどのスキルをもった人たち、ワカモノ・ソトモノが入ることで、従来はなかった発想の事業や活動が生まれている。

都市と地方はそれぞれに課題を抱え疲弊しているが、都市と地方をかきまぜることで、都市の人は生産現場で自然やコミュニティを満喫し、生産者は自分の農作物のファンを増やせるなど、双方の課題を解決する糸口を見つけることができる。それが現代社会の閉塞感を打ち破る道なのではないか。食べ物の裏側にいる血の通った人間の存在を理解し、自分たちの食を誰が作っているのかを知ると、食への向き合い方、選び方も変わるのではないか。

こうしたビジョンを持ち、被災地で出会った仲間と2013年にNPO法人「東北開墾」を立ち上げた。生産現場にいる血の通った人々の姿を情報誌という形にまとめ、生産者自身が育てた食べ物と一緒に届ける。食べものつき情報誌『東北食べる通信』として事業構想をまとめ、同年7月に創刊した。

史上初の食べものつき情報誌

『東北食べる通信』は毎月、私たちが注目する東北各地の生産者を現地に訪ね、その人となりや仕事への思い入れ、作物の生産方法から風土、調理方法まで徹底的に取材することから始まる。読者が食材をおいしく調理できるよう、レシピにも工夫を凝らす。イラストや写真をふんだんに使いながら、生産現場のありのままの姿を伝える。こうして、A3判16ページの情報誌を作り、それとセットで作り手が自慢できる生産物を定期購読者に届ける仕組みだ。情報誌が主で食べ物が従という、発想を逆転した産地直送便だ。読者限定のフェイスブックグループでは、生産者と消費者が直接、交流する。読者が思い思いに料理した写真とともに、生産者に向けて「ごちそうさま」「おいしかった」と感謝の気持ちを伝えるのは毎号恒例のことだ。生産現場と消費地は距離的に離れていても、インターネット上で顔と顔が見える関係になる。すると読者が生産地を訪ねていくことも珍しいことではなくなる。

『東北食べる通信』の玄米を特集した号の誌面

創刊号は東日本大震災をきっかけに、商社での安定した仕事をなげうって帰郷し、宮城県石巻市の漁村の復興に懸けているカキ漁師を取り上げ、彼のライフストーリーを特集した情報誌とカキをセットで読者に届けた。

「理解と感謝」がおいしくする

創刊号の反響は大きく、口コミだけで2カ月で800人もが有料定期購読者として申し込みをしてくれた。読者になった都市住民には、いくつかの「化学反応」が起きた。一つは、送られてくる生産物への評価。同じカキでも冬野菜でも、普段スーパーで買っているものよりもはるかにおいしいと言う人が圧倒的に多い。また、もともと苦手だった食材が届いても、「初めておいしく食べられた」という感想が多く寄せられる。「産地直送だから」「手間暇かけたこだわりの生産物だから」ということもあるが、一番の理由は、食べ物の裏側の物語を知ったことで、舌だけでなく頭でも味わうようになったことが大きいのではないかと思う。これは私自身経験しているのでよく分かる。育ての親である生産者の思いに触れ、その栽培方針や生育のプロセスを知ることで、「理解と感謝」の気持ちが湧き、一層おいしく感じられるのだ。

採れたての新鮮なカキを、育てた漁師の解説を読みながら頬張ると、都会のオイスターバーで食べるよりもはるかにおいしい。漁師のおばちゃんが海岸から採ってくる海藻を、お湯に入れてパッと緑色に変わった瞬間の驚きとおいしさは、都会では簡単に味わうことができない。そういう感動を都会のマンションまで届けるのが、『東北食べる通信』だ。現在、月間購読料は2580円で、1200人が購読している。

『東北食べる通信』の創刊後、全国から「私の地域からも『食べる通信』を創刊したい!」という問い合わせや相談が寄せられた。私たちは2014年に一般社団法人「日本食べる通信リーグ」を設立。全国の創刊希望者のサポートと連携促進にも活動の範囲を広げている。

『加賀能登食べる通信』の甘えびを特集した号の誌面

地縁や血縁を超えた新たなコミュニティ

日本は今、都市も地方もコミュニティの力が弱くなり、元気がなくなっている。「都市か地方か」という二項対立的に議論されることが多いが、どちらにも長所と短所がある。そのバランスがうまくとれた社会を実現したいと私は考えている。

具体的には、地縁や血縁を超えた新たなコミュニティだ。新しい「ふるさと」とも言えるような、何かあった時にお互いに助け合う安全網にもなるところ。実際に、読者が生産者を訪ねに行ったり、生産者が東京でイベントをしたりと、行き来が数多く生まれている。だからこそ、全国に『食べる通信』を広げていきたいと考えている。日本全国でそうした意識、ライフスタイルを持つ人が増えれば、生産者の社会的地位も上がっていくだろう。

『ふくしま食べる通信』のトマトを特集した号の誌面

現在、食べる通信リーグの国内加盟団体は37に上る(2017年12月現在)。これを100通信に増やすことを目標にしている。さらに、台湾、韓国、中国とアジア各地で『食べる通信』創刊を模索する動きが広がっている。台湾では、『雲林食べる通信』『中台湾食べる通信』などすでに4誌が発行されており、スピード感に驚いている。少子高齢化や生産現場の疲弊、担い手不足、都市への人口一極集中と、抱えている課題は東アジアで共通。こうした社会課題に挑む各国の志ある人たちと連帯し、協働することにワクワクしている。

先日、ある人から「早く行きたいなら一人で行け。遠くに行きたいならみんなで行け」という言葉を教えられた。私たちが目指す“生産者と消費者が連帯する社会”は、はるか彼方にあるように見える。だからこそ、同じ課題に向き合う仲間を東アジアにも増やし、ビジョンをともにする仲間たちと進んで行きたいと考えている。『東北食べる通信』のメインコンセプトは“世なおしは食なおし”。この旗を私は今後も振り続ける。

『さいきあまべたべる通信』の郷土食「ごまだし」を特集した号の誌面

バナー写真=全国各地の『食べる通信』

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