無戸籍問題を考える—民法「嫡出推定」の不合理

社会

親が出生届を出さないために、「無戸籍」となった子どもたちがいる。その背景には、家族の在り様が大きく変わった今も、法的な親子関係が明治時代に施行された民法に縛られている実情がある。

家族単位で編製される日本の戸籍

社会生活において、個人の氏名、出生年月日、国籍、家族関係などを証明しなければならない場合がある。例えば、パスポート取得の際には国籍、婚姻の際には重婚や近親婚に当たらないこと、相続の際には相続人であることの証明などである。各国はこうした証明制度を設けている。欧米では出生証明書、日本では戸籍である。

日本では、父または母が日本人であれば、子は日本国籍を取得できる。従って、子は戸籍に記載されていない無戸籍者であっても、父または母が日本人であれば、日本国籍を取得できる。一方で戸籍に記載がない場合、父または母が日本人であること、自分がその人の子であることを個別に証明するのは大変な作業である。

戸籍には日本人(天皇と皇族は「皇統譜」に記載)しか記載されないから、戸籍に記載されていれば、日本国籍も父母が誰かも簡単に証明することができ、安心して社会生活を営むことができる。前述のように、日本ではパスポートの取得、婚姻の届け出、相続の登記の際に、戸籍の全部事項証明書(家族全員が記載されている証明書=戸籍謄本)、または個人事項証明書(本人だけが記載されている証明書=戸籍抄本)の提出を義務付ける。戸籍に記載がなければ、これらの証明書を提出できない。つまり、海外旅行や海外留学ができない、結婚できない、親の遺産分割で土地を取得しても登記ができないことになる。無戸籍者の無権利状態が生まれるのだ。

さらに問題なのは、個人別身分登録制度の欧米とは異なり、戸籍は1組の夫婦と氏を同じくする子という家族単位で編製されることである。日本は、婚姻の際に夫または妻の氏のどちらかを夫婦の氏 (姓)として定める「夫婦同氏制度」である。夫婦の約96%が夫の氏を選択している。この場合、夫が戸籍の見出し(戸籍筆頭者)となり、夫、妻、夫婦の間に生まれた子が順次、戸籍に記載される。戸籍は証明の手段を超えて、夫婦と子を標準的とする家族像を示す機能を果たしている。この家族単位の制度が無戸籍者を生じる一因にもなっている。

確認できた無戸籍者1495人

法務省が確認できた無戸籍者の数は、調査が始まった2014年7月から17年10月10日時点で累計1495人。このうち、780人は既に戸籍を取得したが、残る715人は無戸籍のままで、その49.2%が就学前の児童である(17年11月法務省発表)。

通常であれば、妊娠が分かれば検診を受け、母子健康手帳を受け取り、出産すると保健師が関わり、新生児検診などを行う。出生届の有無はこの過程で確認可能だが、親が社会的に孤立していたり、育児放棄などをしているために、このルートに乗らず、親が子の出生届を出さないことがある。14年7月8日の朝日新聞は、第1面のトップに「無戸籍17年 誰も知らない 親に隠され学校に行けず」との見出しで無戸籍者問題を掲載した。NHKも報道番組「クローズアップ現代」で何度かこの問題を取り上げ、無戸籍の子どもや大人の存在が知られて社会問題になった。

法務省や兵庫県明石市など地方自治体が対応を進め、無戸籍でも住民登録、国民健康保険証の取得、児童手当などの受給、乳幼児健康診査や予防接種の受診、保育所・幼稚園への入所・入園、小中学校への就学・就学援助など行政のサービスを受けることができるようになった。しかし、このことを知らない当事者が多い。

他方、法務省が把握したところによれば、無戸籍になった理由の75.1%は、民法の親子関係を定める規定にあった。

「嫡出推定」が引き起こす問題

民法では、妻が婚姻中に妊娠した子を夫の子と推定する(民法772条1項)。これを「嫡出推定」という。婚姻中に妊娠したかどうか証明が難しいこともあるので、民法は、婚姻の成立から200日経過後、または婚姻解消の日から300日以内に出生した子は、妻が婚姻中に妊娠したものと推定する(2項)。

以上のことから、微妙な問題が生じる。例えば、(ア) 夫のドメスティックバイオレンス(DV)から逃れるために妻が家を出る。その後、親切な男性と出会い、親密になり、妊娠し、出産する。しかし、民法772条によれば、妻が婚姻中に妊娠したのだから、子の法律上の父は夫になる。(イ) 別居中に妻が他の男性と親しくなる。ようやく離婚が成立し、この男性と再婚したが、子は離婚から300日以内に出生した。再婚相手の子であることが分かっていても、民法772条により、子の法律上の父は前夫になる。

出生届には父母の氏名を記載するが、法律上の父は、(ア)では別居中の夫、(イ) では離婚した前夫だから、父欄にはその氏名を書かなければならない。血縁上の父の氏名を記載しても、出生届は受理されない。夫婦の氏として夫の氏を選択し、夫が戸籍筆頭者になっている場合、もしこのまま出生届を提出すれば、子は(ア)では夫の、(イ)では前夫の戸籍に記載される。母親としては子の父が誰か分かっているだけに納得がいかない。特にDVが原因で別居・離婚に至ったような場合には、夫・前夫が戸籍を見て事実を知り、出生届を閲覧して、妻・前妻の所在を把握する恐れがある。こうして母親が子の出生届を出したくても出せない事態が生じる。

法務省によれば、無戸籍者の母の婚姻状況は、婚姻中に子どもが生まれ、現在も婚姻継続中が11.2%、婚姻中に出産、現在は婚姻解消が15.7%、離婚後300日以内の出生が50.9%である。

困難な「事実上離婚状態」の証明

家庭裁判所は、妻が妊娠した時点で、夫婦が長期別居など事実上の離婚状態にあるなど、外観から見て夫婦の実態がない場合には、民法772条を適用しない。利害関係のある人は、いつでも誰でも、夫や前夫と子との間に法律上の父子関係が存在しないことを確認する訴え(親子関係不存在確認の訴え)を起こすことができる。妻や子もこの訴えを使うことができるが、妊娠期に事実上離婚状態にあったことを証明しなければならない。夫や前夫からの証言など協力を得られない場合、あるいは夫や前夫と関わりを持ちたくない場合には、この証明は難しい。

他方、2007年6月から、法務省は、離婚後300日以内に子が出生した場合に、離婚後に妊娠したことについて医師の証明書を添付すれば、現夫の子あるいは父のいない子として出生届を提出できるようにした。しかし、前述(ア)や(イ)の場合には、救済されない。

民法改正の実現を

「児童の権利に関する条約」(1989年国連総会で採択)は、「児童は、出生の後直ちに記載される」と規定する。日本政府には、子どもが生まれれば、出生届が出され、戸籍に記載され、無戸籍という事態が生じないような制度にする条約上の義務がある。そのために親子関係を定める民法を改正する必要がある。

私見では、手続きと時間のかかる裁判をしたり、プライバシーに関わる証明書を添付しなくても、安心して母が子の出生届を提出できる制度、子と血縁関係にある父を法律上の父として、子のアイデンティティーを確保し、成人するまでの養育を保障する制度にすべきと考える。

例えば、民法772条1項を、「妻が婚姻中に出産した子は、夫の子と推定する」といった内容にすれば、離婚後、再婚して生まれた子は現夫の子と推定されるので、前述(イ)の問題は解決する。また、現行法では、嫡出推定を覆す権利(嫡出否認権)を夫にしか認めていないが、これを妻と子にも認めるべきだ。そうすれば、妻は夫と子の間に血縁関係がないことを証明して法律上の父子関係を否定し、その上で血縁上の父に認知してもらうことができるので、(ア)の問題も解決する。そもそも妻に対し、自分が出産した子の父について何の発言権も認めていない現行制度自体が不合理なのである。

各国ともこうした法改正を実現している。韓国は2005年3月、妻に嫡出否認権を認めた。07年5月には、戸籍制度を廃止し、個人単位の家族関係登録制度に改正した。日本国憲法24条が規定する個人の尊厳と両性の本質的平等の視点からは、韓国型の制度こそ望ましい。これによって民法772条から生じていた無戸籍者の問題は根本的に解決する。韓国にできた法改正が日本にできないはずはない。

(2018年2月1日 記)

バナー写真:2008年6月大阪市で記者会見する無戸籍の女性(中央手前の後ろ姿)。母親の夫によるドメスティックバイオレンスが原因で出生届が出されなかったために無戸籍となり、その後事実婚で出産した子ども2人も無戸籍だった。会見では国に救済措置を求めた(2008年6月2日撮影/時事)

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