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次の天皇はどんな方?:皇太子さまの横顔

山下 晋司【Profile】

[2018.04.30]

皇太子さまが即位される2019(平成31)年5月1日まで、あと1年。元宮内庁職員の皇室ジャーナリストがそのお人柄を紹介する。

担い手が減り続ける「危機」に直面する皇室

2018年2月23日、皇太子殿下は58歳の誕生日を迎えられた。来年5月1日には59歳で第126代天皇として即位される。父である今上陛下は55歳で即位されているので、それより少し遅いとはいえ、30年ほどはその御代が続くだろう。

今年の誕生日にあたっての記者会見では「両陛下の御公務に取り組まれる御姿勢やお心構え、なさりようを含め、そのお姿をしっかりと心に刻み、今後私自身が活動していくのに当たって、常に心にとどめ、自己の研鑽(けんさん)に励みつつ、務めに取り組んでまいりたい」と、今上陛下の歩んでこられた道を踏襲されるお気持ちを語られた。

現在、皇室は危機的状況にあるといっても過言ではない。皇室典範の規定により、皇位継承者は嫡出(ちゃくしゅつ)の男系男子に限られていることから、皇太子殿下の次の世代の皇位継承者は秋篠宮家の悠仁親王殿下(11)お一人だけである。また未婚の7人の内親王、女王方は将来、結婚によって皇室から離れることになるので、公務の担い手が減少していくことも目に見えている。

来年の御代替わり後、これらの課題をどう解決するかを政府において検討することになっている。天皇自身は憲法の規定で国権に関する権能を有しないので、法改正を伴うことに関しては、自身の考えすら表明できないとされている。しかし、天皇がどう考えているのかということは国民の大きな関心ごとであり、政府も一切無視するというわけにもいかないだろう。おそらく水面下で天皇の意向を伺わざるを得ないと思われるが、長い皇室の歴史を背負い、象徴としてこの難題に向かわれる皇太子殿下には大きなプレッシャーが掛かり続けるだろう。

家族と暮らし、学業を優先して成長

皇太子殿下は1960年、皇太子同妃(現、天皇皇后両陛下)の長男として誕生された。28歳まで昭和天皇の孫である皇孫として成長されたが、これは父である今上陛下が誕生時から皇太子だったということと大きな違いがある。今上陛下は、18歳で成人し(天皇、皇太子の成人は18歳と皇室典範に定められている)、皇太子として、また昭和天皇の名代としてお忙しい日々を過ごされた。そのため、学習院大学に一般の学生と同様に通うこともままならず、入学はされたが、聴講生として時間の許す限りにおいて大学で勉強された。

一方、皇太子殿下は、学習院大学を卒業後、同大学院人文科学研究科に進まれ、2年間の英国留学の後、博士前期課程を修了された。皇太子殿下の研究テーマは水上交通である。小学生の時、お住まいがあった赤坂御用地内に鎌倉時代の道が通っていたことを知り、人と人を結ぶ道に興味を持たれた。そして道は道でも水の道を研究テーマとされ、大学の卒業論文では「中世の瀬戸内海の水上交通」を執筆された。留学先のオックスフォード大学では「テムズ川の交通史」について研究された。その後、飲料水から水害まで、人類と水との関係全般に研究テーマを広げていかれた。このように学業を優先できたのは、ひとえに皇太子ではなく、皇孫というお立場だったからである。

皇太子さま略歴
1960年2月23日 0歳 今上天皇と皇后さまの第一子・長男として誕生
1978年4月 18歳 学習院大学入学。音楽部に所属しビオラを担当。その後、学習院OB管弦楽団で演奏されることも。
1980年2月23日 20歳 成年式
1982年3月 22歳 学習院大学文学部史学科を卒業(文学士)
同年4月 22歳 学習院大学大学院に入学。専攻は、史学・中世の交通・流通史。
1983年6月 23歳 オックスフォード大学マートンカレッジ留学のため渡英。18世紀英国のテムズ川の水上交通史について研究。
1985年10月 25歳 英国から帰国
1988年3月 28歳 学習院大学大学院人文科学研究科博士前期課程を修了(人文科学修士)
1989年1月7日 28歳 天皇陛下の即位に伴い皇太子に
1991年2月23日 31歳 立太子の礼
1992年4月 32歳 学習院大学史料館客員研究員
1993年6月9日 33歳 小和田雅子さまと結婚
2001年12月1日 41歳 内親王(女児、第1子)ご誕生。のち「敬宮愛子(としのみや・あいこ)」と命名。
2002年6月 42歳 愛知県で開催された日本国際博覧会(愛知万博)の名誉総裁に就任
2007年11月 47歳 国際連合「水と衛生に関する諮問委員会」の名誉総裁に就任

皇太子殿下は30歳までご両親、ご兄弟とともに同じ家で過ごされた。今上陛下も昭和天皇も大正天皇も幼少時にご両親から離され、臣下によって育てられたが、これは君主は“私”よりも“公”を重んじ、肉親への愛よりも国家国民を大事にすべきであると考えられていたからである。皇太子殿下が誕生された1960年当時は、まだそういう価値観の人もおり、将来の天皇が一般家庭と同様に家族と共に暮らすということには批判もあった。しかし昭和天皇は家族は共に暮らすべきというお考えであり、また国民の意識も変わってきていたために家族同居は実現した。ただし、ご両親である今上陛下や皇后陛下には将来の天皇を育てるという大きなプレッシャーがあったことだろう。

ご家族が共に暮らすということについて、今上陛下は皇太子時代の84年、記者会見で「家族という身近なものの気持ちを十分に理解することによって、初めて遠いところにある国民の気持ちを実感して理解できるのではないかと思っています」とおっしゃっている。こういう陛下のお考えと、それが当然だという多くの国民の価値観、そして昭和天皇の後押しがあり、それまでの皇室の子育てが大きく変わった。

現在、皇太子ご一家もご家族3人で共に暮らしておられる。妻である雅子妃殿下には86年に出会い、7年越しの思いを遂げて93年に結婚された。残念ながら妃殿下は2003年の年末から現在に至るまで適応障害で療養中だが、皇太子殿下はプロポーズの際におっしゃった「雅子さんのことは僕が一生全力でお守りしますから」という言葉を忘れておられない。結婚9年目に生まれた一人娘に絵本を読み、一緒に遊び、学校に送っていくこともあった。公務を務めつつ、療養中の妻に代わって子育てに積極的に参加してこられたのである。このようなご姿勢に、プライベートを重んじすぎているという批判の声もあるが、今上陛下の「家族を大事にしてこそ」というお考えが受け継がれているのだろう。

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  • [2018.04.30]

皇室ジャーナリスト。元宮内庁職員。1956年、大阪市生まれ。関西大学卒。宮内庁では1988年~95年まで長官官房総務課でマスコミ対応を担当。2001年に退職後、出版社役員を経て04年にフリーランスに。BSジャパン・テレビ東京「皇室の窓スペシャル」の監修など、各種メディアでの解説、執筆などを行っている。近著に『いま知っておきたい天皇と皇室』(河出書房新社、2017年)

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