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「自由で開かれたインド太平洋戦略」:インドの対応は“不即不離”

堀本 武功【Profile】

[2018.09.14]

日本が提唱し、米トランプ政権も足並みをそろえることになった外交コンセプトが「自由で開かれたインド太平洋戦略」。2つの大洋における海洋秩序を守る目的に、中国をけん制するメッセージか込められているとされるが、インドはこれにどう対応していくのかを解説する。

インドも、インド太平洋を政策的な地域概念として使用しているが、政策レベルでは独自性を保持している。その具体的な事例が「自由で開かれたインド太平洋戦略」(Free and Open Indo-Pacific Strategy。以下、FOIP)に対するスタンスである。FOIPは日本が提唱し、米国も追随しており、その中核には日本、米国、オーストラリア、インドの民主主義4カ国が構成する安全保障協力枠組み(Quadrilateral。以下、Quad=クワッド)が据えられている。結論的に言えば、インドは、インド太平洋という地域概念を重視しつつも、FOIPとQuadというインド太平洋戦略には「不即不離」に対応しているのである。本稿ではなぜインドがそのような態勢をとっているのかを解明してみたい。

日本が提唱、日米豪印の高官協議を実施

「自由で開かれたインド太平洋戦略」は、日本が提唱したコンセプトである。安倍首相は2016年8月にケニアで開催されたアフリカ開発会議の基調演説で「世界に安定、繁栄を与えるのは、自由で開かれた2つの大洋、2つの大陸の結合が生む、偉大な躍動にほかなりません」と述べ、17年版外交青書は安倍首相がFOIPを対外発表したと述べている。17年11月に初訪日したトランプ大統領は安倍首相とFOIPで合意している。

外務省の報道発表(2017年11月12日付「日米豪印のインド太平洋に関する協議」)は、マニラで開催されたASEAN首脳会議の際に日米豪印の外交当局(局長級)が「インド太平洋地域における法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の確保に向けた取組につき,議論を行い…議論を継続するとともに,共通の価値と原則に基づく協力を深化させていくことを確認」したと記述している。日米豪印外務高官による協議は、FOIP具体化の一歩である。その後、2018年6月にも協議が実施されている。

中国の反発

Quadは「一帯一路構想」(The Belt and Road Initiative,BRI)など対外的な拡大政策を進める中国への対応策であり、中国にとって自国の封じ込め政策にほかならない。2007年に初めてQuadが具体化された際、中国は強い拒絶反応を示し、米日印、米豪印、米日印豪などの多国間枠組みを反中封じ込め政策と見なしていた[Garver and Wang 2010]。今回のQuadについても同様である。例えば、中国の専門家は、4カ国対話が中国封じ込めを意味し、地域的な発展を損なうことになると警告したほか[Lian 2017]、FOIPがBRIを妨げようとする目的であり、「結局は失敗する」[Liang 2017]、アジア版NATOであるなどとも批判された。中国外務省の耿爽副報道局長は、17年11月13日の記者会見で「関係国の協力を促すものであるべきで、排他的な仕組みにすべきではない」(14日付日本経済新聞)と強調し、警戒感をにじませた。

自らのアジア政策として「同調」した米トランプ政権

今回のQuadは、日本の旗振り役とインドの本格的な参加に特徴があり、米国がこれに乗ったという印象を受ける。日米と同盟関係にあるオーストラリアがFOIPとQuadに同調するのは自然の成り行きである。

問題はアメリカ・ファーストを掲げるトランプ政権の関わりである。かつてのオバマ政権は、経済面で環太平洋経済連携協定(TTP)と戦略面でアジア・リバランス政策をセットとするアジア政策を進めた。しかし、トランプ政権はTTPから離脱し、リバランス政策も放棄した。その結果、T.J.ペンペル(カリフォルニア大)は同政権の1年間を「民主主義破壊とアジア不在」[Pempel 2017]と総括した。アジア政策を持たないトランプ大統領は2017年11月にアジア初歴訪を行った際、日本が唱導するFOIPに乗らざるを得なかったのである。

ティラーソン国務長官は17年10月18日、日米印にオーストラリアを加えた安全保障協力という考え方を明示していた。トランプ大統領とマクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)は、大統領のアジア歴訪直前から「インド太平洋」を頻用するようになったという(17年11月4日付The Japan Times)。米政府が17年12月に公表した『国家安全保障戦略』は、中ロに対する警戒感をあらわにし、中国が「インド太平洋地域から米国を追い出し、政府主導の経済体制を拡大している」と批判、「われわれは、インドが主導的なグローバル・パワーと強力な戦略的・防衛上のパートナーとして台頭することを歓迎する。米国は日本、豪州、インドとの4カ国協力の増大を追求する」[White House 2017:25]と強調した。

ただ、米国のアジア政策の変化をすべてトランプ登場に帰するわけには行くまい。米国の日本研究者シーラ・スミスは、米国にとって日中が持つ重要性を「米国の政策決定者にとって最大の課題は、日米の緊密な関係を損なわないようにしつつ、中国との協力的な関係の構築」[Smith 2015:260]にあると指摘している。この意味合いで見れば、外交当局レベルでのQuadが現在のところ米国にとってふさわしい枠組みとなろう。米国の国際政治学者・ミアシャイマーが指摘したように、「『オフショア・バランサー』として豊富な歴史を持つアメリカにとって理想的な戦略というのは、なるべく背後にいて、中国周辺国に封じ込めのほとんどの重荷を背負わせるというものだ」[ミアシャイマー 2014:511]という意味合いでQuadを位置付けることもできる。

「付かず離れず」なインドの対応

問題はFOIP、特にQuadの一国であるインドの対応である。たしかに、2016年11月に訪日したモディ首相はFOIPに前向きな姿勢を示した。17年の外交青書は「…2016年11月のモディ首相の訪日に際して、日本の「自由で開かれたインド太平洋戦略」とインドの「アクト・イースト政策」を連携させて相乗効果を高めることにより、インド太平洋地域の安定と繁栄を主導していくことで一致しました」と記述している。

しかし、インドはFOIPに諸手を挙げて賛成しているわけではない。これを端的に示したのが、18年6月1日にモディ首相がシャングリラ対話(※1)でおこなった基調演説であり、包括的(inclusive)を4回使い、特に「インドは自由で開かれ、包含的な地域」に賛成であることを強調した。FOIPではなく、FOIIP(Free, Open, Inclusive Indo-Pacific)の考え方であるというわけである。安倍首相は18年1月の施政方針演説で「(FOIPの大きな方向性の下で)、中国とも協力して…」と述べているが、その前提を考えると外交的発言のように見える。

「対中関係との間合い」見つつ対応

モディが包含的と言ったのは、中国を含めるということである。インドにとって現外交上の課題は対中関係であり、「安定的な二国間関係」を維持するため、「関与と警戒対応」という対応策を講じている[堀本2015b][Horimoto 2018]。モディ政権が発足した当時、南アジアの専門家サンディ・ゴードン(オーストラリア国立大学)は、「モディ政権が中国とは経済面と国境問題で最良の取引をおこないつつ、対中ヘッジのために日米と組み、漁夫の利を占めるというインド外交の古典的なアプローチを用いる可能性」[Gordon 2014]を予測していた。インドは、中国に対して、単独ではおろか、日印だけででも無理なので、Quad枠組みにも依拠せざるを得ないということになる。

インドは中国からのQuad批判に対しては、政治レベルではなく事務局レベルであるとかわしつつ、Quadを対中けん制の措置に使うこともできる。インドは上海協力機構やBRICS首脳会議の正式メンバーでありつつも、いつでもQuadを外相や首相への格上げには賛成するだろう。しかも、ロシア・インド・中国(RIC)は、2002年から17年まで15回の外相会議を開催している。

インド版インド太平洋戦略は、中ロと日米とのバランス・ゲームが念頭にあり、2010年代から国内で頻用される新外交概念「戦略的自律性」や「多国間的同盟関係」の具体化と位置付けることもできる。別な見方をすれば、インドは海洋では日米豪、ユーラシア大陸では中ロと協力しているととらえることも可能である。しかも、インドにとって最重要な海域は、インド洋とベンガル湾であって太平洋ではない(2015年インド海軍戦略文書)。

2010年代頃からのインド外交は、グローバル、リージョナル(インド太平洋)、ローカル(南アジア)の3局面でその外交を展開している。グローバルではいずれ世界大国を目指すことになるが、当面、リージョナル(特に中国)とローカル(特にパキスタン)でどのような外交を展開するかに腐心している[堀本2015a]。中国・パキスタン(中パ)は全天候型友好関係であり、最近では中国パキスタン経済回廊(CPEC)(※2)でさらなる緊密化が進んでいる以上、インドとしては、中国に対する余計な刺激の回避とけん制のため、外交当局によるFOIPとQuadが実施しうる外交上の現実的な選択肢となるのである。

日印「緊密化」をもたらす国際潮流

インド太平洋地域を舞台とする国際政治では、その焦点は中国とどう向き合うかという課題に収斂(しゅうれん)されるだろう。中国は米国に代わってこの地域における覇権を確立し、中国を中心とする国際秩序を確立しようとしているように見える。インド太平洋では、中国の国力増大と米国の相対的な国力低下という情勢にあり、米国はかつてのように中国を抑え込むだけの能力を持ち合わせていない。FOIPやQuadは対中政策上、有力な対応策となろう。

インドは将来の大国を指向しているが、現段階では連携措置による対応という選択肢があるだけである。日本にとって日米同盟は外交政策の最大インフラだったが、対米依拠性には陰りが見えつつある。このような状況から日印関係の緊密化が継続し、発展しつつある[堀本2017b]。

日本にとって米国は100%頼りになる同盟国とは言えず、インドは補完的な位置付けを持つ。一方、インドの場合、ロシアが準同盟的な位置付けを持ち、冷戦後のインド外交を下支えしてきたが、2010年代中頃からロシアの対中傾斜が顕著である。しかも中パ関係はCPECに加え、米国・パキスタン関係の低落傾向を尻目に、急速に緊密化が進んでいる。そうなると、インドが慎重なFOIP政策を採っているとは言え、日本はありがたい存在となるのである[堀本2017a]。今後も予断を許さない状況が続くことになろう。

参考文献

ミアシャイマー、ジョン・J・ (奥山真司訳)[2014]『改訂版 大国政治の悲劇』五月書房。

堀本武功[2015a]『インド 第三の大国へ』岩波書店(序章 現代インドの対外戦略) 。

—[2015b]『インド 第三の大国へ』岩波書店(第2章 アンビバレントな印中関係―協調と警戒)。

—[2017a]「南アジアのコネクティビティをめぐる印中のせめぎ合い」『現代インド・フォーラム』秋季号(No.35)https://www.japan-india.com/files/view/articles_files_pdf_public/src/c7fa40e344ca2e3fe672de88fd16e622ce84f61a.pdf

堀本武功編[2017b]『現代日印関係入門』東京大学出版会(第1章 1990年代を転換期とする政治関係)。

Garver, John and Wang, Fei-Ling [2010], “China’s Encirclement Struggle,” Asian Security, Vol. 6, No.3, Sept. 20.

Gordon, Sandy [2014],“Will China ‘wedge’ India and the US?,” South Asia Masala, June 5. http://asiapacific.anu.edu.au/blogs/southasiamasala/2014/06/05/will-china-wedge-india-and-the-us/.

Horimoto, Takenori [2018], “Debate: The Indo-Pacific Region Needs a Strategy to Both Hedge, and Engage, China,” The Wire, July 21. https://thewire.in/security/foip-debate-two-sided-strategy-of-engagement-with-china-is-indispensable

Lian Dengui [2017], “Four-way talks meant to contain China miss regional development demand,” The Global Times, October 31 http://www.globaltimes.cn/content/1072877.shtml

Liang Fang [2017], “Indo-Pacific strategy will likely share the same fate as rebalance to Asia-Pacific,” The Global Times, December 3 http://www.globaltimes.cn/content/1078470.shtml

Smith, Sheila A. [2015], Intimate Rivals Japanese Domestic Politics and A Rising China, Cambridge University Press.

The White House [2017], National Security Strategy of the United States of America, December 2017, p.25.

Pempel, T.J. [2017], “Trump’s democratic destruction and Asian absenteeism,” East Asia Forum, December 30 http://www.eastasiaforum.org/2017/12/30/trumps-democratic-destruction-and-asian-absenteeism/

バナー写真:独立記念日の記念式典で演説するインドのモディ首相=2018年8月15日、ニューデリー(AP/アフロ)

(※1)^ 英国際戦略研究所(IISS)が主催し、シンガポールで毎年開かれる「アジア安全保障会議」(編集部)

(※2)^ 中国が支援するパキスタンの総合インフラ開発計画。一帯一路構想の最重要プロジェクトの一つとされている(編集部)

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  • [2018.09.14]

岐阜女子大学客員教授。専門は国際政治学、インド政治など。中央大学法学部卒業。インド国立デリー大学政治学研究科修士課程修了。国立国会図書館調査及び立法考査局局長、尚美学園大学大学院教授、京都大学大学院特任教授などを経て2016年から現職。著書に『インド 第三の大国へ―〈戦略的自律〉外交の追求』(岩波書店、2015年)など多数。

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