日中映画、共同製作の新たな地平:協定を機に巨大市場に注目

文化 Cinema

「日中映画年」の2018年、記念上映会、中国映画週間やシンポジウムが両国の主要都市で催され多くの観客・聴衆を集めた。5月には日中共同製作協定が調印され、映画界は年間興行収入約9500億円の巨大市場・中国に注目している。

2018年、日中平和友好条約締結40周年という節目の年が「日中映画年」と位置付けられ、日本では、文化庁、国際交流基金、ユニジャパンの共催により、「日中平和友好条約締結40周年記念上映会」、中国映画祭「電影2018」、「日中共同製作の新展開」などの上映会やシンポジウムが開かれた。中国でも国際交流基金主催の「日中平和友好条約締結40周年記念 日本映画上映会」が北京や上海などの主要都市において催され、日中映画年を盛り上げた。

そして、同年5月、日中共同製作協定が調印されたことを受けて、日中両国の映画協力が改めて脚光を浴びている。日本の映画界は、年間興行収入559億元(約9500億円、2017年)という巨大な規模を持つ中国という世界第2の映画市場に強い関心を示している。

東京国際映画祭の「日中映画共同製作の新展開」シンポジウム、左から筆者、テレンス・チャン氏、柳島克己東京藝術大学大学院名誉教授(2018年11月、東京港区) ©2018 TIFF

輸入枠外・収入配分増などのメリット

中国は今まで米国、フランス、韓国など20カ国と共同製作協定を結んでおり、共同製作や撮影協力などによる作品が年間100本ほど企画されている。日本は21番目と遅れての締結だが、今後、日本との共同製作作品も中国市場において外国映画の輸入枠にとらわれず、国産映画として配給され、「国産映画上映月間」において助成対象として上映できる。

興行収入面では、製作側が中国国内の収入から大きな配分を得られるメリットがある。日中間の協定には具体的な配分規定がないが、米国映画は現在、年間34本の輸入枠が定められ、米国側が中国国内における興行収入の25%を得ているのに対し、共同製作となれば、その比率は中国映画並みの43%に拡大する。そのうえ、双方の政府から補助金、または免税措置を受けることもできる。

日本では製作費4億〜5億円で大作映画と称するが、それは現在の中国映画界では、中の下の投資規模にすぎない。巨額の製作費を使って共同製作した映画をヒットさせ日本の製作側に大きな見返りがあることを夢見る日本の映画人は少なくないだろう。中国側主導による日中共同製作の大作映画「空海-KU-KAI-」(中国語タイトル「妖猫伝」)が中国、そして日本でヒットしたことで、多くの日本映画人が勇気づけられた。

第30回東京国際映画祭で登壇した映画「空海-KU-KAI-」の出演者ら=東京都港区、2017年10月25日(時事)

今まで日本から多くの映画人が中国映画の製作に携わってきたが、製作スタッフ、キャストに占める人数比は厳しく制限されていた。共同製作となれば、より多くの日本人スタッフやキャストが製作に加わることが可能となる。

ヒットにつなげる難しさ~課題が多い共同製作

これまで中国と諸外国の間で多くの共同作品が製作、公開されている。しかし、文化や言語の違いによって、双方の映画市場で広く受け入れられた作品はほんの一握りである。

外国側は何とかして巨大な中国市場に参入しようとするあまり、ストーリー設定からキャスティングに至るまで少しでも多くの中国的要素を取り入れようと努力するが、これは逆に双方の観客に違和感を抱かせ、作品としての完成度を損なってしまうケースが多いと、多くの識者によって指摘されている。

例えば、韓国とは2014年に共同製作協定が調印され、韓国側のコンテンツのリメーク版や韓国の人気映画監督やスターを迎えた企画を中心に共同製作が立て続けに行われた。その中で「20歳に戻る」(中国語タイトル「重返20歳」、2015年)が3.6億元の興行収入を上げヒットしたが、このわずかな例外を除けば、他はほとんど不発に終わった。

韓国映画界が得意とするラブストーリーは舞台を中国に移すと、居心地の悪さを感じる中国人観客が少なくない。また、韓国映画の主力であるバイオレンス系は、そのままでは中国の検閲制度に抵触するため、韓国映画人の能力を十分に発揮できない。

協定が締結されたからといって中国市場への参入は決しては平坦な道のりではない。今後、日本映画界も文化、言語、検閲制度、社会制度の異なる中国市場に臨む際には同じ課題に直面するだろう。

日本的表現を受け入れる土壌~日中ならではの近道

しかし、日中両国には他の国にはない文化的共通項や、共同製作の実績というこれまで積み上げてきた協力の土壌が存在する。

まず日中共同製作は歴史の層が厚い。初の日中共同製作テレビドラマ「望郷の星、長谷川テルの青春」(中国語タイトル「望郷之星」、1980年)は、中国テレビ界が初めて外国と共同製作した作品でもある。

また戦後の本格的な日中共同製作作品である「未完の対局」(中国語タイトル「一盤没有下完的棋」、1982年)は、長年にわたって多くの中国映画人に記憶され、共同製作の手本と見なされてきた。

2017年東京国際映画祭の最優秀男優賞を受賞したドアン・イーホン(段奕宏)は2018年2月に筆者によるインタビューに次のように語っている。

「何本かの日中共同製作映画の出演依頼があったが、遠慮していた。『未完の対局』のような本当に共同製作の必要性がある作品ならちゅうちょなく出演するだろう。単に両国のスターが出演し、舞台を日本と中国に設定しただけの安易な企画には出演する気にならない」

共同製作の題材として井上靖や司馬遼太郎が書いた中国を題材とした歴史小説や三国志、西遊記などの古典が日本に幅広いファン層を持つことも見逃せない。

さらに、言語やキャラクター、価値観など共同製作における障害の克服を促すことが期待できるジャンルとして、アニメーションが挙げられる。日本のマンガやアニメはこの30数年間で中国社会に深く浸透しており、若者の価値観やライフスタイル、感性に絶大な影響を与えてきた。このように日本的な表現を抵抗なく受け入れる土壌ができていることが、共同製作に大きな可能性をもたらすだろう。

共同製作の魅力と壁

現在の日本映画界はコミックを原作とした実写版映画や製作委員会システムによる製作に頼りきっており、必ずしも本来の映画オリジナル作品を生み出す基盤が盤石ではないように見える。

巨大な市場と資金を擁する中国映画界へのコミットを深めることで日本の映画人が心から作りたいオリジナル作品を生み出す新たな可能性が開かれるだろう。

その半面、資金面で優位に立つ中国主導の企画・製作に対して、さまざまな場面において妥協せざるを得ず、自らのオリジナリティを堅持することが難しくなるリスクもある。この二面性の中で、いかに共同製作の制約という壁を突破するかが課題である。

現在、中国には、日本のアニメや流行小説、ドラマ、映画などの既存コンテンツを買いあさるプロデューサーが目に付く。その一方で、日本人的な発想や演出を取り入れることで中国映画の活性化に寄与してほしいと期待する映画人も多い。

国際的な著名プロデューサーであるテレンス・チャン(張家振)は、「音楽やカメラ、美術などの分野における日本人スタッフはすでに中国で多くの映画製作に携わり、高い評価と信頼を得ている。しかし、中国映画も技術レベルは向上しており、技術よりも、台本など企画面での日本側のノウハウが最も望まれている」(2018年10月、文化庁&ユニジャパン主催の「日中映画共同製作の新展開」シンポジウムにて)と語る。

実際、中国ではこれまで、日本のサスペンスもの、スポ根もの、恋愛もの、医療や弁護士などの業界ドラマを模した中国版の映画やドラマが数多く製作されてきたが、そのクオリティーは日本のオリジナル作品に及ばないのが実情である。

「北野武の『花火 HANA-BI』のような、資本主義社会末期に特有の絶望感やグロテスクなし好、それらに伴う繊細さ、温かさ。こうした様々な異質な要素を、バランス良く織り込んだ映像美は、その感性やテクニックが、私たちにはまねできない部分がある」とプロデューサー・脚本家の胡蓉蓉は筆者に語った(2017年12月)。

年間製作本数が700本以上にのぼる中国映画は、新しい企画を常に求めている。そこから抜け出すために、日本の脚本家や監督を中国映画の製作に招きたいと考えている中国側の期待は大きい。

カメラマンの柳島克己東京藝術大学大学院名誉教授は、自身の経験を踏まえて、「小人数の日本人スタッフが乗り込むという小規模なコラボレーションを積み重ねていくことで、コミュニケーションがスムーズに進み、全面的な共同製作にこぎ着けるのではないか」(2018年10月)と述べ、小規模な協力の実績を積み重ねる重要性を指摘している。

さらに、テレンス・チャンは「家族関係の葛藤や、複雑な感情の機微を描く作品は、日中共同製作の大きな柱になり得るだろう」(2018年10月)と指摘する。

協定の締結と日中映画年の成果が今後、日中映画界の協力の拡大につながることを期待したい。

(文中敬称略)

写真提供:第31回東京国際映画祭、映画「空海-KU-KAI-」制作委員会

バナー写真:東京国際映画祭の「日中映画共同製作の新展開」シンポジウムで講演するテレンス・チャン(右)と筆者(中央)=2018年11月、東京港区(撮影:編集部)

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