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日本人と英語(1):慢性的英語教育改革が招いた危機

鳥飼 玖美子【Profile】

[2018.05.30]

政府主導の「グローバル人材育成」の一環として、東京五輪が開催される2020年に “使える英語力育成” に向けた動きが加速し、小中高の英語教育、大学入試が大きく変わる。だが改革の根底にある発想に根本的な問題がある。

「日本人の英語」についての常套(じょうとう)句は、「グローバル時代だから英語を使えなければ困る」「でも日本人は相変わらず英語下手」「日本人が英語を使えないのは、学校で教える英語が文法訳読ばかりだから」「英語を話すことをもっと教えるべきだ」に集約される。会話中心の英語教育に変革されて30年近くたつのに、この見方は一向に変わらない。本稿では、日本人の英語を考える一助として、「使える英語」を目指して繰り返されてきた英語教育改革と、その結果が招いた危機的状況について考察したい。

政治主導の学校英語教育改革

日本の公立小中高等学校での教育は、「学習指導要領」という文部科学省の告示で内容が定められている。ほぼ10年に1度改訂されるが、英語については、1989年告示の学習指導要領で「外国語で積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成」という新しい目標が明記され、「オーラル・コミュニケーション」科目が新設された。これは当時の中曽根康弘首相が招集した臨時教育審議会の第2次答申(86年)において英語教育の抜本的改革が提言されたことを受けたもので、いわば政治主導による教育改革の一環と言える。

それから今日に至るまで、当時の文部省そして現在の文科省は、「コミュニケーションに使える英語」を目指して、次々と改革を行ってきた。例えば、2003年に策定した「『英語が使える日本人』の育成のための行動計画」では、公立学校の英語教員全員に対する研修、ALT (Assistant Language Teacher)と呼ばれるネーティブ・スピーカー指導助手の増員、センター入試にリスニングテスト導入、小学校での英語必修化など、包括的な改革を5年間にわたり断行した。

現行の学習指導要領では、小学校5・6年生を対象に週1度「外国語(英語)活動」を導入し、英語の歌やゲームを通して英語に親しみを持たせ中学校での英語学習につなげることを狙った。高校では、英語の授業は「基本的に英語で行う」と定められ、いずれも学校現場は対応に追われている。

そしてとどめは20年度から順次施行される新たな学習指導要領だ。

2020年から何が変わるのか

新学習指導要領のポイントは、まず小学校で、現行の学習指導要領では5・6年生対象だった「外国語(英語)活動」を3・4年生対象に引き下げ、5・6年生では英語を「教科」とするよう定めた。これまでは、英語に親しみを持たせる目的だから中学英語の前倒しはしない、文字は教えないという方針だった。それが、これからは正式な教科なので、検定教科書があり、もちろん文字を教え、簡単な文法も教え、成績評価もある。小学校4年間の英語授業で、600~700語程度の単語を覚えることになっている。

次に中学校では、これまでのように日本語を使っての授業ではなく、高校と同じように、英語の授業は「基本的に英語で行う」ことになり、学ぶ語数は現状の1200語から1600〜1800語へと増える。

高校では、これまでより授業内容が高度になり、学ぶべき語彙(ごい)数も現状の1800語から最大で2500語までになる。今までは、中高合わせて約3000語を習得することになっていたが、新学習指導要領では小中高を合わせて4000語〜5000語に増えることになる。

「グローバル人材育成」政策の下、拙速に進む「大学入試改革」

2012年に政府が公表した「グローバル人材育成戦略」は、英語力伸長を強く打ち出していることから、英語教育に大きな影響を及ぼしている。大学に対しては14年から、「スーパーグローバル大学創生支援事業」が始まった。その目的は「国際通用性、ひいては国際競争力の強化に取り組む大学の教育環境の整備支援」とされているが、各大学は応募要件に従いTOEFLやTOEICなど民間試験の点数を上げる目標を掲げ、採択校以外でも民間試験対策に英語教員が𠮟咤(しった)激励されているのが大学の実情だ。小中高を対象とする英語教育政策も、13年「グローバル化に対応した英語教育改革実施計画」として強化された。

さらに重要なのが、現在進行中の大学入試改革である。高校の授業を変えるには大学入試を変えなければ実効が上がらないという観点から、これまでのセンター入試(大学入試センター試験)を廃止して、新しく「大学入学共通テスト」を20年から開始する。国語と数学で記述式を採用することになったが、17年実施の施行調査では、相当数にのぼる採点の不一致が明らかになった。採点の精度を上げる上で採点者の確保、採点に要する時間、採点の調整、再採点など多くの問題が指摘されている。

特に懸念されているのが、英語を実用英語技能検定(英検)やTOEFLなど各種の民間試験に委ねるという改革だ。これまでのセンター入試では学習指導要領に沿いコミュニケーション志向の出題が工夫されていたが、読む力と聞く力の2技能しか測れないことが弱点とされ、4技能(読む、聞く、書く、話す)を測定することを前提に改革が検討された。しかし、何十万人も受験する大学入学共通テストで「話す力」を測定することは物理的に至難だとして、民間業者による試験を使うことが決められた。民間試験は学習指導要領に準拠しておらず、大学入試を目的に作成されているわけではないという根本的な問題を無視しての決定である。当面は大学入学共通テストと民間試験の併用となったが、その後は、民間試験のみに移行する予定である。

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  • [2018.05.30]

立教大学名誉教授。専門は言語コミュニケーション論、英語教育学、通訳翻訳学。上智大学外国語学部イスパニア語学科卒業。コロンビア大学大学院修士課程修了(MA)。サウサンプトン大学大学院人文学研究科博士課程修了(Ph. D.)。大学在学中から1980年代まで国際会議、テレビなどで同時通訳者。89年以降、東洋英和女学院大学専任講師、立教大学教授などを経て現職。著書に『英語教育の危機』(ちくま新書、2018年)、『本物の英語力』 (講談社現代新書、2016年)、『英語教育論争から考える』 (みすず書房、2014年)など多数。

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