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「ハーフ」「日本人」を考える(下):日常生活の証言から見えてくること

下地 ローレンス吉孝【Profile】

[2018.11.14]

さまざまなルーツを持つ人たちは、「見た目」の違いから仕事や就職活動で差別の対象になったり、日常生活で生きづらさを感じている。インタビューを通じて「ハーフ」たちの今を考える。

「混血」「ハーフ」として生きてきた母

1950年、多くの人々が命を落とした沖縄戦の5年後に、私の母、金城みどり(旧姓)は祖母と那覇の空軍基地に駐留していた米兵、クラレンス・ローレンスとの間に生まれた。

祖母は米軍内でハウスキーパーをしていた時に食堂で料理人として働いていた祖父と出会った。やがて祖母の妊娠が分かると、祖父はすぐに除隊となり、生まれるわが子の顔も見ないまま帰国することになったと聞く。

2人はしばらくの間手紙のやり取りをしていたが、お互いに別の相手と結婚してからは、それも途絶えた。私の母が再び、実の父親である “ラーン”(祖父の愛称)に連絡を取ろうとした時にはかつての住所にはいなかった。米空軍に問い合わせてようやく所在が分かった時、祖父はすでに50代にさしかかっていた。以後、手紙での父娘の「会話」が交わされることになった。

祖父から母に送られた手紙

祖父は、母が米国に来ることを強く望み、資金を工面するから渡米しないかと誘った。しかしその後、祖父の妻から、祖父には「秘密にして」と注意書きが記された手紙が届いた。「夫が仕事を辞めてその退職金をあなたに送ろうとしている。また、呼び寄せるためにギャンブルに手を出しそうだ。夫が仕事を辞めれば生活が苦しくなってしまう。こちらの状況を考えてほしい」という訴えだった。

渡米したいという思いは、この手紙によって徐々に薄れたそうだ。 結局、一度も会うことなく、祖父は他界してしまった。 母に祖父への思いを聞くと、しばらく黙り込み、涙を浮かべて「会いたかった…」とつぶやいた。

今も続く差別的な扱い

私が「ハーフ」を研究テーマに選んだのは、「混血」「ハーフ」「アメラジアン」などと呼ばれてきた母の存在が大きい。戦後、母のような境遇の人が多数いたことから、メディアは「混血児問題」として報道し、世間の注目を集めた。

「混血児の問題」を報じた1962年5月9日付沖縄タイムス

「私と同じような境遇の子が学校に何人かいたけど、受け止め方はみんなそれぞれ違っていたよ。私自身は肩身が狭いと感じたことはないし、アメリカとか基地の関係で面と向かって悪く言われたことはない」と母は言う。だが、母の青春時代にはあからさまな差別や偏見もあった。例えば、ある時、高級ブランド店をのぞくと、店員が母を見て、宝石やアクセサリー類の商品ケースをさっと閉めた。他人から嫌悪感のようなものを感じる取ることもあり、その都度「あっそうか、私はそういう存在だったんだ」と認識したと言う。そして60代になってもなお、初めて会う人からは必ずと言っていいほど、「日本語上手ですね」「日本に来て何年ですか」などの言葉が投げられる。

若き日の母。「見た目」の違いから、差別的な視線を向けられることもあった

近年はメディアを中心に「ハーフ」が憧れの対象として捉えられることもある。だが、さまざまなルーツを持つ人たちに聞き取り調査をする中で、母が経験してきた差別的な眼差しや無理解な発言は、戦後から現在まで、実はあまり変わっていないのではないかと感じることがある。

ここで、私がインタビューした「ハーフ」たちの体験をいくつか紹介したい(以下、インタビュー協力者の名前は仮名)。

長田隆史(父親が米国人/50代/電設業) 仕事中に「外国人」と聞かれる経験は、しょっちゅうある。エアコンの取り付けとか電気工事とか、全てお客さんのところでの作業だから。「○○電気です」って入って行くと、びっくりされるよ。「ハーフ?」って聞いてくれる人はまだいい。「どこの人?」もある。「ハーフ」だと言うと、「道理で日本語がうまいと思った」。ときには外国人が嫌いな人だっているから、「なんでこんなのが来たんだ」とクレームになるときもある。そうなったら「日本人です」って言っても、もうどうにもならない。

ネルソン ルイス亨(父親がガーナ出身/20代/すしチェーン勤務) いろいろな店舗を巡回するマネージャーから「ネルソンって英語しゃべれるの?」って毎回聞かれる。一日一度はお客様から必ず「君、どこから来たの?」と聞かれる。それから「君、日本語上手だね」「日本に来てどれぐらい経つんですか」と言われる。「ハーフ?」って聞いてくる人は少ないかな。やっぱり、もろ「外国人」だと思われている。顔が日本人に見えないから。

仕事関連で、もう一つ深刻なのは「ハーフ」に対する就職差別だ。

ミラー イーサン関(父親が米国人/20代) 「履歴書持って〇時に来てください」と言われて面接に行ったら、僕を見て、“何か求めているものと違ったぞ”という反応だった。名前は「関」だと言ってあったから…。「分かりました、じゃあまた。いま他にも面接に来ている人がたくさんいるので」とあしらわれて、マイナスな雰囲気なんですよね。「分かりました」と面接室を出ようとした時に、靴紐がほどけていたから、出口付近でしゃがんで結んでいた。そしたら、面接官たちは僕がもう部屋から出たと思ったみたいで、「さっきの、外人だったね」「いやー、ちょっと、(雇用は)ないね」みたいな声が聞こえて。僕は気付かれないようにそっとドアを開けた…。

田中トーマス(母親がガーナ人/30代) 面接に行くと、「え、あなたが田中さんですか?」って言われて。相手が驚いているから、「すみません、僕は日本育ちのハーフですけど、見た目は多分、黒人の方が濃いめです。それでも大丈夫ですか?」って聞くと、「ちょっと待ってください」と、2分ぐらい上司と相談してから「無理です」と…。警備員の仕事は全部受からなかった。面接の人から「黒人のガードマンは雇えないでしょ。申し訳ないですけど、こればっかりは無理です。お客様から、なんでこの会社は外国人を雇っているのかと思われるから」と言われて…。ガードマンが黒人だと企業のイメージが悪くなると面接官が思っている。

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  • [2018.11.14]

1987年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門は社会学・国際社会学。現在、 港区立男女平等参画センターに事業コーディネーターとして勤務 。著書に『「混血」と「日本人」 ―ハーフ・ダブル・ミックスの社会史』(青土社、2018年)。「ハーフ」や海外ルーツの人々の情報共有サイト「HAFU TALK」を共同運営。

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