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中高年化する就職氷河期世代の厳しい現実

玄田 有史【Profile】

[2018.05.07]

1990年代後半から2000年代前半の深刻な不況期に社会に出た「就職氷河期世代」が、40歳前後の“働き盛り”に差し掛かった。この世代は、今も賃金、処遇ともに不遇なまま。このまま中高年化する前に、総合的な対策に向けた議論が早急に必要だ。

正社員になる機会は新卒時:日本特有の雇用システム

春、東京の地下鉄に乗っていると、季節の風物詩とでもいえるような光景を目にする。真新しいスーツを着て、真剣にスマートフォンや何かの資料を見つめている若者たちの姿だ。

それは3月に学校を一斉に卒業し、4月から会社で働き始めた入社一年目の若者だったりもする。だが、もっと初々しいのは、来年の入社を目指して就職活動に懸命に取り組んでいる現役の大学生たちである。

彼らが来ているスーツを日本では「リクルート・スーツ」という。色やデザインに目立った自己主張はない。自分が扱いやすい人間であるのを会社に証明するかのようである。

大学生が熱心かつ従順に就職活動に取り組むのには理由がある。卒業後の最初の就職がどうなるかによって、その後の人生は大きく左右されることが、よく知られているからだ。

背景には、日本特有の雇用システムがある。日本の企業は、学校卒業直後の若者を正社員として採用し、(特に男性について)長期に渡って育て上げるのが一般的と考えられてきた。会社に手厚く育てられた正社員の男性は、社内でのスキルアップに応じて収入も増える年功的な賃金を享受することができた。

ただ言い換えればそれは、新卒社員のために会社が用意したレールに乗れなかった人々には深刻な境遇が待っていることを意味する。正社員になる機会が新卒時に集中するため、そのチャンスを逃せば、その後に正社員になるのは容易でなく、仕事も生活も困難が続くことになる。

この点、昨今の人手不足が続く状況で就職活動を行っている学生は、本当にラッキーだ。就職活動に多少の緊張こそ覚えるものの、大量の求人が出ているため、思いがけず複数の会社から就職内定を得られたりする。夏にはリクル―トスーツをほとんどが脱ぎ捨て、学生最後の夏休みをエンジョイすることになるだろう。

しかしほんの10数年前は、人手不足とは正反対の状況に置かれた若者たちが大多数だった。不況で求人は限られ、どんなに就職活動をしても一社も内定が決まらない。働くことを諦め、就職活動をやめてしまう若者もいた。辛うじて採用が決まっても、不本意な就職先だったため、すぐに会社を辞めてしまう若者も多かった。

1990年代後半から2000年代前半の、日本経済が失われた10年と呼ばれた深刻な不況期に学校を卒業し、働くことに困難を極めた若者たちは「就職氷河期世代」と呼ばれた。就職氷河期世代も、今や30代後半から40代半ばの年齢に差しかかる。そして彼らは、現在もきわめて深刻な状況に置かれ続けている。

実質賃金は低下、収入増望めない構造に

図1には、最終学歴が大学もしくは大学院の40~44歳雇用者について、毎月得ている給料の平均水準の推移を示した。数値は物価水準の変化を考慮した実質賃金であり、各年の賃金が2015年時点でどれだけ価値を持っていたかを意味する。

2005年から世界金融不況が始まる直前の07年までは、給与平均は50万円を超えていた。現在の為替レートからすると、5000ドルをわずかに下回る程度で、かなりの高額だ。当時の40代前半が大学を卒業して就職したのは、まだ日本がバブル経済を謳歌(おうか)していた時代だった。彼らバブル世代は、就職活動にさほど苦労をすることもなく、採用後も長期雇用や年功賃金といった伝統的な日本的雇用システムに守られてきた。

それが08年を境に実質賃金は50万円台を割り込み、その後も大きく減少していく。10年代半ばになると、40代前半の多くを占めるのが、就職氷河期世代だ。彼らの平均賃金は45万円(約4200ドル)を下回る。バブル世代に比べると5万円以上も少ない。子どもを養ったり自動車や住宅を購入したりと、本来なら消費意欲が最も旺盛なはずの年代にお金が回っていない。氷河期世代には1971~74年生の第二次ベビーブームも含まれており、経済全体に与えるインパクトも大きい。デフレ脱却も進むわけがない。

氷河期世代では最初の就職がうまくいかなかったため、転職を経験している割合も高い。そのため、会社の勤続年数も短い。日本では勤続年数に応じて給与が上がるシステムが残っている以上、当然彼らの賃金は低くなる。バブル世代の多くは給与の高い大企業に入れたが、氷河期世代では中小企業で働いている場合も珍しくない。転職せず会社にとどまっても、バブル世代の大量の先輩社員がいて、管理職への昇進はままならない。複合的な理由が積み重なり、氷河期世代の収入は増えない構造が作り上げられている。

現在の日本では長時間労働の削減が大きな社会目標になっているが、氷河期世代が20代だった頃は、サービス残業とよばれた割増賃金が払われない違法な長時間労働も当たり前だった。過酷な職場でも今さえ我慢すれば将来は高い収入が得られると信じて働いてきたのだ。しかし、現在の低い賃金に据え置かれた状況は、氷河期世代の淡い願いが幻想にすぎなかったことを語っている。

非正社員では結婚も難しく…

しかし氷河期世代でも、正社員としてそれなりの給料がもらえるなら、まだマシかもしれない。図2は、氷河期世代の男性の2002年の就業状態が、2015年にどのように変化したかを示したものだ。2002年には、不況で卒業後も非正社員で働いていた男性が18%程度いたが、そのうち約3人に1人は、2015年でも正社員になっていない。30代や40代で正社員になれなかった男性が、結婚し、子どもを持つことは、現在も日本では難しい。だから少子化にも歯止めがかからない。

さらに深刻なのは、なんといっても仕事をしていない氷河期世代だ。図2でも新卒で就職ができずに2002年に仕事をしていなかった氷河期世代は6%存在していた。そのうち2015年にも仕事をしていない割合は40%を超える。働いたとしても非正社員や自営業の場合が多く、正社員になれたのは30%にも満たない。2000年代に就職がうまくいかず、働くことに自信を失い、就職活動を断念した若者を、日本では「ニート(NEET(※1))」と呼ぶようになった。そんなニートだった若者が、今や働くことを諦めた「中高年ニート」になっている。

社会から孤立する「中高年ニート」:7040問題

中高年ニートは、社会から孤立し、「ひきこもり」状態になっていることも多い。20~59歳の未婚無業者のうち、ふだんずっと一人でいるか、家族しか一緒にいる人のいない「孤立無業(SNEP)」と呼ばれる人々が増加していることをかつて指摘した。そこでは2001年に85万人だったSNEPが2011年には162万人へと2倍近く増えたことを述べた。最新の調査でも、2016年のSNEPは156万人と高止まっている。

このうちSNEPの年代別の推移を示したのが、図3だ。SNEPは20代が最も多いが、人手不足で若者の就職が改善したこともあって、2011年から2016年に大きく減少した。それに対し、40代のSNEPの増加が止まらない。その中には氷河期世代も多く含まれている。

現在、日本では「7040問題」という言葉がささやかれ始めた。それは40代の無業の子どもを70代の高齢の親が養っている構図を意味する。氷河期世代が50代に突入し、その親も80代となる2020年代には「8050問題」と呼ばれることになるだろう。日本は平均寿命が長いといっても、いつかは親もこの世を去る。そのとき社会的に孤立したまま、残された人々には、生きることすら難しい、とてつもない困難が待ち受けている。

政府も中高年化しつつある氷河期世代の問題を放置しているわけではない。昨年は氷河期世代を含む中高年を正社員として採用した企業に助成金を支払う制度を始めた。今年は15~39歳のニートの就職支援のために設けられた「地域若者サポートステーション」の一部で、支援対象に40~44歳を加える取り組みを行う予定になっている。

ただ、これらだけで氷河期世代の状況は根本的に改善するのは無理だ。まず必要なのは、氷河期世代がバブル経済崩壊後の混乱の犠牲となり続けている過酷な事実から目を背けず、総合的な対策に向けて議論を開始することなのだ。

バナー写真:都会の通勤風景(PIXTA)

(※1)^ NEET: Not in Education, Employment, or Training

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  • [2018.05.07]

nippon.com 編集企画委員。東京大学社会科学研究所教授。1964年生まれ。1988年東京大学経済学部卒業。経済学博士。ハーバード大学、オックスフォード大学各客員研究員、学習院大学教授等を経て、2007年から同職。著書に『危機と雇用』(岩波書店、2015年、冲永賞)、『孤立無業(SNEP)』(日本経済新聞出版社、2013年)、『ジョブ・クリエイション』(日本経済新聞社、2004年、エコノミスト賞)、『仕事のなかの曖昧な不安』(中央公論新社、2001年、サントリー学芸賞)など。

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