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深海1万メートルにポリ袋:深刻化するプラスチックごみ汚染

千葉 早苗【Profile】

[2018.07.27]

世界最深のマリアナ海溝でプラスチック袋が見つかるなど、深海底でのプラスチックごみ汚染が深刻化している。人類にとって未知の世界で、どんなことが起きているか。

マリアナ海溝まで到達したプラスチック袋

私たちの日常生活の足跡は、世界最深の海にもくっきりと刻まれていた。海洋研究開発機構(JAMSTEC)と国連環境計画(UNEP)のWorld Conservation Monitoring Centreのグループは、過去30年にわたり潜水調査船などで収集した海底ごみ画像のデータ(※1)に基づき、水深6000メートルを超える超深海におけるプラスチックごみの分布を世界で初めて論文にまとめた。

有人潜水調査船「しんかい6500」。深海底におけるプラスチックごみの調査データを数多く収集した(提供:海洋研究開発機構)

特に注目すべきは、水深2000メートルより深い海底で見つかったごみの33%がプラスチックであり、その89%が誰もが日常使用するスーパーのレジ袋などいわゆる「使い捨て」プラスチックであったことだ。プラスチックの割合は6000メートル以深では50%(使い捨て92%)に増加した。このことは、深海底が人類にとっては未知の世界であるにもかかわらず、人間活動の影響を免れないことを示している。

この論文は、水深1万メートルを超える世界最深のマリアナ海溝でプラスチック袋が見つかったことで各国メディアに注目された。しかしそのデータの日付は1998年と20年前であり、データベースには使い捨てプラスチックが80年代からコンスタントに記録されている。プラスチック汚染は今に始まった問題ではなく、数十年以上前からじわじわと深海に蓄積されてきたのだ。

マリアナ海溝で見つかったプラスチック袋の破片と見られるごみ(水深1万898 メートル) (提供:海洋研究開発機構)

回収できない深海底のプラスチック

トロール網や深海調査船による深海底ごみの調査が、ここ10年あまり欧米を中心に頻繁に実施されてきた。その結果、人口の多い都市に近い海底にごみの量が多く、プラスチックの他にも漁網やタイヤなど産業廃棄物の割合が多いこと、地形的には海底谷などのくぼみに集積しやすいことなどが報告されている。しかし大陸から遠く離れた外洋の海底においては、他のごみと比較してプラスチックごみの割合が圧倒的に多くなる。軽い使い捨てプラスチックは、海流によって人間活動からはるか離れた世界の海に運ばれるからだ。

海洋表面のプラスチックは特定の海域に集積しやすいことが観測から明らかになっており、それらがさらに鉛直方向の海水の循環によって中層に沈むと考えられている。深海底がその終着点であるとすれば、これらの調査結果は、沿岸から外洋まで、表面のみならず中層から深海に至るまで、世界の海全体にプラスチックが分布している可能性を示している。深海の汚染は、全海洋の問題を写す鏡なのだ。

さらに、それらのプラスチックが分解されて数ミリ以下に小さくなったもの、化粧品などに含まれるマイクロビーズ、フリースなど化学繊維の洗濯で出る繊維など、微小なプラスチックの汚染も世界規模で広がっていることが分かりつつある。最近では北極海の5000メートル超の深海底にも極めて高濃度で見つかっているが、いったん外洋や深海に運ばれたプラスチックを回収することは、現在の技術ではコスト的にも不可能だ。

深海ハオリムシ(赤いピンのように見えるもの)に引っかかったプラスチック袋。ハオリムシは深海から抽出されるミネラルを食べて生きている極めて特殊な深海生物で、生命の進化を解明するのに重要な意味を持つ (提供:海洋研究開発機構)

心配される深海生態系への影響

プラスチック汚染が海洋生態系に与える影響は、漁網に絡まったイルカやアザラシ、またプラスチックの誤食で死亡したと見られるクジラや海鳥などの痛ましい映像を通じて一般に報道されている。では、深海生態系への影響についてはどうだろうか。

JAMSTECのデータには、深海生物に絡まるプラスチックごみや、プラスチックごみの上に深海生物が付着している映像が記録されている。深海生態系は特異の進化を遂げた種が多数存在し、未知の遺伝子資源や生物多様性の面で極めて重要であるが、その成長は遅く、いったん生息域がダメージを受ければ種の絶滅を招く恐れが大きい。しかしプラスチックごみの物理的影響については、深海における観測の機会が限られることからよく分かっていない。


水深6000メートルを超える超深海で見つかったマネキンの頭。右は一年後同じ場所で撮影されたもの。生物が付着している様子が観察された(提供:海洋研究開発機構)

興味深いのは、プラスチックが泥質などやわらかい海底には付着できないイソギンチャクのような生物に基質を提供することにより、生息域を拡大する機会を与えているかもしれないことだ。自然の状態ではいないはずの生物が侵入すれば、もとからある生態系を撹乱(かくらん)することになる。また、目に見えない微小プラスチックから溶出する有害な化学物質の深海生物への影響については、さらに不明な部分が多い。

プラスチック袋の上に住み着いたイソギンチャク。通常は柔らかい底質の場所には付着できないが、プラスチックゴミが生息場所を与えている(提供:海洋研究開発機構)

海に入る量の制限で汚染防止

深刻な海洋プラスチック汚染ではあるが、改善にむけての希望はある。外洋のプラスチックは回収不可能と述べたが、少なくとも海に入る量を制限することによってこれ以上の汚染の拡大を防ぐことはできる。現在国際社会において、「Reduce (生産削減) 、 Reuse (再利用) 、 Recycle (リサイクル)」をスローガンに使い捨てプラスチック削減に対する運動のうねりがこれまでになく大きくなっている。

2017年6月に初めての国連海洋会議が開催され、「健全な海(Healthy Ocean)」の実現が国連の持続可能な開発目標(SDGs)達成のための一つの旗印となった。30年までに達成すべき目標の一つはプラスチック汚染の軽減であり、17年12月には国連環境総会で加盟国のほとんどが目標達成に向けて努力する意思を表明した。UNEPは使い捨てプラスチックの軽減を目指しCleanSeasキャンペーンを展開し、欧州各国や主要な海洋プラスチック汚染源とされているアジア諸国においても、使い捨てプラスチックの生産制限など法制面での対応が急ピッチで進んでいる。残念ながら、日本はプラスチック汚染対策の政策面で現在世界に後れを取っており、海洋立国として今後の迅速な対応を期待したい。

そのようなトップダウンの働きかけに加えて、この機運を新たなビジネスチャンスとして技術・商品開発を進める企業や起業家、市民のネットワークによるリテラシー活動やビーチクリーンなどボトムアップの動きも目覚ましい。市民意識の向上には、プラスチック汚染の実態をショッキングな映像とともに訴えたドキュメンタリー「プラスチックオーシャン」や、全英で年間トップ視聴率を上げた自然科学番組「ブループラネット2」などメディアの影響力も大きい。

注目すべきは、温暖化や海洋酸性化といった他の非常に重要な地球規模の環境問題に比較すると、プラスチック汚染に対する国内外の政策、社会の反応が格段に速いことだ。一因として、プラスチックごみは100%人間活動に由来するものであり、生態系へのインパクトも複雑なプロセスが介在する温暖化や酸性化と比較して直接的で、政策者や一般の人々の五感に訴えやすい。そして「Reduce Reuse Recycle」がうまく機能すれば、世界の海に入るプラスチックの量を削減できるというシナリオもまたモチベーションを高めている。つまり海洋プラスチック汚染は「努力すれば解決できる」のである。

科学的知見を生かした取り組みが必要

プラスチック汚染問題への対応が、国際的にトップダウン、ボトムアップの両方から着々と進んでいるのは好ましいことだ。しかし政策決定に科学的知見が十分に生かされているかというと、残念ながら現時点では政策先行である。海洋プラスチック汚染は陸から海に入れば国境を超えて世界中に広がるが、いったん外洋に運ばれたそれらのごみが海中に沈み、深海に運ばれ、特定の場所に集積する過程、またその過程でどのように分解されるのかについてはよく分かっていない。

海は広大であるから限られた予算・時間で効率的に成果をあげるためには、国際社会が共同でプラスチックの主要な汚染源から集積海域や海底に至る経路を明らかにした上で、それらの高リスク海域と深海生態系を含む生物多様性のホットスポットの関わりを考慮して、保護管理や監視体制の優先順位をつけることが肝要である。そのために必要なのが科学的知見なのだ。またすでに述べたように、目に見えない脅威である微小なプラスチックに関してその分布を決めるメカニズムや生態系への影響に関して不明な点が多く、最優先で取り組むべき課題である。

海洋プラスチック汚染に関わる科学者は、異なる予算、異なるプロジェクトの目的に基づき、世界のあちこちの海でさまざまな手法で独自の調査を実施してきた。しかし今、それらのプロジェクトが手を組んで、地球規模で使い捨てプラスチックや微小プラスチックの観測を実施し、データをシェアするためのプロトコル作りが始まっている。海洋プラスチック汚染の軽減にむけて、そして「健全な海」を未来に向けて共有するために、海洋科学者の責任は大きい。

バナー写真=プラスチック袋が絡まったウミウチワ(提供:海洋研究開発機構)

(※1)^ 1982~2015年に深さ100メートル以上の海で実施された5010回分の調査データ。

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  • [2018.07.27]

生物海洋学者。海洋研究開発機構(JAMSTEC)主任研究員。東京水産大学(現・東京海洋大学)博士課程修了後、2000年より JAMSTECで海洋生態系の変動機構解明に取り組む。16年より国連環境計画(UNEP)のWorld Conservation Monitoring Centre(英国)に出向、政策に海洋科学の知見を反映させる方法を研究している。

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