卓球ニッポン、若手が大躍進:前原正浩氏(国際卓球連盟副会長)に聞く
[2018.01.12] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS |

若手選手の活躍が目覚ましい日本の卓球界。女子や男子のトップが大会ごとに入れ替わり、新たな選手が注目を集める。躍進の舞台裏について、長く強化に関わってきた前原正浩氏に聞いた。

前原 正浩

前原 正浩MAEHARA Masahiro国際卓球連盟副会長、日本卓球協会副会長。1953年、東京生まれ。現役時代は全日本選手権男子シングルス、男子ダブルス優勝(ともに1981年)など、日本代表として活躍。ソウル、アトランタ、シドニーの各五輪では日本代表監督を務めた。

日本卓球界の若手選手から目が離せない。2016年10月のワールドカップで、平野美宇=当時(16)=が女子シングルスで優勝。17年6月の世界卓球選手権(ドイツ・デュッセルドルフ)では、42年ぶりに金1、銀1、銅3と5つのメダルを持ち帰った。男子シングルスでは、13歳の張本智和が史上最年少でベスト8に進み、世界を驚かせた。

国際卓球連盟の世界ランキング(2018年1月現在)では、石川佳純(24)が日本人女子トップの4位、これに5位伊藤美誠(17)、6位平野美宇(17)、11位早田ひな(17)と若手がずらりと続く。

世界卓球が行われたドイツから帰国し、獲得したメダルを手に笑顔を見せる(後列左から)平野美宇、伊藤美誠、早田ひな、丹羽孝希、(前列左から)吉村真晴、石川佳純、大島祐哉、森薗政崇=2017年6月7日、千葉・成田空港(時事)

「世界に勝つ」強化は小学生から

ようやく脚光を浴びるようになった日本だが、ほんの少し前までは世界は遠かった。1950年代から60年代にかけて世界選手権で12回優勝した故荻村伊智朗氏が、小学生の全国大会を創設したのが1981年のこと。「でもその大会で優勝した子の中で、オリンピックに個人出場できたのは2000年までで2人だけだった。指導者の目は世界でなく全国大会に向き、目先の勝ちに走りすぎた傾向があった」と前原正浩氏は言う。「世界のプレーが進化すると、日本は勝てなくなってきた。当時日本では世界で勝てるプレースタイルを若年層に指導できる者が少なかったのです」

味の素ナショナルトレーニングセンターで取材に答える前原正浩氏。後方は、練習するJOCエリートアカデミーの選手たち。撮影=長坂 芳樹

代表監督だった前原氏は、2001年10月に競技者育成プログラム作成担当となる。「小学生の研修合宿を実施し、世界で勝てるプレースタイル、心構えを持つ選手らを育てることが喫緊の課題でした」と当時を振り返る。

そこで、小学生対象の全日本選手権大会(ホープス=小6以下、カブ=小4以下、バンビ=小2以下の部)で、上位選手と将来性のある選手を20~24人選抜し、年に1回、2泊3日の研修合宿に招いた。他の競技と異なる、この合宿の大きな特徴は、選手とともに指導者、保護者にも参加してもらう点だ。

同時に小学生対象の「ホープスナショナルチーム」を創設し世界を目指した。

技術だけでなくメンタル、栄養面まで指導

「ホープスナショナルチームに必要なものは世界基準の技術、発育発達に合わせた身体トレーニング、メンタル、栄養の4つ」と前原氏は言う。

「まず、世界で勝つためにはバックハンドもフォアハンドも同じように攻撃できるプレースタイル(技術)が必要です。メンタル面では、自分に不都合なことが起きると『キレる』状況から、耐えて我慢し、平常心を保つ心を育てなくてはなりません。また合宿や遠征中に、バイキングスタイルの食事で好物しか食べようとしない子どもたちには、疲労時の栄養補給やバランスの良い食事を取ることの大切さを伝えました。自分がそのメニューを選んだ理由をみんなの前で説明し、プレゼンテーション能力を高めるトレーニングも行います」

「海外の食事を作る」をテーマにした調理実習(左)と、自分が作った南アフリカのメニュー「パップ」について説明する張本智和(日本卓球協会提供)

「強豪校が集まる全国大会の監督会議では、ビデオ映像を駆使して国際大会の技術傾向を伝達し、講習を行ったりもしました。最初は『そんなことに時間をとられたくない』と離席する指導者もいましたが、続けるうちに『おっ、あそこに行くといい情報が入手できるらしい』と人が集まるようになってきました」

「映像を見せると、すごくわかりやすいのです」と言う前原氏は、常にカメラを手にしている。「選手、監督時代からです。中国やスウェーデンで新たなサービスを出す選手を見つけるとビデオに収め、相手を分析していたのです。まだカメラやビデオデッキが重く、かさばる時代でした」

プレーの様子だけではない。小中学生たちには、大会会場に残された山のような忘れ物の写真を見せる。マナーの悪い試合の例なども映像で紹介し、子どもたちに気づきを促した。

5年ほどかかったが、その成果は徐々に表れてきた。2016年のリオデジャネイロ五輪で、日本勢初の個人銅メダルを獲得した水谷隼(28)は、02年にホープスナショナルチームに入った一期生。石川佳純もホープスで頭角を現した。

08年には、東京都北区にナショナルトレーニングセンターが設立された。有望選手を、近隣の中学に通わせ、「JOCエリートアカデミー」として年間を通じて育成する取り組みが始まった。

「世界と戦う」という指導は徹底している。ナショナルチームの選手にはサッカー日本代表選手が英語で審判に抗議している映像を見せ、国際大会で審判にアピールする能力の必要性を説いた。

全日本卓球男子シングルス決勝。歴代単独最多となる9度目の優勝を遂げ、歓喜する水谷隼 2017年1月22日(時事)

卓球のプレゼンス向上へ、演出も変えた

「福原愛の活躍で卓球に人気が出てきた2004年当時、全日本選手権大会のポスターすらなく、試合、表彰やイベントプレゼンテーションなど、残念ながら魅力的な演出とは言えなかった」

前原氏は卓球のプレゼンスを高めるために「大会の演出を変えたい」と理事会に提案。周囲を説得するため大会関係者と格闘技「K-1」を視察しに、日本武道館に足を運んだこともある。「客席の一番上からマッチ箱のような中央リングを見降ろしていると『プシュ、プシュ、パーン』と鮮明な音が聞こえてくるんです。驚くような臨場感。気がつくと後方のスピーカーから音が出ていたのです」

その後、前原氏は卓球台の下に集音マイクを設置し、自ら観客席でスピーカー音のチェックを行った。試合の見せ方、演出もがらりと変えたら、臨場感がぐっと高まった。

「何もしなければ、何も生まれない」が前原氏のモットーだ。

02年に25万8000人だった日本卓球協会登録会員数は、16年には33万3000人と7万5000人増加した。登録会員の約半分が中学生だと言う。人気が高まり、若手の競技人口が増えれば強化の底上げにもつながっていく。

18年秋には、サッカーJリーグの卓球版、プロ卓球Tリーグも始まる予定だ。20年の東京五輪をどのように見据えているのか。前原氏は「何とか金を取りたいです。選手もそのつもりでやってくれています」と目標を口にした。

リオデジャネイロ五輪で銅メダルに輝いた日本女子チームと。左から石川佳純、福原愛、前原氏、伊藤美誠(日本卓球協会提供)

取材・文=土井 恵美子(ニッポンドットコム編集部)

バナー写真:第21回ジャパントップ12卓球大会 女子シングルスで優勝した石川佳純のフォアハンド=2017年3月4日、東京・代々木第2体育館(時事)

この記事につけられたタグ:
  • [2018.01.12]
関連記事
最新コンテンツ

ピックアップ動画

最新の特集

バナーエリア2
  • nippon.comコラム
  • in the news
  • シンポジウム報告