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イラン核合意離脱:トランプ大統領の決断の意味

鈴木 一人【Profile】

[2018.05.25]

トランプ米大統領が決断したイラン核合意からの離脱。その背景や影響について解説する。

米国時間の5月8日、歴史的とも言える大きな決定がトランプ大統領の口から発せられた。米国はイラン核合意から離脱する。2002年にイランの核開発が発覚し、数度の核交渉を経て、国連や米国、欧州連合(EU)などの制裁を受け、13年に制裁解除を公約に掲げるロウハニ大統領が当選し、そこから2年を費やして15年にようやく合意にこぎ着けた、歴史的な核合意。これによって少なくとも10年はイランの核開発が制約され、国際原子力機関(IAEA)の厳しい査察を受け、11度にわたって核合意の履行が確認された。十分に機能していると大多数が信じる核合意であっても、トランプ大統領はそこから離脱し、「最高水準の経済制裁」をかけることを宣言した。

イラン核合意を巡る2つの物語

トランプ大統領の決断を理解する上で重要なのは、米国内でイラン核合意を巡る、全く異なる2つの言説がある、という点である。オバマ前大統領はイランの核兵器開発は中東地域における最大の脅威だとして、イランとの合意の上で核兵器開発に繋がる能力を制限し、IAEAの保証措置(Safeguard)を徹底するための査察を行う一方、原子力の平和利用に基づく権利を認め、ミサイル開発や武器輸出といった他の国にも認められている行動については交渉の対象としない、という姿勢で対峙した。つまり、オバマ前大統領はイランを「普通の国家」として扱ったのである。

一方、トランプ大統領は、イランの存在そのものが中東地域における不安定要因であり、核兵器開発能力だけでなく、未来永劫に渡って核開発が出来なくなるような「ゼロ・エンリッチメント(濃縮)」を目指し、さらにはシリア内戦やイエメン内戦への関与、ミサイル開発をも封じ込めることを目的としている。そのためには、現存の核合意は極めて不十分なものであり、「最高レベルの制裁」によってイランを追い詰め、イランを無力化することを目指していると言えよう。つまり、トランプ大統領はイランを「敵性国家」として扱っている。

オバマ前大統領の方針は欧州各国や中国、ロシアにも受け入れられるものであり、イランを国際社会に復帰させ、「普通の国家」として扱うことで、イランからの原油輸入や、人口8千万人に及ぶ大きな市場への参入を可能にするものであり、経済的な利得も期待出来る解決策であった。その一方で、イランによるシリアやイエメンへの関与は、アサド政権を認めない米国や欧州、フーシ派(イエメンで活動する武装組織)と敵対するサウジアラビアにとって望ましいものではなく、ミサイル開発はイスラエルの脅威となるなど、中東情勢全般においては米国にとって不都合なものであり、1979年以来の敵対的関係をさらに悪化させるものでもあった。

しかし、トランプ大統領がイランを「敵性国家」として扱うことは、イランから経済的利益を得ている欧州各国や、一帯一路構想にイランを含めようとする中国、シリアで同じくアサド政権に協力するロシアにとっては不都合なものである。欧州や中ロにとって最大公約数であるイランの核兵器開発を止めるという部分はきちんと機能しており、米国が離脱して核合意が崩壊すれば、経済的、戦略的利益を失うだけでなく、イランの核保有という誰もが望まない状況を生み出す恐れもある。ゆえにトランプ大統領の判断に対して強い批判が巻き起こったのである。

「北朝鮮方式」への自信

しかし、これまで昨年10月、ことし1月にもイラン核合意を破棄するチャンスはあった。にもかかわらず、なぜ今になって離脱を決断したのか。その一つの理由として、トランプ大統領が自らの政策を進めるための人事を整えたことが挙げられる。これまではいわゆる「大人たち(grown-ups)」と呼ばれるティラーソン前国務長官、マクマスター前大統領補佐官、マティス国防長官などが核合意破棄に対して強く反対し、外交による問題解決を求めていたが、ティラーソンとマクマスターが相次いで更迭され、代わりにタカ派で知られるボルトン安保担当補佐官、そしてCIA長官からトランプ大統領ともアイディアを共有するポンペオが国務長官に就任し、トランプ大統領の意思を実現することが容易になった、という側面があるだろう。

それ以上に重要なのは、ことしに入ってから急速に進んだ、北朝鮮との対話ムードの醸成であろう。これまで米国に対して敵対的であり、昨年9月に6度目の核実験を成功させ、さらには米本土に到達する大陸間弾道ミサイル(ICBM)が完成間近に迫るなど、米朝関係はかつてないほど緊張状態にあった。

しかし、トランプ政権は中国と協力し、国連安保理による制裁を強化し、石炭・鉄鉱石の輸出や石油関連製品の輸入を禁じるといった厳しい制裁をかけたことで北朝鮮が音を上げ、膝を屈して対話のテーブルに着いたという「北朝鮮方式」が成功したという体験をしている。

実際は北朝鮮もかなり戦略的に対話ムードを作り、米国を揺さぶっているのだが、トランプ政権から見れば、強い制裁が交渉での優位性を生み出し、米国の要求をのませることが出来るというイメージで受け止めているものと思われる。こうした「北朝鮮方式」の成功体験が、イラン核合意からの離脱を決意させたとも言えるだろう。

核合意離脱のインパクト

イラン核合意離脱の決断は、様々な方面に大きな波紋を生み出している。第1に、米国社会の分断を決定的にしたことである。上述したように、イラン核合意を巡る言説は大きく2つに分かれており、イランを敵視し、イスラエルに親和性の高いユダヤ系や福音派(evangelicals)の人々は喝采する一方、中東情勢や米欧関係に精通する人々はもちろん、イランが核合意を履行しているにもかかわらず、一方的に離脱することで、米国の国際社会からの孤立を懸念するエスタブリッシュメントは強く批判している。

これまでもトランプ政権は社会を分断するような議論を巻き起こしてきたが、パリ協定や環太平洋連携協定(TPP)のように、まだ十分な結果が出ていない国際約束からの脱退とは異なり、既に機能している合意からの離脱は別次元の問題として捉えられている。

第2に、米欧関係の溝が修復不可能なレベルにまで深まっている。トランプ大統領が離脱を発表する直前、フランスのマクロン大統領、ドイツのメルケル首相、ジョンソン英外相が相次いで訪米し、核合意離脱を思いとどまるよう説得し、マクロン大統領に至っては議会で厳しい言葉で演説までしたにもかかわらず、トランプ大統領はそれらの懇願を無視し、離脱に至った。

また、「最高レベルの制裁」を復活させることで、既にイランとの経済関係を深めている欧州企業に2次制裁が適用されることとなり、大きな損害を生み出すと見られている。EUは1996年に設定した「ブロッキング規程(Blocking Statute)」と呼ばれる米国法の域外適用を拒否し、被害を受けた欧州企業に補償するといった措置をとることを計画しているが、それも2次制裁の影響を避けるには不十分だろう。

第3に、中東情勢に与える影響は当面大きなものにはならないであろう。一方的な米国の核合意離脱によってイランは経済的な打撃を受けることは間違いないが、今回のトランプ大統領の決断が核合意「破棄」ではなく「離脱」であることが重要となってくる。つまり、イラン核合意もそれを承認した安保理決議2231もなくなったわけではなく、形式的には継続する。

米国はそこから抜けただけであり、もしイランが核合意に違反することになれば、形式的にイランが核合意を崩壊させた責任を負わされることになる。また、イランが取り得る対抗措置も、いきなり核兵器の開発に至るのではなく、制限された以上のウラン濃縮活動の再開や遠心分離機の設置といった強度の低いものになるだろう。というのも、急激な核兵器開発の進展は、将来的にサウジアラビアなどの周辺国との緊張を高め、地域情勢を不安定化し、最悪の場合「核ドミノ」が起こる可能性もあるため、イランは抑制的に対応するものと思われる。

第4に、北朝鮮の核問題に関する影響が懸念される。トランプ大統領の決断は米国が一度合意し、その合意を履行していても米国の都合でいつでも離脱しかねないという前例を作ったことになる。そんな中で6月12日に行われる米朝首脳会談で仮に合意が出来たとしても、それが維持される保証がないという可能性を考えることは当然であろう。

5月16日に北朝鮮の金桂冠第一外務次官がアメリカの一方的な要求や「リビア方式」に対して反発し、米朝首脳会談に出席しないことまで示唆したが、ここでイランの名前は出てこなかったにせよ、不信感が高まっていることは間違いない。この不信感の高まりによって、トランプ大統領は北朝鮮の「非核化」に対する誠意に疑問があるとして首脳会談の雲行きが怪しくなっているが、米朝首脳会談の展開次第では日本にとっても大きな影響となり得るだけに、イラン核合意離脱は国際秩序の不安定化をもたらすとも言えるだろう。

日本への影響は限定的か

最後に、日本への直接的な影響は限定的なものにとどまるだろう。欧州や韓国、インドなどと異なり、日本企業はイラン核合意が継続されないリスクもあると見て、慎重な投資や取引を続けていた。このため、今回の2次制裁においても他国と比べると石油輸入や自動車部品輸出など一部に影響はで出るものの、大きな損失にはならないと見られる。

またイラン産原油の輸出が止まることでグローバルな原油供給の逼迫も懸念されるが、サウジアラビアなどが増産の方針をとっていることで大きな原油価格の変動も見られない。リスクに敏感な日本はしばしば後手に回ることもあるが、今回に関してはそれが功を奏したと言えよう。

バナー写真:イラン核合意離脱に関する文書に署名したトランプ米大統領=2018年5月8日、米ホワイトハウス(ロイター/アフロ)

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  • [2018.05.25]

北海道大学大学院教授。1970年生まれ。2000年英サセックス大ヨーロッパ研究所博士課程修了。専門は国際政治経済学。2008年から北海道大学準教授、2011年4月から現職。13-15年、国連安保理イラン制裁の専門家パネルメンバーを務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店)で2012年度サントリー学芸賞(政治・経済部門)。ツイッター(http://twitter.com/ks_1013)でも積極的に発言。

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