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保健室から見えてくる子どもたちの今—日本独自の職種「養護教諭」が担う役割

秋山 千佳【Profile】

[2018.03.13]

さまざまな問題を抱えた生徒に向き合う保健室の先生―養護教諭―は、虐待などの兆候を見逃さず、継続的なケアを行う。海外の専門家には子どもを心身共に支える日本独自の職種として評価されるが、国内での認知度はまだ低い。

けがだけではなく心のケアも

日本の全ての小中学校に保健室がある。学校でのけがの手当や突然の発熱など、保健室に一度も入ることなく大人になった日本人はまずいないはずだ。その役割は時代とともに変化し、重みを増している。昔のようにけがや急病だけでなく、貧困や虐待などいろいろな困難を抱えた子どもたちが駆け込んでくるようになったからだ。

そんな子どもたちと保健室で向き合っているのが、日本独自の職種である「養護教諭」だ。もっともこの正式名称を知る人はさほどおらず、「保健室の先生」などと呼ばれることが多い。大学などの養成課程を経て免許を取得した教員であり、基本的には1校1人の配置。医療行為は応急処置の範囲に限られるが、子どもの健康問題に日常的に対応するため保健室に常駐している。

養護教諭の一番の特長は、他国のスクールカウンセラーやスクールナースがそれぞれ「心」と「体」に特化しているのと異なり、生徒の心身を丸ごと捉えて継続したアプローチができることだ。小中学生の年齢では、言葉にできない苦しさが「だるい」「頭が痛い」といった曖昧な体の不調となり、保健室に来ることがある。そんな場合、養護教諭がじっくり接するなかで、体の手当だけでなくその子が抱えこんでいる悩みまで引き出していく。

とはいえ保健室の現状を知らず、その重要性がピンとこないという人は多いだろう。そこである小学校の保健室の1日を紹介したい。

不自然なけが―虐待の可能性を想定

関西の郊外にあるA小学校は児童数500人超。保健室には多い日で60人近くが来室し、養護教諭の鈴木先生(仮名)が対応する。

月曜日の午前8時。週明け最初の来室者は、1年生の大地君(仮名)だった。鼻の頭に傷があることに担任が気付いて連れてきたのだ。傷は1センチほどで、すでにかさぶたになっている。大地君は「転んで家の階段で打った」と説明した。

「痛かったやろ。いっぱい泣いた?」と優しく声をかける鈴木先生。

「うん」

「いつ打った?」

「……今朝」

「今朝と違うやろ? 傷の治りが早すぎるわ」

彼が困り顔になると、鈴木先生はその場ではそれ以上追及せず、手当てを始めた。

大地君が保健室にいると聞きつけた校長がカメラ片手にやって来て、絆創膏(ばんそうこう)を貼る前に大地君の顔を撮影する。「この写真、卒業の時に使おうな」と言われて大地君はほほ笑んだが、鈴木先生の触診に対して鼻柱全体に痛みが響いているような反応を示した。

実は、彼は不自然なけがで来室することがこれまでにもあり、虐待の可能性を抱えているとして学校から児童相談所にも連絡している子だ。写真撮影は、虐待の可能性を想定して証拠を残しておくためのものなのだ。

虐待を受けている子は親をかばって真実を隠すことがある。無理に聞き出そうとするとなおさらだ。鈴木先生がそうせずに丁寧に対応してくれたのがうれしかったのか、大地君はこの日何度も保健室へやって来ては、「土曜日も同じところを打って痛い」「昨日は夜9時に寝て3時に起きた」などと気になる言葉をこぼしていった。鈴木先生は注意して聴き取りながら情報を積み重ねていき、校長など関係者に共有していく。

「死にたい」「リセットしたい」を繰り返す児童

始業チャイムが鳴るころ、保健室で1年男子と6年女子がテーブルで計算ドリルや漢字のプリントを広げた。自分の教室には緊張して入れないが、ここなら大丈夫という子たちだ。保健室は学校の中にありながら子どもにとって「成績で評価されない」「否定されない」という貴重な場だ。「保健室登校」という言葉もあるほどで、放っておけば不登校になりかねないが、保健室をステップに教室に入れるようになる子も多い。

休み時間になると、「鼻血が出た」「頭痛い」などと子どもが次々とやって来る。冬場は熱を出す子も多い。鈴木先生は体温計を渡したり保護者に連絡したりと駆け回りながらも、なぜ風邪をひくのか、どうすれば治りやすいかといった話をする。

6年生の真君(仮名)が、「座ってるだけでしんどい」と言いながらだるそうに入ってきた。鈴木先生が「どうしたい?」と尋ねると、「死にたい」と即答した。

鈴木先生によると、「死にたい」「リセットしたい」という子どもの言葉を耳にする頻度が年々増えているとのこと。真君はまさにその代表例で「死にたい」を繰り返す。

彼は自分の思い通りにならないと暴れたりつかみかかったりすることがあり、同級生からは恐れられ、大人からは問題児と見られてきた子だ。ブランド物の子ども服に身を包み、一見、裕福な家庭で甘やかされているように見える。しかし保健室で弱さをさらけ出す彼と接していると、そうではないことがわかる。

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  • [2018.03.13]

ジャーナリスト。1980年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、朝日新聞社に入社。大津、広島の両総局を経て、大阪社会部、東京社会部で事件や教育などを担当 。2013年に退社し、フリーに。著書に『ルポ保健室 子どもの貧困・虐待・性のリアル』(朝日新書、2016年)、『戸籍のない日本人』(双葉新書、2015年) 。

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