アダルトビデオ業界で何が起きているか—「AV女優」の人権・権利を守る取り組み

社会

アダルトビデオ業界の仕組みはあまり知られていないが、近年は「出演強要」問題が表面化し、その内情が注目を浴びている。AV業界改革に関与する社会学者が、業界の過去と現在を俯瞰しながら、業界改善への取り組みと課題を解説する。

相次ぐ「出演強要」問題

2016年3月に人権団体からAV(アダルトビデオ)女優の「出演強要」が起きているとの調査報告書が発表され、内閣府の男女共同参画会議が法規制を検討し始めた。その後、いくつかの事例がマスコミで大きく報道されて注目を集めた。ただし、「強要」は物理的な力を伴っておらず、出演拒否に対する違約金の請求による脅しなど言葉によるものであるため、「強制性交罪」(強姦)などの刑法犯には問われていない。16年7月には、大手AVプロダクションの元社長など3人が労働者派遣法58条=「公衆道徳上有害な業務」に派遣すると最高で懲役10年、罰金300万円に処する=を根拠に逮捕され、有罪判決(罰金)を受けている。

こうした事態を受けて、17年4月、合法のAVメーカーと配信・販売・レンタル業者からなる団体「知的財産振興協会」(IPPA)、プロダクションの連合「日本プロダクション協会」(JPG)、AV女優の連合「表現者ネットワーク」(AVAN)が手を結び、「AV業界改革推進有識者委員会」(現・AV人権倫理機構)を設立し、業界の改善のために動き始めた。私はこの委員を務めているが、本稿では第三者的に広い視野から日本のAV業界を俯瞰(ふかん)し、その上で現状を診断したい。

「わいせつ表現」との微妙な線引き

日本における女性の裸の扱いは、社会的にも法制度的にも、かなり独特なものとなっている。古事記の冒頭に性交シーンがあることや、江戸時代の葛飾北斎の絵に代表されるように、性表現に対するおおらかさが日本の伝統であると同時に、近代以降の法制度は、映画や写真におけるキスシーンさえ検閲の対象にしてきたという厳しい取り締まりの伝統もある。D・H・ローレンスの『チャタレイ夫人の恋人』の翻訳者と出版社が刑法によるわいせつ図版の頒布禁止により有罪とされた1957年の判例が、芸術作品であってもわいせつにあたるとしたことは有名である。

60年代にテレビが普及して映画産業が衰退し始めたため、女性の裸を売りにするいわゆるピンク映画が70年代に量産され、警察との緊張関係が生まれた。自ら「ポルノ」と名乗っていたが、性器は全く見えず、性交シーンは全て疑似にすぎなかった。

現在のアダルトビデオの始まりは80年代で、VHSビデオでの販売と、疑似ではない性交を特徴とした。わいせつ表現かどうかの線引きは、性器が見えないように映像を処理することで一応の決着を付け、日本コンテンツ審査センターなど3団体がAV作品を審査している。これらの団体には警察OBが天下り、監督官庁はないものの、この業界に最低限の秩序を保障している。海外のAVは、性器が隠されていなければ、日本で販売すると逮捕される。一般映画も一部シーンのカットや画像修正がなされている。

売春と「強姦罪」

最近の「出演強要」を巡る騒動は、わいせつ問題ではなく、撮影時の人権侵害だ。人身売買により性を売らされている問題が世界的に注目されている中で、刑法の人身売買罪を適用すべき犯罪だという声も一部にあるので、日本における人身売買についても言及しておきたい。貧困者から娘を買って性風俗業者に売り飛ばす仲介業である女衒(ぜげん)と呼ばれた職業が中世には存在した。中世から禁止令が出されているが、近代に入って人身売買が法的に禁止された後も、現実には存続した。日本の遊郭を売春産業と同一視してはならないが、遊郭に売春の機能が内包されていたことも事実であった。

廃娼運動を背景に明治政府は、1900年の娼妓(しょうぎ)取り締まり規制などにより遊郭に対する規制を強めていき、第2次大戦後には公娼(こうしょう)制度が廃止され、ついに57年売春防止法が成立した。これにより例外措置として特別に売春が認められていた地域が一斉にほぼ消滅した。ところがその結果、風紀の乱れが是正され健全な社会が実現したどころか、全国の強姦事件発生率が翌年には1.5倍(約6千件)に跳ね上がった。明らかに大失敗であった。結局、遊郭は消えたが、新手の風俗産業が程なく勢いを取り戻した。

だが、戦後治安が大きく改善したこともあり強姦事件は減少し続けて、現在は当時の3分の1以下、未遂も含め全国で年間2000件に届かない。もちろん、報告されないケースも多いとみられるので、実際の被害件数はもっと多いだろう。

いずれにせよ、法律によってAVを全面禁止しようとしても、本質的な問題解決にはならないと筆者は考えている。

「無修正AV」配信と海賊版の氾濫

AV業界の動向に話を戻そう。1980年代には出演女優を見つけるのに苦労し、監督が必死の説得をしたといった逸話も聞くが、90年代には望んで出演する女優が現れ、深夜テレビ番組に出演するなど活躍し始めた。非常に大きな利益も得られ、この頃には会社組織がしっかりして納税もするようになっている。21世紀に入ると、出演を志願する女性が大勢来て大半は断られる状況になったと聞く。しかし、私が2017年夏に実施した業界アンケートによると、稼げる女優の発掘は、いまだにスカウトに負う部分が大きい。

10年前あたりから、AV業界の景気は落ち込み始めている。これはインターネットの普及のせいだ。DVDの販売とレンタルに加えて、ネット配信も盛んになったが、この領域では、海外配信の「無修正AV」と言われるものが問題となっている。前述のように、日本のわいせつ物頒布罪を免れるためには性器を見せない映像処理が必要だが、未処理の作品が「無修正」と呼ばれ、日本の女優を使って日本国内で撮影されて海外から配信されているのだ。

2000年代には国内法を適用できなかったが、法改正と法解釈の変更により、11年以降は取り締まり対象である。しかし、摘発は少ない。また、合法AV、無修正どちらも海賊版が売られている。無修正と海賊版という2種類の非合法AVは高く売れるため、売り上げでは合法AVをしのぐかもしれないといわれる。なお、海外で撮影、配信された海外女優の作品は、日本ではほとんど購入されていないようだ。その一因は英語力の不足と推察している。

統一契約書導入で女優の権利を守る

2017年10月、「AV業界改革推進有識者委員会」は同じメンバーのまま「AV人権倫理機構」として再発足し、AV出演の意思がない者が出演を強制されないための取り組みを進めた。具体的には業界の統一契約書を作成し、丁寧な意思確認を基本とした上で、土壇場で辞退しても、撮影準備費用などの名目で損害賠償を求められないようにすることだ。そうした取り組みの過程で、問題は単なる「強要」だけではないことも分かってきた。

第1は、当初「強要」ではなかったが、インターネット配信が当たり前になる前に出演した映像が無期限で誰の目にも触れる状態になってしまったことに驚き、配信停止を求めている女性たちがいることだ。契約上、権利を全て永遠に譲渡しているため、手段として出演強要されたことを理由にするほかなかったと推察される。もちろん、本当の「強要事件」の被害者も自分の出演作品の削除を強く求めている。AV人権倫理機構は郵送された申請書を基に本人確認のうえ、配信停止を勧告することを決め、18年2月に受け付けを開始した。販売後5年以上経過している作品で、現在の生活に支障をきたす場合が対象となる。

第2は、搾取の問題である。業界の景気が悪くなってきていることも原因だが、慣習的にプロダクションは、メーカーから受け取る報酬の総額を女優に伝えないで本人が受け取る金額のみ伝えていた。これについては、総額を女優に必ず伝えたうえで女優の取り分を決めることを義務付けた。残された課題は、合法にAV業界で営業したい会社が、隅々までこれらの自主規制を順守できるかどうかである。

最後に、社会の受け止め方にも触れたい。AV業界の存在自体が女性蔑視であるとして批判するグループがある一方、女性が自ら選んで性行為や性表現する自由を拡大させようという女性解放の志向を持つグループもある。いずれも女性が中心である。男性の大部分は、重大問題と捉えていないのが現状だ。

また、最近ではシングルマザーの女優が目立ってきている。さまざまな事情、状況の中で、生活資金を1人で稼ぐためにAV女優を選択した彼女たちに、「結婚して“普通”の生活を」「“普通”の職業について貧しくても“まとも”な暮らしを」などと強制はできない。見たくない人の目に触れないようにする規制は必要だが、自らの意思で出演する女優やAVを見たい人を禁止することはできない。AV業界で働く女優たち、あるいは意思に反して出演した女性たちの権利を守ることが今一番大事なことだと考えている。

(2016年3月27日 記/バナー写真:PIXTA)

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