日EU・EPAの意義:自由貿易の重要性訴えるメッセージに

経済・ビジネス

米国のトランプ政権が保護主義的貿易政策を打ち出し、中国との貿易摩擦が先鋭化している。7月に署名された日本と欧州連合(EU)間の経済連携協定(EPA)は、国際貿易体制の危機を押し返そうとする試みともいえる。

静かな船出

2013年4月に交渉が始まった日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(日EU・EPA)は、18年7月17日に署名に至った。現在、日本とEUは、19年3月29日に予定される英国のEU脱退および同5月の欧州議会選挙による混乱を避けるため、19年3月1日までに発効させるべく、批准手続きを急いでいる。

日EU・EPAについては、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)およびその後継である包括的及び先進的な環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP=TPP11)に比べると、マスメディアの取り上げ方もごく控えめである。並行して交渉が進められていた米国・EU間の大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定(TTIP)に対してはEU内の市民団体等の反対が激烈であったため、日EU・EPAについても交渉団が意図して情報をあまり流さなかったという事情もある。しかし、予定通り発効すれば、今後の国際貿易体制を考える上で極めて重要な協定となることは間違いない。

その意義は、規模、内容、文脈の3点にまとめられる。

人口6億超、世界GDPの約3割をカバー

この協定は、日本、EUのいずれにとっても、最大の自由貿易協定(FTA)となる。人口では6億4000万人、GDPについては世界の28%をカバーする。ちなみに米国が抜けたCPTPPは、残った11カ国が全て批准して発効したとしても世界GDPの13%にとどまる。

日本は、長期にわたる低成長によって、世界経済の中でその規模を相対的に縮小させつつある。しかし、まだかろうじて経済大国の一角とみなされる日本がEUとFTAを結ぶことは、本格的なメガFTAs時代の到来を告げるものとなる。

高水準な自由化約束

第2は、その内容である。日EU・EPAは、市場アクセスに関する自由化約束と国際ルール作りの両面で、CPTPPと比べても遜色のない水準の高さ、対象政策の広さを有するものとなる。そしてそこには、EU独特の要素が数多く組み込まれている。

まず市場アクセスについては、日本の農業部門に多くの貿易保護が残存することを除けば、先進国間の自由貿易協定らしい高水準のものとなる。輸入関税撤廃率(最終的に関税ゼロとなる比率)は、品目数ベースで、EU側が99%であるのに対し、日本側は94%にとどまった。日本側の内訳は、農林水産品が82%、工業品100%である。TPP交渉でも多くの貿易障壁を残存させた農産品主要5品目、すなわち米、麦、肉類、砂糖、乳製品に関し、日EU・EPAでもさまざまな保護を将来に持ち越すこととなった。日本がいまだに前世紀からの宿題を解決できていないことは残念である。

サービスと投資の自由化については、ネガティブ・リスト方式、すなわち原則全ての分野を自由化対象とし自由化を留保する措置や分野を列挙する方式を採用した。自然人の入国および一時的な滞在については、設立目的の商用訪問者、投資家、企業内転勤者、契約に基づくサービス提供者、独立の自由職業家、短期の商用訪問者、同行する配偶者および子について、規定を設けた。政府調達については、日本、EUとも世界貿易機関(WTO)の政府調達協定(GPA)に加盟しているが、さらに無差別原則の対象を広げ、また関心の高い鉄道部門については双方の市場アクセス拡大を約束した。

国際ルール:自動車分野で生産ネットワーク活性化も

国際ルール作りについては、CPTPPとの対比で、興味深い特徴が見えてくる。

EU側は従来から日本の非関税障壁を問題としてきたが、例えば自動車および自動車部品に関しては付属書を設け、規制当局間協力や非関税措置の悪影響の撤廃・防止、国際基準調和、型番認定の相互承認などを約束した。一部の部品については、日本あるいはEUが自由貿易協定を結んでいる第三国原産であっても、一定の条件の下、域内原産品とみなすことを認める。米国は、米韓FTAの中で米国の安全基準のみを満たす自動車の韓国輸入枠を設けたり、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉で極めて保護主義的な原産地規則を要求するなど、問題の多い通商政策を強行している。それとは正反対に、日本とEUが競争に基づく自由な貿易・投資を重視し、自動車産業における国際的生産ネットワークを活性化させる方向の動きを見せていることは、評価されてよい。

知的財産については、特に農産品および酒類についての地理的表示(GI)が強調されている。EU側は71品目(例えばゴルゴンゾーラ)、日本側は48品目(例えば神戸ビーフ)について、相互にGIを保護することを約束した。EUとの交渉を機に、日本もGI制度を本格的に導入する。

これまで日本ではほとんど注目されてこなかった動物福祉(animal welfare)についての協力も、規制協力章で言及されている。EUでは、動物福祉は、市民団体にとどまらない強い関心事となっている。今後、日本の畜産業等でも、EUへの輸出可能性を含め、一定の対応を求められるだろう。

プライバシー保護でEUの基準受け入れ

投資紛争解決手続については継続協議となった。日本は、CPTPPを含むこれまでの多くの自由貿易協定や投資協定で採用してきた投資家対国家の紛争解決(ISDS)を主張した。しかし、ISDSについてはEU内に強い反対があり、EUは常設で二審制の投資裁判制度の導入を求めている。ISDSを中心とする国際秩序に挑戦するEUの姿がそこに見える。

電子商取引に関しては、CPTPPよりも控え目な約束にとどまった。CPTPPでは、1)データの自由な移動、2)データ・ローカリゼーション要求(個人情報等の国外への持ち出し禁止)の禁止、3)ソースコードの移転・アクセス要求の禁止をうたっている。日EU・EPAでは、3)のみが規定された。ただし、EPA交渉と並行して日本の個人情報保護委員会と欧州委員会の間で個人情報の移動に関する協議が行われ、個人情報の相互移動が認められる方向で合意がなされた。EUが5月に施行した一般データ保護規則(GDPR)は、個人情報のEU域外への持ち出しを厳しく制限している。日EU間でデータの自由な移動が認められれば、大きな成果となる。同時に、プライバシー保護について日本がEUの基準を受け入れることになるわけで、今後の国際ルール作りに影響を与える可能性もある。

国際貿易体制の危機を押し返す試み

日EU・EPAの意義は、現在、世界が置かれているルールに基づく国際貿易体制の危機を押し返そうとする試みである点にも見いだせる。

トランプ政権下の米国は、矢継ぎ早に保護主義的貿易政策を打ち出している。米韓FTAおよびNAFTAの再交渉では、米国の保護主義的主張が突出している。安全保障に対する懸念を口実とする米通商拡大法232条の発動、アメリカ一国主義を象徴する米通商法301条による対中制裁関税賦課など、ルールに基づく国際貿易体制に対する信頼を揺るがす貿易政策を施行しつつある。

中国をはじめとする新興国については、知財保護や国営企業の問題に限らず、多くの通商問題が存在する。しかし、関税戦争を仕掛ければ問題が解決するというものではない。むしろ、国際ルールに基づく経済政策が必要であることを説き、ルールに基づく国際貿易体制の中に入ってきてもらうことこそ重要である。米国の行動は全く逆を向いてしまっている。

そうした文脈の中で、日EU・EPAが発効することの意義は大きい。世界に対し、ルールに基づく国際貿易体制の重要性を訴える強いメッセージとなる。EU内にはさまざまな思惑を有する加盟国が存在しているわけだが、日EU・EPAを推し進めようとするブリュッセルの試みに各国が一定の同調を示していることは、EU内で高まる危機感を反映するものと考えることができる。

日E・ EPAが発効すると、たとえばEUから日本への輸出が米国からのそれに置き換わるという貿易転換、投資先が米国からEUに切り替わってしまう投資転換が、多かれ少なかれ起こってくる。経済全体から見れば小さいかもしれないが、明確に米国の事業者を不利にする状況が生まれてくることは、米国内の政治状況を変えていくきっかけとなりうる。国際ルール作りに関する米国の出遅れは、米国人が感じている以上に大きいかも知れない。同時期にCPTPPも発効すれば、米国の国内政治に対してより大きなインパクトを与えうる。

交渉が滞っていた東アジア包括的経済連携協定(RCEP)(ASEAN+6 FTA)も、年内大筋合意に向けて動き始めた。われわれは米国の国内政治を直接コントロールすることはできない。しかし、米国が自由貿易と国際ルール作りの旗手に復帰してくれるよう、できることをやらねばならない。日EU EPA、CPTPP、RCEPという重要なメガFTAに関与している日本の役割は大きい。

バナー写真:経済連携協定(EPA)署名後の共同記者会見を終え、笑顔を見せる(左から)ユンケル欧州委員長、安倍晋三首相、欧州連合(EU)のトゥスク大統領=2018年7月17日、首相官邸(時事)

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